「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

little_bird

私は子どもの頃、撫でられた記憶がない。
手を振り上げる動作は、いつも痛みを伴った。
私はまだ、あの過去から抜け出せていない。
……私だけやっぱり、まだ子どもなんだ。
……癒やせていない。だから、どんどんすがってしまう。
逆らわないあの人に。
そして小鳥遊も逆らわなかった。逆らわないでいてくれた。
……私の手に届くところに、いてくれた。

【小鳥遊】「……八重ちゃん。こういうことを言うのは卑怯かもしれないんだけど。……七緒と暮らすのは、しばらく考えてみないか」
【八重】「……お兄ちゃんと会うなってこと?」
【小鳥遊】「違う。ただ寝食共に、っていうのをやめるだけだよ。お金なら僕が出す」
【小鳥遊】「奢られるのが嫌なら貸すってことでもいいし、八重ちゃんが望むならバイトだって紹介できる」
【八重】「小鳥遊さん……」
【小鳥遊】「……考えてみないか。僕は君たちの仲が良いのは良いことだと思ってる」
【小鳥遊】「……だけどそれが絶望的な破滅に走って行くものなら、止めたい」
【小鳥遊】「……八重ちゃん、どんなに君がこらえても、否定しても。君が女性になっていくのは、止められないんだよ」
【八重】「……」
【小鳥遊】「……君は絶対に、いつか妹でいられなくなる」
【八重】「……そうだよね。……わかってる」
【小鳥遊】「……八重ちゃん」
【八重】「わかってるの、小鳥遊さん……」

下着がきつくて入らない。胸がこすれると痛くて仕方ない。
生理は月一で来るし、えっちなことにも興味がないわけじゃない。
男の子にはもてる。だから、他の女の子よりずっと男の子のことは知ってると思う。
だから、最近同い年の男の子が怖い。
昔は力だって背だって一緒くらいだったのに、みんな力持ちになって、大きくなって、私を見下ろして話す。
変化は私の意識しないうちにどんどん進んで、気づく頃には取り返しがつかない。
知らなきゃよかった。
そんな後悔ばかり。
どうして成長しちゃうんだろう。
胸なんか大きくならなくていい。顔だって大人びたくない。
背だって伸びたくない。子どものままでいたい。
だって成長して行き着く先は。

【八重】「……っ」
【小鳥遊】「八重ちゃん?」
【八重】「……小鳥遊さん。……えっちするのって、やっぱり痛い?」
【小鳥遊】「え?」
【八重】「他の男の人とそうなれば、私はお兄ちゃんを諦められるのかな」
【小鳥遊】「……八重ちゃん、僕は、その、変態だし」
【八重】「……私だってそうだわ。……だから私のこと、わかったんでしょ」

同じ匂いがしたから、わかった。
だから嫌いだった。敵だと思った。
……許したくないのは……自分自身。

【小鳥遊】「……本気?」
【八重】「……いいよ。……バージンめんどくさい?」
【小鳥遊】「それは別にいいけど。初めてが変態って、嫌じゃない?」
【八重】「カウントしないことにする。だってこれは……」

諦めるためのもの。
……私の罰。私の罪を、私が裁くためのものだ。
だからいい。……いいんだ。

【小鳥遊】「カウントしないって、それ無理でしょ。もう何回もしてるならともかく」
【八重】「小鳥遊さん、私じゃそういう対象にならない? 将来はどうあれ、今の私は綺麗だって言ってたのに」
【小鳥遊】「いや、あれはその、冗談だったんたけど。……う……いや」
【八重】「小鳥遊さん……」
【小鳥遊】「……だめ」
【八重】「え?」
【小鳥遊】「僕は君を抱けません」

【八重】「小鳥遊さん、なんで?」
【小鳥遊】「いや、もう僕としてもびっくりなんだけど。だめ。むり。却下」
【八重】「どうして!? お兄ちゃんと約束したから?」

同じだっていうのなら、わかるはずなのに。
……こうでもしないと、めちゃくちゃにしないと、私は止まれない。
ここを出る勇気が出ない。
お兄ちゃんから離れる勇気が出ない。
うしろめたいことをしなくちゃ、いけないのに。

【小鳥遊】「……それもあるけど。……僕は八重ちゃんと友達になりたいからかな」
【八重】「え?」
【小鳥遊】「君が思うほど、えっちって簡単なものじゃないんだよ。雑誌の読み過ぎだね」
【八重】「……だけど! 私は……」
【小鳥遊】「大丈夫。君にその罪悪感があるなら、『君たち』は間違わないよ。安心した」
【八重】「え?」

『君たち』。……私の罪なのに、どうして『たち』なんて言うんだろう。

○ 玄関チャイムが鳴る。

【八重】「あ」
【小鳥遊】「おっと、ピザが来た」

○チャイム、けたたましい。

【八重】「……な、なに? なんか、すごい焦った音が……」
【小鳥遊】「焦ってるんじゃない?」

○チャイム 狂ったように鳴る 。

【八重】「わっ?」
【小鳥遊】「おやおや、落ち着きのない。八重ちゃん」

○八重、小鳥遊に抱きしめ直される。

【八重】「きゃっ! な、さ、さっきは断るって……」
【小鳥遊】「そんなことないよ。……僕は来る者拒まずだ」
【八重】「……あ、ちょっ……やっ……」

そう軽く笑うと、小鳥遊は私に覆い被さってきた。
重い体が私のすべてを押しつぶす。
足を割って入ってくる、圧倒的な、その異物感。

【八重】「……やだ! 小鳥遊さん!」

○ドアが壊れる。

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