五 モヤモヤナキモチ
○街の中。にぎやかな喧噪の中を三人組、歩いてくる。
【マリン】「えーーーっ! ……それからずーっと、ユニシスさん戻ってこないんですか? だって、もう三日くらい経ってるじゃないですか!」
【葵】「やれやれ、あれの癇癪はいつものこととはいえ。もう少し心穏やかに生きられぬものかのう」
【アクア】「……と、ゆーことで……まいにちお腹がすくの。ぐー」
【マリン】「あはっ、まかせてください。私が腕によりをかけて、オムライス作っちゃいますよ! そのための買い出しですからね、今日は!」
【葵】「その点では、ユニシス殿に分があるのだがな。家事はヨハン殿が思うほど、労働として軽くない」
【マリン】「そういうの、よくないですよね! 一緒に住んでるんですから!」
【葵】「しかし、どこに行ってしまったのかのう。ユニシス殿は。夜盗などに襲われていないとよいが……」
【マリン】「そうですよねえ。ユニシスさんが隠れられるところなんて、この街にそうは……」
【リュート】「うわっ! とと!」
○果物などが袋からこぼれ出る。
【リュート】「わっ! すみませんっ!」
【アクア】「あ、お互い買い物袋ぶちまけた」
【リュート】「……いや、こっちこそ……あれ、みんな」
【アクア】「あら……リュート」
【葵】「おお、リュート。奇遇じゃな。買い出しか?」
【マリン】「あ、リュートさん! 出歩いてるってことは、風邪、よくなったんですね?」
【リュート】「おかげさまで。僕はもう、全然心配ないよ」
【アクア】「……僕『は』?」
【葵】「ああ、言っておらんかったか。今、風邪で寝こんでおるのはアークだ。現在、面会禁止でうんうん唸っておるぞ」
【マリン】「えーーー、あのアークさんが?」
【アクア】「鬼のかくらん……」
【リュート】「あはは、そうなんだよ。笑っちゃうよね。で、うつした当人の僕が面倒見てるってわけ」
【マリン】「はあ、なるほど〜」
【リュート】「だから、しばらくアークの部屋には近寄らない方がいいと思うよ? 風邪がうつったら大変だから」
【アクア】「……だから、面会謝絶? ふーん……」
【リュート】「そういうこと。それじゃ、僕急ぐから」
【マリン】「あ、それじゃ私がアークさんのご飯も作りましょうか? ひとつ作るのも、ふたつ作るのも一緒だし」
○コミカルなBGMなど切り替えた方が?
【リュート】「へ?」
【アクア】「……あ、それナイスアイディア」
【葵】「おお、そうだな。食事はみんなでした方がよい。なに、アークの奴もいい加減熱くらいは下がったであろう。問題ないな、リュート。
【リュート】「……え、だめ、だめ。(後ずさりながら)」
【アクア】「どうして?」
【リュート】「だめなものはだめ。その、男にだっていろいろあるし!」
【マリン】「ただお見舞いするだけですよ」
【リュート】「だから面会謝絶で、ででで(らしくなくどもって)、その、お願い。来ないで」
【葵】「もう三日も経ったのだ。別段、断る必要は……ん?」
【アクア】「……みっか?」
【マリン】「……まさか」
【リュート】「……ごめん、さよならっ!」
○リュート慌てて逃げる。
【三人】「あーーー、騎士院!」
○騎士院内。遠くで稽古している人たちの声。その中を三人走ってくる。
○リュート、アークの部屋をノックする。
【葵】「リュート、止まれ! 止まらぬと……」
【マリン】「きゃー、卵が〜!」
○リュート、扉を閉める音。
【アクア】「あ、閉められた……」
【マリン】「アークさん、失礼ながら勝手に開けますっ! あっ、鍵かかってる!」
【アクア】「おまえたちは包囲されている〜」
【葵】「リュート、おぬしもそこにいるなっ! 開けろ、今すぐ!」
○中であわてたような音。
○オフ会話
【アーク】「わっ、まずっ! ちょっと待ってろ!」
○窓を開ける音。小声で。
【アーク】「さっさと出ろ、ばかっ!」
【リュート】「はやく、みんな来ちゃう!」
【アーク】「なんでうまく巻けないんだよ、騎士だろお前!」
【リュート】「僕がそういう嘘つくの下手だって知ってるでしょ、アークは!」
○オフ会話ここまで。
【葵】「うぬう、らちがあかぬ! ……てーい! 成敗!」
○葵、ドアを蹴り飛ばす。ドアが開く。
【リュート・アーク】「わーーーっ!」
【アクア】「まあ……お見事」
【葵】「ふん、騎士院におればこれくらいの技は体得できる。……後を考えなければだが」
【マリン】「はう〜ドアに穴が……って……あれ?」
【ユニシス】「あ……アクア……」
【アクア】「ユニシス……なんで、こんなところにいるの?」
【葵】「ここに隠れておったのか。みんな心配しておるのだぞ。早く魔法院へ……」
【ユニシス】「……っ」
○ユニシス、窓から逃走。
【マリン】「あ、ユニシスさーん! 窓から逃げちゃった……素早いなあ……」
○窓から風が吹き込む。
【アーク】「……はっくしょっ!」
【マリン】「あ、ごめんなさい! 今閉めますね。(窓を閉める)」
【葵】「……やはりユニシス殿をかくまっておったのは、おぬしらであったのだな?」
【マリン】「そうなんですか。リュートさん? アークさん!」
【アーク】「う……じ、持病の癪が。リュートまかせた。(ベッドにこもる)」
【リュート】「あっ、ず、ずるいよ、アーク」
【アクア】「……じー」
【リュート】「そう責めないでよ。そりゃ、彼に他に行くところがあれば僕たちだってそんなことはしなかったけど」
【アクア】「そういえば、勉強のためにここに来てるって……」
【リュート】「そ。ちょうど隠れ場所を作るために本を出してるところに、僕が調べものに降りてきて、かちあっちゃったってわけ。そのまま知らない振りをしていれば、わからなかったんだけどね。あの子、あまりに慌てるものだから。だから、事情は聞いてるよ」
【アーク】「……ま、勉強なんざ全然したなかったけどな」
【アクア】「……全然、してない? それ、私の知ってる話と違う」
【アーク】「……へー、やっぱり」
【マリン】「やっぱりって……どういうことですか」
【アーク】「あいつ、ただ俺のメシ作ってただけだし。本人は勉強って言ってたけど、あんなの遊びの範疇だろ」
【葵】「なに、ユニシスがお前の看病をか?」
【リュート】「料理の勉強は魔法に通じるって言ってたけどね」
【葵】「……ちょっと待て。では私の作ったメシはどーした」
○リュートとアークの間に嫌な沈黙。
【葵】「アーク、おぬしっ! 人のせっかくの厚意を無にしていたのか! リュートはちゃんと食っておったのに!」
【アーク】「う、うるせー! 俺はリュートと違って努力が嫌いなんだよ! 最初は食ってただろ、最初は!」
【リュート】「え、えっと、まあ……その、かくまう代わりにそういう取り引きをね。先生が迎えに来れば、すぐに帰ると思ったし。だけど、アクアさんが来ちゃったから、ね」
【アクア】「え? 私が……来たから?」
【リュート】「そう、君が来たから」
【アクア】「……そう、私が……きたから」
○ノック。
【ヨハン(オフ)】「すみません、アークさん? リュートさん?」
【どちらかいらっしゃいませんか?」
【マリン】「え? 先生の声?」
○ドアを開ける。
【リュート】「先生? 珍しいですね」
【ヨハン】「あ、こちらでしたか。ええ、届け物がありまして。シリウス様の花火大会のことなんですが……(中をのぞき込んで)おや、アクアさん。みなさんも、おそろいで」
【葵】「よういらした。ヨハン殿」
【マリン】「こんにちは〜」
【リュート】「花火大会……ああ、今朝ミーティングで言ってました。警護はうちがやるんですよね」
【アーク】「花火い? へえ、そんなのやんの? おもしろそ……げほげほっっ」
【マリン】「わ、大丈夫ですか? やっぱりまだ完全じゃないんですね」
【ヨハン】「おや、かわいそうに。その様子だとアークさん、風邪ですか。……言って下されば、薬を処方しましたのに」
【アーク】「あんたに世話になるくらいなら、今すぐ死ぬ」
【ヨハン】「ああ、ま、まだテニス大会のこと、根に持ってるんですか……」
【リュート】「アークは忘れないと思いますよ、勝つまで」
【ヨハン】「はは、ではそのうちにまた、手合わせ致しましょう。お大事に。じゃあ、リュートさん。資料、お渡ししましたから。(紙束を渡す)それじゃ、私はこれで」
【マリン】「あ、先生。ま、待って下さい!」
【ヨハン】「はい?」
【マリン】「あの、今ユニシスさんのこと、みんなで話してたんですけど」
【ヨハン】「……ユニがなにか?」
【マリン】「あの、迎えにいってあげませんか。待ってると思うんです。先生のこと」
【葵】「マリン殿」
【アーク】「おい、マリン。くちばし挟むな、魔法院の問題だ」
【マリン】「だ、だって! お互い嫌いでこんなことになってるんじゃないんですし! きっと後悔してますよ、ユニシスさんだって。だから……」
【ヨハン】「すみません、マリンさん。それはできないんです。……どうやら、うちの者が騎士院にご迷惑をおかけしたようですね。すみません」
【リュート】「い、いえ。そんな、頭を下げられることじゃ」
【マリン】「会ってあげるだけでも、それだけでもいいじゃないですか。……ただ、不安になってるだけだと思うし!」
【ヨハン】「ユニシスには会いましたよ」
【アクア】「え……いつ?」
【ヨハン】「この窓から出て行くところも見たし、彼が木の上に隠れるのも見ました。……そして、今、この会話を聞いていることも」
○みんな驚く 窓の外で何かが落ちる音。
【アクア】「……あっ」
○葵、急いで窓を開ける。
【葵】「ユニシス殿!」
【ユニシス】「……い、いた……いたた……」
【マリン】「きゃあ! 落ちた!」
【ヨハン】「……ユニ」
【ユニシス】「せ、先生……」
○みんなヨハンが何を言うか見つめる。
【ヨハン】「……あなたのことは、ソロイ様に預かって頂くようにお願いしました。神殿近くの宿舎も空けてあります。しばらく、そこで頭を冷やしなさい」
【ユニシス】「……」
【葵】「ヨハン殿、それはいくらなんでも可哀想であろう」
【マリン】「そうですよ。なにもソロイさんじゃなくたって! あ、そうだ! 私が預かってもいいですよ!? ユニシスさんだったら、私……」
【アーク】「バカ言え。アンヘル族だって言ったって、女の部屋に泊まれるか」
【マリン】「ユニシスさんだったら大丈夫です! アークさんじゃあるまいし!」
【アーク】「お、お前なあ……」
【ヨハン】「マリンさん。どちらにせよ、あなたではダメです。ユニのためにならない」
【葵】「ヨハン殿……(では私が、と言いかけて)」
【ヨハン】「もちろん、あなたもです。葵さん」
【葵】「う……」
【ヨハン】「いいですね。……それでは、私は魔法院へ戻ります。アクアさん、あなたも門限には戻りなさい」
【葵】「ヨハン殿、相手は子どもだ。もう少し、甘くしてやっても」
【ヨハン】「……失礼します」
○ヨハン消える。
【ユニシス】「……(立ち上がって)……よいしょ」
【葵】「大丈夫か、ユニシス殿。ほれ、こっちに来て、上がれ。今、茶でも煎れるゆえ」
【マリン】「あ、そうだ。私、お見舞いにお菓子持ってきたんでした! 甘くておいしいですよ!」
【アーク】「おいこら。それは俺に持ってきた奴だろが」
【マリン】「アークさんには後で別のをあげますっ。今はがまん!」
【リュート】「……おいでよ、ユニシス。別に僕らは迷惑だなんて思ってないから」
【ユニシス】「神殿に行く。ひとりで」
【マリン】「……ユニシスさん……」
【ユニシス】「……お前はちゃんと花火、作れよ。アクア」
【アクア】「ユニシス、私」
【ユニシス】「わかってるよ、お前のせいじゃないってことくらい! ほっといてくれ!」
【アクア】「……っ」
【葵】「ユニシス殿」
【ユニシス】「……。(ユニシス、走っていなくなる)」
【マリン】「あ……。行っちゃった。……先生もユニシスさんも、謝る機会を逃しちゃってるのかなあ……」
【リュート】「……どうだろうね。……難しい問題かな」
【葵】「しかし、これでは花火大会はどうなるのかのう。つつがなく進むであろうか」
【アーク】「進むだろ。あいつひとりが抜けたって、魔法院の機能が停止するわけじゃねーんだし。バカ先生がいなくなるならまだしも。いただきまー……」
○つまむ手をマリン、ひっぱたく。
【アーク】「いてっ、何すんだ。マリン!」
【マリン】「そういうこと言う人にはあげません!」
【アーク】「何、怒ってだよ。こんくらいで……ったく……」
【アクア】「……私、帰るね」
【リュート】「あ、送っていくよ」
【アクア】「いい。本屋さんにも寄るし。……もっと勉強しないと、花火、つくれないから」
【リュート】「アクアさん」
【アーク】「……そんな無理しなくていいと思うぜ。弟子の後始末くらい、師匠がつけるだろ。メシ食ってけよ」
【アクア】「あら、アーク。珍しく優しいのね」
【アーク】「俺は対等な奴にはいつだって優しいって。そういう奴の方が少ないだけの話」
【葵】「人、それを傲慢と言うのだぞ。アーク」
【アーク】「しったことか。ふん」
【リュート】「やれやれ……じゃあ、玄関までね」
【アクア】「……うん」
○廊下に出る
【リュート】「あ、これ。帰りながら食べなよ。小さい包みなら持てるでしょ」
【アクア】「あ、お菓子だ。ありがと」
【リュート】「マリンさんのをくすねただけだから。内緒だよ」
【アクア】「……おっけー。ぶい。……それじゃ」
【リュート】「アクアさん、ユニシスのことだけど」
【アクア】「……ん?(クッキー早速食べながら)」
【リュート】「……戻ってきたら、優しくしてあげてね。それだけで、だいぶ違うと思うから」
【アクア】「……それはいいけど。……おとなしく優しくされてくれるかしら。ユニシスは私のこと、嫌いみたいだから。だから、壊れちゃうのかな?」
【リュート】「アクアさん」
【アクア】「……ありがと、リュート。……ばいばい」
○雨、降り出す。
【リュート】「あ、アクアさーん傘!」
【アクア】「だいじょぶ。ぶい」
○アクア走り出す。
【リュート】「やれやれ……あんな子に心配ばかりかけて。なにやってんだろ、魔法院の男の子は」