「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

ドラマCD3「Aoi Romance」

六 夜歩く

○夜風吹く街・四人の靴音が響く。

【ユニシス】「は〜、でもソロイ様って噂と違って、きさくでいい人だね。強くて優しくてかっこいいや」
【アクア】「え……まじでいってる……?」
【葵】「……いや、あれは本当のソロイ殿ではないし。……記憶が戻った時のあれが聞いたら、なんと言うじゃろうな」
【ヨハン】「はは、確かにいつものソロイ様らしくはなかったですねえ。まあ、そういう誤解をしておいてもいいんじゃないですか。ひとりくらいは」
【ユニシス】「あ、先生までそんなこと言う。……どーせ俺は前のソロイ様なんて知らないですよっ」
【アクア】「あ、いじけた……」
【ユニシス】「それにさ、あれが本当のソロイ様じゃないって、どうして葵にわかるんだ?」
【葵】「それは……」
【ユニシス】「みんなの前では怖くって、融通のきかない人を演じてただけかもしんないじゃん。あれが本当のソロイ様かもしれないよ。知らない俺からみたら、あの人はぜんぜん怖くない、いい人だった。なんでそれが嘘だなんて、言えちゃうんだよ? お前そんなにソロイ様のこと、知ってるのか?」
【葵】「ユニシス……」
【ヨハン】「……こらこら、そうやってすぐつっかかるのは、あなたの悪いくせですよ。ほら、あっちが帰り道です。葵さんを送り届けたら、私も行きますから」
【アクア】「……あ、そういえば分かれ道」
【ユニシス】「じゃあ、先に行ってご飯作ってますから。行くぞ、アクア」
【アクア】「わたし、オムライスがいい」
【ユニシス】「お前、いっつもそれだなー」

○アクアとユニシス、駆け去っていく。

【葵】「……ふう……」
【ヨハン】「気にしないことですよ。知らないというのは、時に罪なことです」
【葵】「いや、あれの言うことはそれなりに真実だぞ。私はここに来てたかが数日の異邦人だ。……何をもってあやつをわかったとしたのか。そう問われれば、ぐうの音も出ぬ。……しょせん私は、いつかここを出て行くものだしな……」
【ヨハン】「葵さんは星の娘にはなりたくありせんか」
【葵】「……マリン殿かアクア殿がなる。その方がヨハン殿にとっても都合がよかろう。私は魔法の才がない。だからこんなことになる。……関わらねばよかったな」
【ヨハン】「葵さん」
【葵】「……私がいなければ、マリン殿かアクア殿が審判をやったであろう。そうすればソロイ殿はこんな目に遭わずに済んだ」

○ふたり、歩き出す。

【葵】「……私がいなければ、きっと運命は変わった。いや、私が変えてしまったのだ。私がいたから……」
【ヨハン】「そういう考えは自分を追いつめます。後悔だけしても意味がありません」
【葵】「そうだな。そう思う。……わかってはいるのだが」
【ヨハン】「そういえば、あなたの目的は帰ることでしたね。だから、そんなことを?」
【葵】「ん?」
【ヨハン】「少し思っていたことがあります。貴方は何に対しても優秀でそつがない。多少魔法が不得意なくらいで。星の娘になる気はないのに、どうしてそこまで頑張れるのか、疑問でした」
【ヨハン】「真面目というだけでは、足りない。それは……問題を起こさなければ、いつか貴方をみんなが忘れると思うからですか?」
【葵】「……」

○風の音が少し強くなっていく。

【ヨハン】「失敗は人を印象づけます。マリンさんもアクアさんも欠点だらけの人ですから、この物覚えの悪い私ですら、すぐ覚えてしまった」
【葵】「はは、確かにあのふたりは欠点が美点じゃの」
【ヨハン】「問題児程、教師はなぜか覚えているものです。今までの私の履歴を振り返っても、断言できます」
【葵】「……亀の甲より年の功じゃのう」
【ヨハン】「はい?」
【葵】「私の国の言葉で、『尊いと言われる亀よりも、年を重ねた者は尊い』という意味じゃ」
【ヨハン】「それ、なんだか素直に喜べないのですが……」
【葵】「はは、おぬしが年寄りと言っているわけではない。私がまだ未熟だというだけだ。……隠しているつもりでも、見透かされている」
【ヨハン】「……葵さん」
【葵】「のう、ヨハン殿。私は故郷で異端と呼ばれるものを排除してきた。それが私の使命だからだ。……なぜ異端は追われるかわかるか?」
【ヨハン】「……異端だからでしょう」
【葵】「そうだ。異端であるというだけで、それは追われて仕方のないものなのだ。……だから、私はここでは迷惑をかけず、心を残さず、生きねばならないように思うのだよ。かつて私が追った魔物たちのように」
【ヨハン】「……」
【葵】「……だから、今日は本当に……本当に、大失敗なのじゃ。……つい、楽しくて、調子にのった。あまりに平和で、あまりに戦っておらんかったから。……忘れていた。私がここにいるはずのない者だということを」
【ヨハン】「……そんなことは」
【葵】「私のせいなのだ」
【ヨハン】「……断定はしませんし、できません。情報が足りなさすぎます。他にもきっと理由はあるはずです。ちゃんと調べれば、ね」
【葵】「……ヨハン殿」
【ヨハン】「シリウス様にも安請け合いしましたし、私もできることをしてみます。……だから、あなたもそうしてください。運命を曲げたと思うなら、戻す努力をするべきです。失敗は、失敗を克服することでしか埋まらないものなのですから」
【葵】「……そうだ、な。きっと……そうなんだろう。だが……」

○足音止まる。

【リュート】「(ちょっと遠くから)……葵さん? ヨハン先生?」
【ヨハン】「……あれ……ああ、リュートさん」

○リュート駆け寄ってくる。

【葵】「おお、灯りを持ってきてくれたのか。ありがたい」
【リュート】「あんまり遅いから、迎えに行こうと思って。……先生が送ってくれたんですか?」
【ヨハン】「ええ、少し神殿で騒ぎがありましてね。お手伝い頂いてしまいました。大事な候補を遅くまでお借りしてすみません」
【リュート】「いえ、先生だったら安心です」
【ヨハン】「では、葵さん。リュートさん。私はこれで」
【葵】「ヨハン殿」
【ヨハン】「……はい?」
【葵】「……感謝する。……その、うまく言えないが」
【ヨハン】「……葵さん、わたしもです」
【葵】「……ん?」
【ヨハン】「私も誰の心にも残りたくないと思っていました。でも、今は」
【葵】「……ヨハン殿」
【ヨハン】「……また明日、お会いしましょう。……では」

○ヨハン去っていく。

【リュート】「……何の話?」
【葵】「き、気にするな。なんでもないゆえ。は、はは」
【リュート】「(疑いながら)ええ〜……怪しいなあ……。だって魔法院とこっちじゃずいぶん遠いのに、わざわざあのヨハン先生が送るなんて。……プルート様がらみ?」
【葵】「余計な詮索じゃ! ほれ、中に入るぞ!」
【リュート】「正直に言いなさい。変なことに巻き込まれていたら、何か助けてあげられることもあるかもしれないでしょ?」
【葵】「私は嘘などついておらん! しつこいぞ!」
【リュート】「……そんなに信用ない? 僕って」
【葵】「そんなこと、いつ言った」
【リュート】「今」
【葵】「言っておらんだろう! 空耳もいい加減にせい! それに、私がどこで何をしようと、おぬしに関係はないであろう!?」
【リュート】「……そりゃ、そうだけど。心配するのも、だめなのかな」
【葵】「……あ……」
【リュート】「……夏でも夜風は冷たいね。海のせいかな」

○リュート、先に扉を開ける。それに続く葵。騎士院の玄関。

【リュート】「何してるの、ほら、早く入って」
【葵】「……あ、ああ」
【リュート】「じゃあ、僕は先に部屋に戻るから。風邪、ひかないようにね。それじゃ」

○リュート廊下を渡っていく。それを見送る葵。

【葵】「……リュート……」
【アーク】「……ばかじゃねーの、お前」
【葵】「どわっ!」

○柱の影にいたアーク。

【葵】「アーク! いい、いつからそこに! 突然声などかけるな、あほう!」
【アーク】「(サンドイッチをほうばりながら)あほはそっちだろ。ほれ、お前の分」
【葵】「……な、なんじゃ。さんどいっち? お前が作ったのか。珍しい」
【アーク】「作ったのはリュート。俺の分はついでだとさ。(飲み込む)」
【葵】「……あ……」
【アーク】「お前さ、あんま、あいつに心配かけんなよな。ただでさえ、頭痛持ちなのに」
【葵】「お、おぬしに言われたくないぞ」
【アーク】「はは、そりゃそーか。ほれ、食わないと俺が全部食っちまうぞ」

○葵、サンドイッチをつまむ。

【葵】「ああ……頂く」
【アーク】「……城でソロイ様になんかあったんだろ」
【葵】「……ぶはっ!(吹き出す)」
【アーク】「わっ、きたねっ!」
【葵】「なななな、そそそ、そんなことを誰から聞いた!」
【アーク】「……ふーん、ビンゴ? ……お前、ほんとわかりやすいね」
【葵】「……し、しらん、しらん! わ、私は何にもしらんぞ! しらんしらん!」
【アーク】「もうバレてるんだから、観念しろよ。……なーんか、今日は妙に忙しくて、おかしいと思ってたんだ。あっちこっちの長老から呼び出しくらっちゃ、ソロイ様の代理でさ」
【アーク】「……今朝のことがあるから、ま、たいていお前がらみだってことも考えるさ。リュートだってな。だから、心配してんだろ。お前を候補にしたのは、あいつなんだから」
【葵】「別に、責任を感じてもらういわれなど、ない」
【アーク】「……関係ねーって?」
【葵】「……そうだ」
【アーク】「……あっそ。じゃあ、もうこれ、お前は食うな」
【葵】「あ。(葵の腹が鳴る)」
【アーク】「……でっけー音」
【葵】「う、うるさい! もういい! 別に一食くらい食わなくても死なん! 私はもう寝る!」
【アーク】「(苛立つ大声で)……お前、いつか帰るからって、適当な会話してんじゃねーよ! ばれてねーとでも思ってんのか!」
【葵】「っ」
【アーク】「友だちっぽく振る舞う奴が、俺は一番むかつく! 仲間になる気がねーんなら、最初から関わるなよ! ……本気になってるこっちが、馬鹿みてーじゃねーか!」
【葵】「アーク……」
【アーク】「……やる。受け取れ」

○お盆を葵に押しつけるアーク。

【葵】「い、いや……これは」
【アーク】「元々、俺のなんてねーんだ。……おやすみ」

○アークすれ違って消える。

【葵】「……。(お盆を握りしめる)」
【葵】「……別に、いい。……私は、それでも。望むところではないか。……嫌われた方が、むしろ(お腹が鳴る)」
【葵】「くそ……私はどうしてこうも、馬鹿なのだ……」

1 2 3 4 5 6 7