「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

little_bird

私は渋谷で人を待つ。
相変わらず人は雑多でうるさく、ひとつの流れにそって動いて行く。
くだらない人たちが、くだらない人を連れて街に飲み込まれていくのも同じ。

【七緒】「待った、八重?」
【八重】「そんなに。行きましょ、七緒」

【七緒】「こんなところで待ち合わせなんて、よくないよ。八重。今は君、大分顔が売れてるんだから」
【八重】「そんなことないわよ。雑誌は常にお化粧してるでしょ。私がモデルだなんて、すっぴんじゃ誰もわからないわ」
【七緒】「そうかなあ。僕は一瞬でわかるけど」
【八重】「それは七緒が私のお兄ちゃんだからでしょ」

お兄ちゃんって言葉を、なんだか久しぶりに言った気がする。
私は今、高校に通いながらモデル業をやっている。
最初に小鳥遊がくれたのは、バーゲンのちらしのモデルだった。
別にタレントになりたいわけじゃなかったから、ほいほい受けた。
だけど、それがまずかったのか、よかったのか。
次々仕事が入るようになって、私は『小鳥遊フォトクリエイション』初の専属となり、初CMは『サクラファーム』のイメージガールとなった。
一時期は渋谷のいたる所にポスターやら看板が貼ってあって、サングラスなしには歩けなかったこともある。
だけど今は『いかに目立たなく振る舞うか』ということがわかってきて、気持ちの自由は取り戻しつつある。
モデルの仕事は忙しかった。だから自然と、七緒といる時間は少なくなった。
稼ぎは今は七緒よりある。
マンションくらい、頑張れば買ってあげられるかもしれない。
……それはあの日小鳥遊がした提案と、結果の点では同じだった。
それが、七緒にとってどういう変化をもたらしたかは、知らない。
いつも一緒にいるわけじゃなくなったから。

【七緒】「……よかった、八重がいつも通りで。……僕、安心したよ」
【八重】「……そう? 私も七緒が昔のままで、嬉しいよ」

腕を組みながら歩くと、私たちはきっと恋人同士に見えるだろう。
どこかの記者がスクープとか言って撮っているかもしれない。
だとしたらとても面白いのだけど、無理かな。
……さえない顔の七緒。今の私は、この渋谷中を見渡したって、一番かわいい。
さっきから照れ照れしながら落ち着かないのは、きっと私の胸が大きくなって、女らしくなっているから。
……少しの恐怖は、お母さんを思い出しているから。
たった一年なのに、こんなに変わっちゃうんだよ。女の子って。
お兄ちゃん。……こんな私でも、まだ好きだって言える?

【七緒】「な、なんか八重、最近ますます綺麗になったよね。そ、その、彼氏でも出来た?」
【八重】「全然。私には七緒がいるもの」

そう言ってわざとぎゅっと胸を押しつけた。

【七緒】「わっ、よさないか」
【八重】「いいじゃない。せっかく久しぶりに会ったんだもん」
【七緒】「まったく……しょうがないなあ」

七緒は私をただ受け入れる。見つめてくれる。
それがどういう気持ちのまなざしなのか、私にはもうわからない。
……あの頃、私は七緒とだったら海に沈んでもいい、と思った。
それは今でも、変わらない。本当はまだ、私のすべてを知ってもらいたいと思う。
だけど、私は嘘を突き通すことに決めた。
……それは、自分の恋を犠牲にしても、愛する人を幸せにしようとしたあのバカに報いる、たったひとつの方法だから。
その言葉と心、精神に私は癒やされ、大人になろうと決めたのだ。
あの凪の夜、いくつかの書き置きと、いくつかの電話をした後に、小鳥遊はアメリカの空へと旅だった。
それはずいぶん前から決まっていたことで、誰のせいでもないらしい。

【七緒】「……そうだ、八重」
【八重】「なに?」
【七緒】「小鳥遊さんのことだけど」

七緒の口から小鳥遊の名前を聞いたのは、もうどれくらい前だろう。

【七緒】「……明日、帰ってくるんだって。……会いに行くかい?」

七緒は私をただ見つめた。スクランブルの交差点に、人が一気にあふれ出す。
その中で私たちはふたりだけ立ちつくし、人の流れに逆らった。
私と同じ色の瞳を見つめる。私と同じ色の髪も。
けれどつなぐこの手と手は、なんて遠い感触だろう。
あなたは男で、私は女。あなたは大人で、私は子ども。
……その距離はいつになったら縮まるんだろう。……それとも今が一番近いのか。
年を重ねて生きるごとに、私たちは遠く遠く、離れていくのかもしれない。
大人になれば、なるほどに。
だったら今は、まだ。

【八重】「……うん、会いたいよ。お兄ちゃん」
【七緒】「……僕もだよ」

私はまた、七緒をお兄ちゃんと呼ぶことにする。
それを小鳥遊はどう思うだろう。
薄く唇を歪めて笑うだろうか。……それとも。

【八重】「……小鳥遊、お兄ちゃんとえっちしたいって思ってるんだよ。気持ち悪いよね」
【七緒】「そんなことないよ。小鳥遊さんは……いい人だ」

そして空を見上げた。飛行機雲が私たちに向かって伸びてくる。
まるで世界の外から攻めてきたように。
けれど、私は知っている。……お兄ちゃんも。
あの飛行機は、けして誰かを傷つけようと飛ぶのではなく、ただ愛のために飛ぼうとした。
……ただ愛のために、世界を壊そうと戦ったのだ。

そして、私たちはまた破壊者と出会う。
今度は彼の世界を破壊するために、私たちは手をつなぐ。
伝わるきらきらした何か。私と誰かの間をつなぐもの。
それはきっと、あなたも救うはずだから。

この小さな世界での、お兄ちゃんと妹の旅。
それに鳥がついてきたって、今は全然構わない。

○END

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