八 サクラサク
○雨音が少しあって、それが引いていく。鳥の声が聞こえてくる。
【葵】「雨は上がったか。……今日はいい天気になりそうじゃ」
○葵、ベッドから降りる。遠くに体操のかけ声。
【葵】「ふう……体操、始まっておるな。初めて……さぼってしもうたなあ……やれやれ、どうするか。……後でアークとリュートに怒鳴られるであろうな……」
【葵】「……いや、それすらもないか。……ふう」
【葵】「……ま、とりあえずどこか行くかの……」
○ドアを開ける。
【アーク】「でっ!」
【葵】「わっ!」
○開けた早々、アークとぶつかる。
【アーク】「てて……なにすんだ!」
【葵】「あほう、扉の前でぼーーっとしてる奴が悪い! ……と……」
【アーク】「……なんだ、元気なんじゃねーか」
【葵】「……アーク……」
【アーク】「……何やってんの、お前? 体操にも出ないで。俺じゃあるまいし」
【葵】「……わ、私は私の都合があるのでな。(葵、立ち上がる)……ではな」
【アーク】「……そうかよ」
【葵】「出かけてくる」
【アーク】「……葵! 待てよ!」
【葵】「……大声を出すな! いちいちおぬしはなんなのじゃ!」
【アーク】「お前、ちゃんと謝れよ」
【葵】「ドアをぶつけたのは謝る。それでよいのか」
【アーク】「俺じゃねーよ、リュートにだよ」
【葵】「……う」
【アーク】「それとも、なにか。謝るのもめんどくせー程、どうだっていいのかよ」
【葵】「……アーク」
【アーク】「……あーあ、もう知らね、知らね! ったく、俺がなんでこんなことに気を遣わなきゃなんねーんだ。やめた、やめた! 勝手にしろ、ばーか!」
○ドアが開いて、枕がアークに向かって飛んでくる。
【アーク】「ぐあっ! ま、枕?」
【葵】「い、一体、どこから……」
【リュート】「(ちょっと寝ぼけて)……うるさいよ、アーク。僕、昨日遅かったんだからさあ……ふああ」
【アーク】「リュート!?」
【葵】「な、なんでおぬしが部屋におる? 体操は?」
【リュート】「は? あ……あー! 寝坊した! あ〜……皆勤が……」
【アーク】「お前が、寝坊? うっそ」
【リュート】「僕だって寝坊くらいするよ。それより、君たちふたり、うるさい。僕、もう一回寝るからね。どうせ、皆勤は駄目になったし。静かにしててよ。ふああ……」
【アーク】「おい、こら! ちょっと待て! き、聞いてたんだろ。他に何か言うことはねーのかよ!」
【葵】「……リュート、そ、その。わ、私は……」
【リュート】「ああ……僕に謝るとか謝らないとか?(ちょっと考えこみ)……僕さあ……葵さんに謝られるようなこと、されたっけ?」
【アーク】「……はあ?」
【葵】「……リュート」
【リュート】「……アークは考えすぎ。……それじゃ、そういうことで……ふああ……おやすみ」
○リュート、ドアを閉める。それに張り付くアーク。
【アーク】「う、うそつけこのーー! 俺の目はごまかされねーぞ! 寝不足の原因なんて、決まってるだろーが! 正直に吐けーーー!」
【葵】「あ、アーク。また、枕をぶつけられるぞ」
【アーク】「ぐっ、ぐぐぐ……(ドアを蹴る)知るか、もーー!」
【葵】「……すまん」
【アーク】「だから俺に謝ってどうすんだよ!」
【葵】「ふたりに謝る。すまん」
【アーク】「……葵」
【葵】「……確かに、私はおまえたちと深くつき合うのは怖かった。私は、いつかここを出て行く者だから。好きになったらいけないと思っていた。この国や人を」
【葵】「……だが、もう手遅れだったようだ。……ここは、良いところだな。……本当に。お前たちも。すまぬ。……本当にすまぬ。……許して、もらえるか?」
【アーク】「……今さらな話」
【葵】「……そうか……、仕方ないな」
【アーク】「(ノックして)リュート、お前メシどーすんだ」
【リュート(オフ)】「(布団かぶった感じで)昼にまとめて〜」
【アーク】「……おっけー。んじゃ、お前、調理担当な」
【葵】「……は?」
【アーク】「リュートが寝坊する時は、たいてい風邪が酷くなる前触れなの。子どもの頃からそうだった」
【葵】「そ、そうなのか? そういえば、お前らは幼なじみであったか」
【アーク】「そ。だから、病人用のメシ作らないとな。お前が作れよ」
【葵】「わ、私か!?」
【アーク】「女なんだから、リゾットくらいは作れるだろ?」
【葵】「……たくあんを切るくらなら……」
【アーク】「た、たくあん?」
【葵】「い、いや! わかった。作ってみせようではないか。たしか、リゾットはあれであろう、メシを湯で煮ればよいのであろう?簡単ではないか! なんとかなる。うむ」
【アーク】「ぜ、前言撤回。お前、買い出し。俺が作る」
【葵】「私が作る!」
【アーク】「お前に作らせたら死人が出る!」
【葵】「なんだとーー!」
○リュートの部屋の中の生活音。うるさいふたり組に閉口しながら寝ているリュート。
【リュート】「……う、うるさ……頭痛いんだから、勘弁してよね……。……まったく……」
【リュート】「……人の気も知らないで……はあ……。ほんとまいっちゃうよ。……でも……」
【リュート】「……こっちこそ、嫌われて無くて、よかったよ。……葵さん」
○騒がしくアークと葵、廊下を走る。
【アーク】「だー! お前、本当に頑固だな! かわいくねーぞ、そういうの!」
【葵】「おぬしにかわいいなどど思われなくて結構……うわっ!」
○葵、扉を開けて人にぶつかる。尻餅。
【葵】「った……!」
【アーク】「あははっ、ばーかばーか! ……って……」
【ソロイ】「……廊下を走るのは感心致しませんね。葵殿、アーク」
【葵】「ソロイ殿!」
【アーク】「げ、な、なんでソロイ様がここに……」
【ソロイ】「そもそも私は騎士だ。……宿舎に来ても不思議ではあるまい」
【アーク】「そ、そうですけど……今まで一回も見たことねーし……」
【葵】「……ソロイ殿。も、もう具合はいいのか」
【ソロイ】「ええ」
【葵】「そ、そうか。それは……良かった」
【ソロイ】「……アーク、急いでいるなら行け。……葵殿を借りていくぞ」
【アーク】「へ?」
【葵】「わ、ちょっと待て! そ、ソロイ殿!?」
【アーク】「(ポカーンとしながら)わ、ちょ、えーー?」
○鳥の声が大きく聞こえる。ソロイと葵、宿舎から離れる。
【葵】「ソロイ殿! 私とおぬしでは歩幅が違うのだから、ゆっくり歩かぬか! う、腕も痛いであろうが!」
【ソロイ】「ああ、失礼」
【葵】「……まったく、おぬしは人の都合を考えぬ奴じゃの! まったく、これでは記憶を失っていた頃の方が良かったわ!」
【ソロイ】「……それなんですが、思い出したんです」
【葵】「……なに?」
【ソロイ】「思い出したと言ったんです」
【葵】「ソロイ殿……? まさか……あの時のことを……」
○ふたりの間を風が吹き抜けていく。
【ソロイ】「……葵殿」
【葵】「べにま……(ソロイ、かぶって)」
【ソロイ】「……私はあなたに非常に罵詈雑言を言われましたよね。杓子定規だとか、つきあうのに窮屈だとか、すぐに怒鳴るとか」
【葵】「……は……はあ?」
【ソロイ】「(指をぼきっと鳴らしながら)生憎その部分しか思い出せないので、本日は色々お聞きしたいと思って参りました」
【葵】「……ま、待て! そんなどーでもいい部分より、もっと思い出すことはあろうが!」
【ソロイ】「今の私にとっては、最優先事項です」
【葵】「わ、私はリュートの昼飯を作る任務があるのだ! そんなことにいちいちつきあってはおれん!」
【ソロイ】「知らなければ、反省もできません」
【葵】「……ソロイ殿」
【ソロイ】「……他の者では私にそのようなことは恐れて言わない。だから、私は知りたいのです。私が私であるために、私がより良くなるために、どうすればいいのか。貴方なら、知っているのでしょう。葵殿。……他の者ではきっとできない。そんな気がします」
【葵】「……それは、私がお前に……ここに必要だということか?」
【ソロイ】「……必要でなければ、候補には致しません。……違いますか?」
【葵】「……そうか。……よし! よかろう! 私がおぬしに足りないものを沢山教えてやるぞ! 来い!」
【ソロイ】「どこへ?」
【葵】「まずは市場じゃ! ふふ、よい荷物持ちができたのう! さあ、さあ、行くぞ! ……友だちを作ることが、私にもお前にも必要なのじゃ!」
[初出・底本]ドラマCD Fantastic Fortune 2 〜Aoi Romance〜
[発売元]マリン・エンタテインメント
[発売日]2004年2月25日
[改稿]底本より誤字脱字・慣用表現の修正