「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

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【七緒】「……小鳥遊……さん……!」
【八重】「お、お兄ちゃ……」

手を血だらけにしたお兄ちゃんが、いた。
さっきの音はなんだろう。扉にはチェーンがかかっていたはず。
第一、ここに今、どうしてお兄ちゃんが。
私を組み敷く小鳥遊のことも、今はもう気にならない。

来てくれた。お兄ちゃん。

【小鳥遊】「……おかえり」

小鳥遊は私から離れずに、薄い唇でそう言った。
お兄ちゃんはそれを聞いて、みるみると顔を赤らめて。

【七緒】「小鳥遊さん……信じていたのに、僕はっ!」

○七緒、小鳥遊を殴打する。

殴った。
体格では圧倒的に劣るお兄ちゃんが、小鳥遊をつかみあげ、壁に叩きつける。
ぼきり、という鈍い音は果たして小鳥遊のものか、お兄ちゃんのものだったのか。
とにかく不吉な音は私の耳に突き刺さり、その音の正体を私に見極めさせようとした。

【小鳥遊】「……いって……。意外。結構、いいパンチ持ってるんだ」
【七緒】「……あなたのことは見損なった。……あなたは僕によくしてくれていた」
【七緒】「定時で帰りたいなんてわがままも、許してくれて……感謝してました」
【七緒】「だけど、それもこれも、こんなことのためですか」
【七緒】「僕は……カメラマンとしても、ひとりの男としても、あなたを尊敬していたのに。……最低だ」

……こんなお兄ちゃんは初めて見る。
怒っている。本当にお兄ちゃんは怒っているのだ。

【小鳥遊】「ふん、妹を犯られそうになったから、怒ってるのか?」
【七緒】「怒らないやつがどこにいる! しかも、僕を呼びつけてまで! こんなに携帯電話が恐ろしい日はなかったですよ、小鳥遊さん……!」
【小鳥遊】「それはよかった。……狙い通り」
【七緒】「……!」

もう一発、今度は反対の頬に入った。
ごふっと小鳥遊は血を吐き、それでもその微笑みを崩そうとしない。

【八重】「携帯……? まさか、さっきの」

ピザ。あれは出前の電話なんかじゃなかったのか。
だとしたら。

【八重】「……小鳥遊さん、まさか」

いやだ。

【八重】「……嘘だよね」

ちがうって言って。

【八重】「……嘘だよね……?」

小鳥遊は動かない。ただじっと、お兄ちゃんを見つめた。

そんなの酷い。
そんなの酷いよ。
うしろめたい、顔を合わせられない、いけないこと。
そんなのわかってる。
だけど、お兄ちゃんにだけは知られたくないの。
……知られたくないって、言ったのに。
私は妹。まだ妹でいたいの、いつかここを出て行くとしても、今はまだ。
今はまだ、ここにいたいのに……!

【小鳥遊】「……七緒」
【七緒】「……なんだ」
【小鳥遊】「僕はね、君が好きだよ。……本当に」

小鳥遊はその言葉を、一瞬も目をそらさずに、言った。

【七緒】「……っ」

小鳥遊の一撃がお兄ちゃんの腹を割る。
それは短く美しい弧を描き、形勢を一気に逆転させる。
小刻みにバウンドしながら倒れ伏すお兄ちゃんを、小鳥遊は追わず、ただ血に濡れた唇を袖でぬぐった。

【七緒】「……ぐ……小鳥遊……さんっ」
【小鳥遊】「……二発くらってやったのは、八重ちゃんに対するせめてものお詫び。でも、君には謝る気、ないよ。七緒」
【七緒】「な……」
【小鳥遊】「いつまで八重ちゃんを縛りつけておく気だ。妹だって言い張るなら、ちゃんとそう扱え。でなきゃ、僕がさらってく」
【七緒】「……八重は渡さない。……僕のものだ!」
【小鳥遊】「お兄ちゃん」

背筋がしびれた。
……そんなのありえない。
……そんなの嘘。
……お兄ちゃんが私をかばってる。
守ってくれている。
それは私が妹だから。……家族だから。
……私じゃない。『八重』じゃない。

【小鳥遊】「……七緒。八重ちゃんはちゃんとわかってる。……わかってないのはお前だけだよ」
【七緒】「……今の小鳥遊さんに何を言われようと、僕は聞きません。……八重を傷つけたこと、僕は絶対に許さない!」
【小鳥遊】「……許さないならどうする」

……お兄ちゃん、嬉しい。
私、嬉しいよ。
そんなこと、言ってくれるなんて思わなかった。

【七緒】「……殺します」

そう言って、お兄ちゃんは。
……暗いまなざしで、床に転がったガラスコップをパリン、と割った。

【七緒】「……僕たちの場所を傷つけようとする者は、もう誰ひとりだって許さない」
【小鳥遊】「……七緒」

それはまるで哀れんでいるようで。
どこにも怯えの色はなかった。
お兄ちゃんが私を守ってくれる。
きっとこれからも、ずっとずっと。

……だけど。
……だけど。
……だけど。……違う。そんなのは、だめ。
……だめなの、だめなんだ!

○心臓の音、ばくばく。

【八重】「やめてお兄ちゃん! 私が頼んだの」
【八重】「私が小鳥遊さんを欲しいって言ったのよ!」
【七緒】「……っ……な……」

精一杯の大声で叫んだ。その言葉の内容に、お兄ちゃんはその集中を解く。
その隙を狙い、小鳥遊はコップを叩き落とした。

【七緒】「っ……」
【小鳥遊】「……この、バカっ!」

そして同時に腕をひねりあげ、お兄ちゃんの背に回す。
あれではとても、反撃など出来ない。
コップは破片を更に細かくして割れた。もう使えない。
だけどまたテーブルには、転がらずに無事なものがある。
私は焦って他のコップを自分の手元に引き寄せた。

【七緒】「八重っ……!?」
【八重】「だめ、お兄ちゃん。だめだよ……! こんなことしたら、お母さんのときと、同じになっちゃうよう……!」

【七緒】「……八重……」
【八重】「……もうやだ。あんなの、もう嫌だよ。……私はお兄ちゃんが好きだよ。大好きだよ……好きだけど……」

だけど、だけど、だけど。
……それは妹じゃなくちゃいけないの。
それ以外はだめなの。

……だめなの……だから。

【八重】「だけど……私……今は小鳥遊さんが好きなの」
【七緒】「……八重」

それは。絶対についたらいけない、嘘。
自分を裏切る嘘。……うしろめたい。消せない罪。してはいけないこと。
お兄ちゃんの顔が見られない。
どんな泣きそうな顔をしてるんだろう。
見られない。私には、見られない。

【小鳥遊】「……七緒、彼女は君の妹だ。……そうだよな?」
【七緒】「……」
【小鳥遊】「僕が言いたいのは、それだけだよ」

そう、切なげに呟いて、小鳥遊はお兄ちゃんの手を離した。

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