○暗転。
親愛なるあなたへ
○一枚絵 マリンの手紙が机の上にある。汎用。
突然のお手紙でごめんなさい。
思えばあなたにお手紙を書くのは、これが最初かもしれません。
こんな手紙を書いたのは、私のお願いを聞いて欲しいからです。
わがままかもしれないけれど、あなたにしかできないことなので。
口で言うには、ちょっと難しい事です。
かといって、視線で伝わることでもありません。
だから、手紙を書きました。
わかりにくかったらごめんなさい。
まだ、きれいに字を書くのは苦手です。
——あなたに言いたいことがあるのです。
湖の近くの、大きな木の下で待っています。
用意するものは何もありません。
ただ、あなたが来てくれればいいと、願います。
アロランディア在住 マリン=スチュワート
○暗転と共に風の音。
【マリン】「これでよし、と。指さし確認! 敷布よーし、お弁当よーし、ポットよーし。うん、完璧!」
○一本木の下。青空。
【マリン】「……来てくれるかな」
空は青く澄み切っています。夏の匂いはもう、すぐ近く。日差しはちょっと暑いです。
だけど座ると草は私を柔らかく包んでくれて、丁度良い温もり。
海も遠くに眺められて、湖からは涼しい風が吹いてきます。
ゆったり腰を下ろして、私はその風景を眺めました。
もう、おなじみの風景です。
アロランディアにやってきて、もうだいぶ経ったから。
だから手紙を書くのは、とても恥ずかしい気がしました。
だって、受取人は私をよく知っている人だから。
右も左もわからなくて、ただ駆けずり回るだけの日々の私を、あのひとは知っているから。
星の娘になったと言っても、それは結局、神様になるってことではありませんでした。
むしろ、神様がいない世界にするために、私はここにいる事になったのです。
でも、今は願います。
神様、お願いします。
【マリン】「あの人をここに連れてきてください」
○一本木の下。夕暮れに変化。
手紙はポストに投函したものもありました。
船に乗せたものもありました。
机に直接置いてきたものもありました。
海に流したものもありました。
鳥に託したものもありました。
それらが宛名通りに届くなんて、結構な奇跡がないと無理なことです。
都合の良い奇跡なんて、起こらない。
だから、精一杯頑張って、奇跡みたいなことを掴む。
そのために私はここで星の娘になることを選んだのに……ダメですね。
私はとっても弱いです。
今でも迷うし、間違えます。
あなたはそれを笑うでしょうか?
相変わらずだって言いますか?
失望したと言うでしょうか。安心したと息をつくでしょうか。
七月六日。私は今日、十八歳になりました。
○一本木の下。夜になる。すぐに暗転。
【マリン】「くー……」
【マリン】「くーくー……」
【アクア】「ねえ、まだ寝てるわよ……。どうする……?」
【アーク】「どうするってお前、起こすしかねーんじゃ?」
【リュート】「でも、すごい気持ちよさそうに寝てるよ。起こしにくいなあ……」
【プルート】「最近、激務でしたからね。無理をさせすぎました。すみません」
【ソロイ】「そうですね。確かにお忙しかった。その割に、こんな手紙を書く余裕はあったようで」
【シリウス】「君は相変わらず固いなあ。三年も経てば少しは変わると思ったのに」
【ボビー】「ツマンナーイ!」
【ヨハン】「あはは、シリウス様も相変わらずなんですね……」
【ユニシス】「先生、こいつが成長してるとでも思ってたの? 驚き」
【シリウス】「こらあ! どういう意味ですか、それは!」
【マリン】「う……うう?」
○全員、立ちキャラ三年後用意。
【マリン】「あ……う?」
【マリン】「みなさん……?」
頭の上がざわざわしている気配。
——私、夢を見ているんでしょうか?
目の前に、奇跡が全部起きてます!
【アクア】「来たわよ、あなたの指定通りに。……ま、他にもいるとは思わなかったけど」
【アーク】「そーだ、そーだ、俺だけかと思ってたぞ」
【リュート】「あ、それは僕も」
【ヨハン】「あんなせっぱ詰まった感じの手紙見たら、何かあったのかと思いますよねえ」
【ユニシス】「言いにくいことがあるのかと思ったよ」
【シリウス】「そうだよ、心配と期待で胸をときめかせて来てみれば……。ずらずらムサイのがついてきて……」
【ボビー】「ガッカリー!
【プルート】「そうですよね……がっかりです。はあ……。まさか手紙の内容まで全部同じだなんて……はあ」
【葵】「まったくじゃ、慌てすぎて着替えるのも忘れてしもうたぞ。まったく、いつまでも人騒がせな奴じゃ。ふふ」
【マリン】「って……あれ? これ、夢じゃ……」
【マリン】「……あれ? あれ、あれっ?」
【マリン】「わーー、私、寝ちゃってました!? わわわ、ど、どうしよう、どうしよう!」
【マリン】「きゃーー! 呼び出し時間ずらして書いたのに!?」
あわわ、そんなミスをしたんですか、私は!
こんな奇跡を台無しにしちゃったんでしょうか。
ああ……もう、私って……いつまで経ってもおっちょこちょいです……。
私が眠っている間に、感動の再会は終わってしまったみたい。くすん。
【アクア】「……そうね、私が最初だったわ」
【プルート】「アロランディアに家のある人は早めでしたよね」
【ユニシス】「お前、いくら時間ずらしたからって、みんながその通りに来る奴ばかりだと思うのか? たとえば……」
【リュート】「……」
【シリウス】「……じー」
【ユニシス】「……あ〜……そだね」
【リュート】「あの、どうしてマリンさんじゃなくて、私の方を見るんですか、皆さん……」
【シリウス】「招待状の時間が比較的早かったにも関わらず、君が来たのが最後だったからじゃないのかい?」
【マリン】「あああ〜! だめっ! だめです! それじゃあ、計画がだいなしです〜! い、今からでも順番通りにっ……」
【ソロイ】「すでに起こってしまったことをやり直しても、たいして意味はないと思いますが」
【リュート】「そうそう。それに、ここでアークとばったり会ったときに、もうマリンさんのしたい事なんて、わかっちゃってるもんね。
【アーク】「ったく。お前って、本当にタイミングがいいんだか、悪いんだかわからねえ奴だな」
【マリン】「あわわ……わ、私のしたいことがわかるって、ど、どうして……?」
【アクア】「はっぴーばーすでー。まりん」
○一枚絵 アクア、花束を差し出す(花束は雑草)。
【マリン】「あ……」
【アクア】「……そういうことにしておきなさい。あなたが眠っている間に、あなたのしたいことは終わったのよ」
【葵】「気を遣いすぎじゃ。そう、身を挺して心配せずとも、戻るものは戻る。……まあ、そういうせっかちなおぬしだからこそ、この手紙を正直に受けて立ったのだろうがな」
【マリン】「あ……」
○顔を赤くして。
【マリン】「……うう、損した」
【リュート】「え?」
【マリン】「皆さんを呼んで、再会してもらって、びっくりどっきりさせようと思ってたのに……」
【マリン】「寝こけて、私だけ見逃すなんて……。損です、損です、損ですよ〜! うう〜、やり直しを要求します〜!」
【リュート】「あ……あはは、そ、そういうこと」
【プルート】「あはは、まあいいじゃありませんか。結果としては良かったのですし」
【シリウス】「そうそう、マリン殿渾身のお弁当もおいしかったしね」
【アクア】「うんうん、おいしかった」
【マリン】「へっ? お弁当……あーー! 私が寝ている間に、食べちゃったんですかーー!?」
【ソロイ】「……一応私は止めたのですが」
【アーク】「しゃーねーだろ。俺とアクアは一時にここに来てたんだから、腹減ってたんだよ」
【アクア】「ごちそうさま……ふふ」
【リュート】「まあ……アークさんとアクアさんが最初に来ていた時点で、そうなりますよね」
○がっくり音。
【マリン】「うう……せっかくみんなで食べようって、徹夜で作ったのに……」
お弁当までなくなっちゃてるなんて……。
更に追い討ちを掛けられちゃいました。
せっかくのいいお天気、楽しく皆で食べたかったのになあ……。
うあ、私のお腹もがっつり空いてる……トホホ。
【ユニシス】「みんなでは食べたぜ。お前は寝てたけど」
【マリン】「それじゃ、私が作り損です〜! ふええ……」
【アクア】「まあまあ。また作ればいいじゃない。あなたのお弁当なら、みんな食べに来るわよ」
【マリン】「あ……アクアさん……」
【アクア】「……あなたの願いは、叶ったんだから。みんな、またここにいるわ。……あなたと一緒に」
【マリン】「うっ……」
【葵】「よかったな。マリン殿」
【マリン】「あおいさ……うっ、う〜わ、わたし、う、うれし……」
○お腹の鳴る音。
【ヨハン】「……あ、すみません」
【マリン】「はわ……。
【ユニシス】「先生〜……。大人なんだから、もう少し我慢ってものを知って下さいよ! せっかくのいい場面が……!」
【ヨハン】「わっ、ご、ごめんなさい。いや、だって、私が来た頃はほとんどお弁当、食べ尽くされていたじゃないですか」
【シリウス】「だからって、このタイミングでお腹の虫を鳴かせることはないだろう。空気の読めない人ですね」
【ヨハン】「うっ……! 一番言われたくない事を、言われたくない人に……!」
【プルート】「あはは、確かに。ヨハン、でも今のは言い訳できませんよ。反省しませんとね」
【ヨハン】「は、はい……なんか、みなさんツッコミが激しくなってませんか?」
【ユニシス】「単に、先生がツッコミやすくなっただけだよ。たぶん」
【ヨハン】「……はあ……そーですか……」
【葵】「ははっ、そうかもしれんな! あはは。ヨハン殿、おぬしももっと成長せんといかん。せめて、突っ込まれ耐性をつけんとな」
【ヨハン】「はあ……ど、努力します……」
【アーク】「あー、でも腹減ったよな。もうすぐ夕飯の時間じゃん」
【リュート】「そうだねえ。何か食べに行く?」
【アクア】「ごはんー。
【ソロイ】「……マリン殿も食べそこねているようですし、それもいいかもしれませんね。
【リュート】「えっ、ソロイ様も……来るんですか?」
【ソロイ】「いけないか?」
【リュート】「い、いえ……いけなくない……ですけど」
【アーク】「あー、リュート。あんま、ソロイ様を昔通りに扱わない方がいいぞ。結構人が悪くなったから」
【リュート】「へ、へえ……」
【プルート】「あは、それじゃあ、神殿の私の部屋を使いましょうか。台所を使わせてもらって、何か作りましょう。マリンさん、あなたも今度は食べはぐれないように気を付けて下さいね」
——けれど、なつかしいこのやりとり。
そうです、これが見たかったんです。
とても、見たかった奇跡。
神様に祈った。
【マリン】「……」
【プルート】「マリンさん?」
【マリン】「……」
【アクア】「マリン? どうしたの?」
【マリン】「……はっ! い、いえ! 聞いてます、聞こえてます! ご飯を食べるんですよね! みんなで!」
【アーク】「おーい、いきなり老け込むなよ。耳が遠くなったか?」
【マリン】「ち、違いますっ! ただ、ちょっと……涙を我慢してただけですよっ! ……う……ひっく……感動しちやってねだけですよ!」
【リュート】「あはは、マリンさんは相変わらず、ちょっと泣き虫だね」
【葵】「まったくだ。もっと強くならんといかんぞ? 我らが頭なのだからな」
【アクア】「まあ、裏ボスはわたしなんだけどね……ふふ」
【ユニシス】「お前って……そういう役回りホント好きだよな……」
【プルート】「ままま、マリンさん。ハンカチどうぞ。袖がぐしゃぐしゃになっちゃいますよ」
【マリン】「……は、はい……」
【ソロイ】「……それで。マリン殿。手紙の最後にあった『言いたい事』とはなんなのですか?」
【マリン】「は、はう……」
【リュート】「そうですよ、確かそんな一文がありました。……何かとても重要なことでも……?」
【マリン】「はう、そ、それは……そうでした! 大事なことを忘れてます。……ひっく、それじゃあ……言いますね!」
ごくっとみんなが唾を飲み込む音がします。
——大注目。
うわあ、緊張する。
でも、言います。精一杯の気持ちと背伸びで。
今、私がどうしても伝えたいこと。
それは。
【マリン】「……おかえりなさい。……ようこそ、アロランディアへ!」
【アーク】「……」
【リュート】「マリンさん」
【プルート】「……」
【ソロイ】「……」
【リュート】「……」
【ユニシス】「……はあ……ほんと、お前って相変わらず」
【アクア】「……そうね、それを言わなくちゃ」
【葵】「……始まらぬよな。もう一度」
【マリン】「はいっ! ……また会えて、嬉しいです。……みなさんに」
○青空。
蒼穹を見上げる。
今日は私の特別な日。青い空、白い雲。今日もとってもいい天気。
あの嵐の日が嘘のよう。……でも、あの日々があったから、空がキレイだと思えるのかも。大事にしようと思えるのかも。
——だから、時間を戻そうとは思いません。
それはあなたを、あの時の選択を、運命を汚す事だから。
【アーク】「そんじゃ行くか〜」
【リュート】「そうだね。食材って持っていかないとだめ?」
【プルート】「そうですね。どうだろう……人数いますからね。マリンさん、どうします?」
【マリン】「は、はいっ! ちょっと待って下さいね!うんしょっ……」
【ソロイ】「バスケット、持ちましょう」
【マリン】「はいっ? わ、ソロイさん、ありがとうございます」
【ソロイ】「いえ、この中で一番食べたのは私ですから」
【マリン】「へ」
【ソロイ】「……行きましょう」
【マリン】「は、はい!」
大きなソロイさんの背中の後を、子猫みたいについていく。
私って、やっぱり小さいな。体も心もまだ小さいな。
でも、この島に最初に来た時よりは、大きく柔らかくなれているかな。
ここに、みんなが来てくれたということは。
——(ねえ、ブルーさん。どうですか?)
海を振り返り、もう一度確かめる。……もういないあなた。
——でも感じる、あなたのこころ。
ここは、約束の島。アロランディア。
——守り続ける、あなたとの約束。
星はいつでも、私の心にありますよ。
だからいつでもこの目印に向かって、飛んで来て。
そして、知って。わたし以外にも輝く星がたくさんあること。
あの星空のように。
(それでもあなたが私を『一番星』にしてくれたなら、嬉しいんだけど)
草の中を走り抜けた。笑い声と手招きの方へ。
だから、逃したの。
その一言。
——「……もうすぐだから」
潮風が運んだその一言は、笑い声と足音にかき消される。
でも、いつか知る。
その未来。
○一枚絵 EDのマリン×ブルー。セピア処理。
——「おかえりなさい」の一言を、きっとあなたにも。きっといつか、わたしにも。