○夕焼け空。テキストフェイスは紅丸です。
遙かを眺める。千里の果てを。
海の向こうには何があるだろうと。
——我のような者だけがある、楽園があるかと。
その光景を夢想する。
けれど、それはほどなく淡い吐息と一緒に、消える。
皿のように目をこらしても、そんな場所はどこにもない。
では、我のようなものはどうしてここで生まれたのだろう。
人ならざる者が生きるにはそぐわぬ土地なのに。
いや、もしかしたら。
『ここは、かつては生きやすい土地であったのか?』
○空、セピアになる。
——心の中に小さく芽吹く、その疑問。
数百年を生きてなお、世界についてわからぬことがあるのか。
神よ、悪鬼よと様々に呼ばれ、数少ない同族にすら恐れられるこの我が。
『……ならば、我は最後のひとつとして死ぬしかないのだろうな』
——ああ、なんとわずらわしい感傷。
——人の言う魔とはかけ離れている。
我は一体、何をしたい? ……何のために生きている?
何の未練があって、この世に留まり続けている?
『ならば、私と共に来るがよい』
——少女が延ばした、頼りない手。
——何の力も宿らない、無防備なそれに絡め取られた理由。
『見てみたかった、ただ……』
人に生まれながら、人として扱われることのない、赤い袴の女の一生を……。
○ソロイの部屋をノック。テキストフェイスはソロイです。
【マリン】「そーろーいーさーまっ! ……入ってもいいですか〜?」
【ソロイ】「……マリン殿? ……はい、どうぞ」
【マリン】「わ、よかった。お仕事中、よくないかなって思ったので。お邪魔します!」
【ソロイ】「ああ、今はちょうど一息入れていましたから。……何の用ですか?」
【マリン】「はい、ちょっとお願いがあって来ました。お暇じゃないのは、わかってるんですけど……」
栗色の髪の少女が子鹿のように首をかしげる。
確か、名前はマリン……ええと、すちゅわーと。
——こっちの名前は言いにくくてかなわない。
しかしまあ、三年も経てばどんな奴でも女らしい匂いが出るものだが、皆無だな。
やれやれ。
早く誰ぞ、手を出してやればよいのに。
【ソロイ】「……貴女の頼み事を断る権利は私にはありません。どうぞ」
【マリン】「うっ、いかにも『面倒事持ってきた』って顔しないで下さいよ〜。くすん、マリン悲しいです! くすん、くすん」
【ソロイ】「……アクア殿の入れ知恵ですね、それは」
【マリン】「はうっ、なんでわかるんですか!? こ、こうすれば男の人はみんなメロメロよ〜て……!」
【ソロイ】「……」
ソロイは返答に困っている。それはそうだろう。
この娘の天然さは、どうも魂の奥の奥まで染みこんだものであるらしい。
よく言えば素直、悪く言えば騙されやすいこの娘は、三年経とうが十年経とうが、きっと永遠にソロイを困らせるに違いない。
【ソロイ】「コホン、用件を戻してよろしいか。……一体何のご用事で?」
【マリン】「あ、そうでした。あのですね……言う前に、約束してくれます? 絶対怒らないって」
【ソロイ】「内容によります」
【マリン】「約束して下さい」
【ソロイ】「……内容によります」
【マリン】「約束してくれなくちゃダメですっ!」
【ソロイ】「……はい」
ああ、負けた。結構弱いな、こやつも。
【マリン】「じゃあ、話します。入っていいみたいですよっ! シリウス様っ!」
【ソロイ】「は……?」
○ぱっぱらっぱーと軽快なラッパ。
【シリウス】「は ーい、呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン! シリウス=ウォーレン=ダリス、ただいま参上 ー……ぐほっ!」
○扉が閉まる音。
【マリン】「きゃあっ、挟まれた!」
【ソロイ】「呼んでいません。お帰りを」
○扉が開く音。
【シリウス】「ひひひ、酷いよソロイ殿。久しぶりに会ったのに、その仕打ち……。シリウスは悲しいですっ、よよよよ……」
【マリン】「シリウス様、その作戦はもうさっき私がやりましたっ!」
【シリウス】「え。そうなの? じゃあダメだ。ちぇっ……イタタタタ! うう、私の美しい顔に縦線が……」
【ソロイ】「……どういうことです、マリン殿。ダリス人がこの神殿にいるなんて。私は聞いていませんよ」
【マリン】「はあ、それはそうだと思います。今、言いましたから」
【ソロイ】「……マリン殿?」
【マリン】「あうっ、ソロイさんの嘘つきっ! 怒らないって約束したのに〜!」
【シリウス】「こらこら、ソロイ殿。女の子をいじめちゃいけない。マリン殿は全然、ちっとも悪くないんだよ。私をここに入れてくれたのは、プルート殿なんだから」
【ソロイ】「プルート様が……?」
ほほう、おもしろい展開になってきた。
この白銀細工の髪を持つ男は、よく覚えている。
言動のおかしさは一級品だった故にな。……しかし、侮ってはならない。
これでもこやつ、かなり切れる頭を持っている。
あのニヤニヤ笑い、何か企んでおるな。
——ソロイはどうも、頭に血が上って気づいてないが。
いかんな、どうもこやつ……我でいた時より子どもっぽいぞ。
【シリウス】「私とプルート殿は今となっては親友に等しい関係! 君よりずーっと、信頼されているのだよ。ふふん。ですから、快くお願いを聞いて頂けたわけで」
【マリン】「へ? リュートさんのお仕事のついでに、こっそりズルして入ったんじゃ……むぐっ!」
【シリウス】「……し ー、余計なことはくちチャ ーック! そんなわけで、またしばらくご厄介になるから、よろしくねっ! ソロイ殿☆」
【ソロイ】「……」
——これ、頭に血が集まり過ぎると死ぬぞ?
と、こんな忠告も聞こえなるわけがないか。
なにせ我は『消えた』ことになっておるからな。
【ソロイ】「そうですか」
【シリウス】「そうなんですよ。ということで、勅令です! 私をもてなしなさ ーい! あっはっは ーー!」
○パッハラッパー、みたいなラッパ。
【ソロイ】「……」
【マリン】「わわわわ、私のせいじゃないですよ! にに、睨まないでください〜!」
【シリウス】「ちっちっ、いけないなあ。ソロイ殿。いつまで経っても君はレディの扱いというものがわかっていない」
【シリウス】「よし、今日は私が君に女性の扱いを教えて差し上げよう! きっとプルート殿もそれをお望みさ!」
【ソロイ】「あり得ません、プルート様がそんなことを望むなど」
【シリウス】「そんなことはないよ。日々、君の女性に対する傍若無人な振る舞いに、プルート殿は心を痛めておられる。ねえ、マリン殿?」
【マリン】「ひゃっ!? わ、私ですか!? ……えっと、傷ついているといえば、いるし……もう慣れたって言えば慣れたし……」
【マリン】「笑って)ソロイさんはソロイさんだから……」
【ソロイ】「……だ、そうですが」
【シリウス】「こらこらこら ーー! そこで君までフォローしてどうするんだ!」
【ソロイ】「……は?」
【シリウス】「……とと、とにかく! こほん! ……君は今日、私と一緒に行動するのだ ーー! これは大・決定 ー!」
【ボビー】「キマリキマリ、ホンギマリ ーー!」
【ソロイ】「なっ……承服できません。私は本日、仕事を抱えています。それを貴方の勝手な都合で変えることはできませんよ」
【シリウス】「だから、プルート様がそう望んでるんだってば〜。ねえ、ボビー?」
【ボビー】「ソウダー、ソウダヨー!」
【ソロイ】「……本当ですか。マリン殿」
【マリン】「ひゃっ? えっとお……その〜……」
【シリウス】「マリン殿。もっとちゃっちゃっと喋りなさい?」
【マリン】「は、はい! ……あのう〜……」
【ソロイ】「……」
【マリン】「……た、たぶんホントです! あの、シリウス様は久しぶりのアロランディアですから……」
【シリウス】「ほーらね!」
【ソロイ】「……マリン殿」
【マリン】「は、はい」
【ソロイ】「何か弱みでも握られましたか。……安心なさい。議会を束ねる貴方たちの命令であれば。私はいつでもこの男を斬れます」
【マリン】「……ひゃっ! だめだめだめ! それはダメです ー!」
【シリウス】「うわあ、物騒なこと言うなあ……。これでも私、ダリスの偉い人なのにー」
【ソロイ】「今の私には知ったことではありません。……では、お引き取りを。午後は魔法院で政務がございますので」
【マリン】「だめっ!」
【ソロイ】「は?」
【マリン】「ととと、とにかく! それはダメです! ソロイさんっ」
【ソロイ】「はい」
【マリン】「……命令です。シリウス様と遊んでいて下さいっ!」
【ソロイ】「な……」
【マリン】「こ、これはプルート様の意志でもありますから! い、いいですね!」
【シリウス】「わあお! やる時はあるなあ、マリン殿!」
【ソロイ】「やはり弱みを……」
【マリン】「ちちち、違います! シリウス様の言ってること、ひとつだけ合ってます。プルート様は、ソロイさんとシリウス様が仲良くなって欲しいって。……それは、とても思ってるみたいですよ?」
【ソロイ】「……」
【マリン】「それは、ホントですから。じゃあ、そんな感じでよろしくお願いしますね。シリウス様」
【シリウス】「まかせたまえっ! 私が体力ゼロになるまで、町中引きずり回してあげるよ〜! ラララ、たのしい市内観光〜♪」
【ボビー】「オトコアイテはセツナクテ〜♪」
【マリン】「はあ……あはは、すみません……」
【シリウス】「この貸しは高いよ〜、マリン殿!」
【マリン】「は、はーい。……って」
○サスペンス調の音楽。剣を抜く音。
【シリウス】「ぎゃ ーー! いきなり剣なんて抜いてる ー!」
【マリン】「きゃ ーー! ソロイさーん、早まらないで ー!」
【ソロイ】「……本当のことをお言いなさい。マリン殿」
【マリン】「はいい!?」
【ソロイ】「……何をシリウス様に言われました?」
【マリン】「うううううう、そ、それは……」
【ソロイ】「言いなさい」
【シリウス】「そういうのって、脅迫って言うんじゃないのかなー。いけないよ、ソロイ殿。法を司る神殿の一員がそんなことをしては」
【ソロイ】「では、貴方にお聞きしてもよい。マリン殿とプルート様に、何をしました」
【シリウス】「……えー?」
【マリン】「シリウス様あ……」
【シリウス】「うーん……まー、なんというか。いろいろ?」
【ソロイ】「っ」
【シリウス】「何したかはご想像におまかせするよ。あはっ☆」
【ソロイ】「……やはり、斬る……」
【マリン】「きゃ ーー! だめだめ ー! シリウス様っ! どうしてこういう時にまでおもしろがっちゃうんですかっ!?」
【シリウス】「えー、だって久しぶりに遊べて楽しくてさ。あはは、そーれ! こっちにおいで〜!」
○剣が閃く。
【マリン】「きゃ ーー! あ、あぶなっ……!」
【シリウス】「あはは、そんな腰の入り方では、私は斬れないよ。わかっているだろ?」
【ソロイ】「くっ……」
【シリウス】「さあ、斬りたかったらお外に出よう! 広いところだったら間合いも取りやすいよ?」
【ソロイ】「……シリウス様」
【シリウス】「さあ、遊びに行こう!」
【ボビー】「レッツゴ ーー!」
【ソロイ】「……」
○剣、収めて。音楽ふっつり途切れる。
【シリウス】「……え?」
【マリン】「……ソロイさん……剣を収めた……」
【ソロイ】「……よしましょう」
【シリウス】「な、なんで? ケンカっぱやい君の事だ。ここまでやられたら、決着はつけないと気がすまないだろ?」
【マリン】「はは、そうですよ。ソロイさんらしくないですね……あはは。け、ケンカはよくないですけど……。あの、お外に出るのは良いと私は思ったり、思わなかったり……」
【ソロイ】「……確かめてからにします」
【シリウス】「え゛」
【ソロイ】「プルート様にお会いして、確かめてまいります。本当にあなたと仲良くなればいいのか、と。私は嫌ですが、あの方の命令なら致し方ない」
【シリウス】「さらっと酷いことを言うなあ」
【ソロイ】「……お退き下さい。マリン殿、シリウス殿」
【マリン】「あ、あうあう……」
【シリウス】「うーん……困った。なんか、前より我慢を覚えて、扱いにくくなってるなあ」
【ソロイ】「お退きなさい」
【マリン】「う、ううううう〜。シリウス様〜!」
【シリウス】「……うーん……いいよ、退こう」
【マリン】「えっ!」
○シリウスの立ちキャラ、端に寄せる?
【ソロイ】「……どういう風の吹き回しです」
【シリウス】「退けと言ったのは君だろう。差し違えられても痛くて嫌だし、マリン殿もいる。女性の前でいらぬ争いをするのは、私の主義に反する」
【マリン】「し、シリウス様……」
【シリウス】「それになにより……。こっちの展開の方がおもしろそうだからさあ」
【マリン】「はうっ! シリウス様 ーー!?」
【ソロイ】「おもしろそう……?」
【シリウス】「そ、私の価値基準は『おもしろい』か『おもしろくない』かの二点のみ! プルート殿には悪いけどね。さあ、どうぞお通りを騎士様」
【ソロイ】「……」
【マリン】「あわわわわ、ソロイさん! ダメ! 遊ぶのやっぱり禁止しま……きゃっ!」
【シリウス】「こらこら、邪魔しないよーに」
【マリン】「あうっ、シリウス様! 離して、離して、へんたい ー!」
【シリウス】「こらあ、首を押さえたくらいでそんなこと言わない! ささ、ソロイ殿、頑張って」
【ソロイ】「??? ……なんですか、この状況は。……要するに、黒幕はマリン殿ですか? そして、貴方は……味方?」
【シリウス】「どっちに取ってくれてもかまわないさ。ふふ、プルート殿はね。どうやら、君より仲良くなった子がいるみたい」
【シリウス】「だからかな? 私に君と仲良くなれ、なんて言ったのは。……なんてね」
【ソロイ】「……直接真偽をプルート様に確かめます。では」
○ソロイ消える。荒々しい足音。
【マリン】「あわわわ、ソロイさん本気で、おおおお、怒ってました〜?」
【シリウス】「さあねえ♪」
【マリン】「シリウス様! ケンカはしない、意地悪しない、友好的にって言ってたのに!」
【シリウス】「まあまあ、いいじゃない。……たまには余裕しゃくしゃくじゃない、彼を見るのも」
【マリン】「……うう〜、でもこれで計画が失敗しちゃったら」
【シリウス】「さあ、それは私たち以外の人たちの頑張り次第だね。さて……時間も余ったことだし……デートでも行きます?」
【マリン】「……行きません!」
○神殿廊下でぶつかる音。
【アーク】「って……たた!」
【リュート】「わっ、アーク! 大丈夫!?」
【ソロイ】「……アーク、リュート」
【アーク】「げ、ソロイ様。……し、失礼しましたっ!」
【リュート】「お、お久しぶりです。本日こちらに立ち入りを許可頂いたのは、ダリス国より親書を言付かって……」
【ソロイ】「……後で良い、そんなものは」
【リュート】「え゛」
【ソロイ】「それより、プルート様を見なかったか。……気配がどこにもない」
ふたりの少年……いや、もう青年といって良い年か。
まるで双子のように目を見合わせる。
確か、三年前に栗色の髪の方は国を出されたと思ったが。
——ふむ、戻ってきたのか。まあ、悪くない面構えになった。
黒髪の方は全然変わらんが。
——こやつは早く大人になり過ぎておって、少々哀れな気もするな。
ま、我にどう思われようと、何の影響もなかろうが。
強く、賢く、秘密については寡黙であろうとする人間は、嫌いではないが。
【アーク】「……それ言うと、俺たちシバかれるんですけど、責任って取ってもらえます?」
【リュート】「……猫帽子の怖い人が後ろで睨んでるんですけど」
【アクア】「じ ーー……」
——出た、猫娘。
こやつが三年で一番成長したな。中身はどこかへ置いておいて、と。
いや、むしろ今までが『仮の姿』だったのかもしれん。
あれは人にしてはちと、存在が不安定だった。今はしっかり、根付いているが。
【ソロイ】「アクア殿。プルート様をどこに隠しました」
【アクア】「隠してないもん」
【ソロイ】「答えなさい」
【アクア】「やだ」
【ソロイ】「出しなさい」
【アクア】「やーだ」
【ソロイ】「……わかりました。では、このふたりを人質に取ります」
【アーク】「えっ!」
【リュート】「ええっ!」
○剣が鳴る音。
【ソロイ】「……プルート様はどこですか?」
【アクア】「……アーク、リュート〜」
【アーク】「アクア、まさかと思うけど……こんなことで俺たちを見捨てないよな?」
【リュート】「アクアさん、僕たちの命とプルート様の居場所だったら、絶対こっちが重いよね!?」
【アクア】「うーんとね……ブブー、ざんねん。あなたたちの死はムダにしないわ。……さらば」
○アクア消える。
【アーク】「ああ ーー、あいっつ……! 三秒も考えなかったぞ!」
【リュート】「……アクアさんにとって、僕ってそんなに軽い存在だったんだなあ……。悲しいよ……とほほ」
【ソロイ】「くっ……! こしゃくな……!」
これはまた、おもしろい事をする。
——あの銀髪はまこと、退屈とは無縁の存在だな。
思い切りのよさでは、かの国の名将にも勝るかもしれん。
【アーク】「ソロイ様、魔法院、魔法院」
【リュート】「走れば追いつくんじゃないかと思いますよ。僕たちに言えることは……それだけです」
【ソロイ】「……わかった。……解放してやる」
【アーク】「やったー! 話がわかるぜ、ソロイ様! 司法取り引きせいりーつ!」
【リュート】「はあ……真面目に首が飛ぶかと思った」
【ソロイ】「リュート」
【リュート】「は、ははは、はい!?」
【ソロイ】「親書については事の後だ。私の部屋で承ろう。ついでに、お前の今の主の面倒も見ておけ。いいな」
○ソロイ消えて走る音。
【アーク】「お ー、はえーはえ ー」
【リュート】「……ソロイ様、なんか変わったねえ」
【アーク】「あん? そうか? 相変わらず、すっげえ無愛想だけど?」
【リュート】「いや、真面目なトコは変わらないけどさ。……キレやすくなった?」
【アーク】「……その言葉、お前にそっくり返すよ。はあ」
【リュート】「……ほほう?」
【アーク】「うう、嘘、嘘。はは、さ〜、シリウス様の面倒でも見るか〜! マリンも困ってるだろうしな! は、ははは〜!」
【リュート】「ふん、図太くなったって言ってほしいな! そうでもしないと、君と友達なんてやってられないんだからさ!」
——ふむ、そういう軽口がきけるなら、覆水は盆に返ったか。
三年は、やはり人を変えるとみえる。
○魔法院。
【アクア】「えま〜じぇんし〜、えま〜じぇんし〜! とびら、ふーいん!」
○魔法効果。
【ヨハン】「あ、アクアさん。お帰りなさ……わっ!」
○ぶつかる音。
【アクア】「はわっ、いたた……」
【ヨハン】「わ、すみません。アクアさん。ま、まさか詠唱中だとは思わなくて。反発、キツかったですか?」
【アクア】「はうあ〜……なんとか……ぶじ」
【ユニシス】「あ、おかえり。アクアー。ちゃんと、カラーテープは金色を買ってきたか〜?」
【アクア】「……からーてーぷ……あ……わすれた」
【ユニシス】「お、お前な……。何のために、このクソ忙しい時に外出させたと思ってるんだ!?」
【アクア】「あ〜、お小言はあと〜。それより、敵が近づいて……」
【ソロイ】「……その敵とは、私のことですか?」
【ユニシス】「うわっ! ソロイ様! ななな、なんで魔法院に!」
【ヨハン】「うわあ……もう早速バレたんですか……」
【ソロイ】「バレた? ……どういう意味です、ヨハン殿」
【アクア】「……先生、バカ」
【ヨハン】「あれ? まだ続行中?」
【ユニシス】「あったりまえでしょ! プルート様の指定した時間には、まだ……」
【ソロイ】「時間?」
【ユニシス】「あ」
【アクア】「ユニシスもバカ」
【ユニシス】「うわあ、ごめん!」
【ソロイ】「……何か、良くない企み事をしているようですね。……聞かせて頂きましょうか」
○魔法効果。
【ソロイ】「む……」
魔法陣……どこの国でも結界の張り方の原理は一緒か。
何者かに力を借りる。
人の器では力を内に貯めておけぬから、仕方ないことではあろうが。
——ふむ、しかしこれは結構厄介だな。
土地の力が味方している。……さて、どう出る。ソロイ?
我ならばやり方はひとつなのだがな。
【アクア】「ふふふ、プルートはあずかっている。きがいを加えられたくなかったら、おとなしくすることね!」
【ヨハン】「……アクアさん……そんな悪役なこと言って……」
【ユニシス】「おまえ、ほんっとムダなことには一生懸命だな……。なんだこの、懇切丁寧な結界は。普段もこれくらい真面目ならいいのに……」
【ソロイ】「ヨハン殿、あなたもこんな茶番につきあうのですか。院に私物を取りに戻らせることを許可したのは、こんなバカげたことをさせるためでは……」
【ヨハン】「いいい、いえいえ! 別に、このためにソロイ様にお願いしたわけじゃ。研究資料を持ち帰らせて頂けるのは、本当に感謝してます。ただ、今のコレはですね……事情がありまして……」
【ソロイ】「聞く耳持ちません。……今すぐ、パスを返して頂きましょうか」
【ヨハン】「あわわわ、ユニ、アクアさん。……正直に言っちゃ、ダメですか」
【ユニシス】「だめ!」
【アクア】「だめ!」
【ヨハン】「あ、やっぱり……すみません、そういうことなんで……。諦めて頂けません?」
○画面一瞬光る。
おやおや、あの朴訥な先生殿が、逆らっておる。
——口と手はずいぶん裏腹だな。
結界のほころび、弱い部分をわからないように直している。
——ふむ、それは手強い。ならば。
【ソロイ】「……そうですか、そういうことならば……遠慮無く」
○画面揺れて物音。
【ヨハン】「わっ!」
【ユニシス】「うわあっ! く、砕けた」
【アクア】「……うわあお」
【ソロイ】「入らせて頂きます」
——うむ、それでこそ、我であったもの。
正面突破、それが信条。それでこそ、紅の風と呼ばれた者だ。
【ソロイ】「プルート様はどこですか」
【アクア】「はう〜……葵、ごめん」
【ヨハン】「……怒られますねえ」
【ユニシス】「……もー、やだ! ソロイ様に本気でやられて、勝てるわけねーじゃん〜! 俺はもう、下りるぞ、ばか ーー!」
【ソロイ】「……葵殿?」
——葵?
○ヨハンの部屋。
【葵】「……うっ」
【ソロイ】「……葵殿。一体どういうことですか。プルート様を連れ出して、一体どんな企みを?」
【葵】「い、いや……その……こ、これには海よりもふか ーい、わけが……」
【ソロイ】「……」
【葵】「……」
【ソロイ】「……」
【葵】「……う……すまん。余計な心配をかけたのは謝る。盛り上がりすぎて、アクア殿とシリウス殿が暴走したのも私の不徳の致すところだ」
【ソロイ】「……それで? 一体何故、こんな人さらいのような真似を?」
【葵】「……それは……」
【プルート】「……それは、こういうことなんですよ。ソロイ」
○暗転とクラッカーの音。
○一枚絵 プルートと葵、クラッカーを鳴らす。
【プルート】「誕生日!」
【葵】「おめでとう!」
【ソロイ】「……は?」
【葵】「おぬし、本日が誕生日であろ? プルート殿に聞いたぞ」
【プルート】「はい、ソロイがこちらに召還された日ですよ。そういえば、祝ったことがなかったなあ、と思って……。皆さんに協力して頂いたんです」
【プルート】「お前をびっくりさせようと思って。お菓子もマリンさんに教わって、私が作ったんですよ。葵さんは、お国の料理……を」
【葵】「うむ、我ながら自信作じゃ! おはぎはやはり、いかに豆を小さく潰すかが勝負じゃな!」
【プルート】「……不思議な料理もありますけど、ソロイの好きそうなものを作ってみました。神殿や騎士院だと、仕事柄お前はよく行くでしょう?
だから、無理を言ってこちらを借りたんですよ」
【葵】「シリウス殿とアクア殿は単に偵察に出しただけのハズが……。まあ、そもそもの人選を誤ったとしか言いようがないのう……とほほ」
【プルート】「……ソロイ?」
【ソロイ】「……」
【葵】「……ん? どうした、ソロイ殿。固まって。……おーい? 私の指は何本じゃ?」
【プルート】「……ちょっと……ど、どうしたんですか。本当に? ……ソロイ! ソロイ……!?」
○画面揺れて光る。フェイスが紅丸になる。
【葵】「……な!」
【プルート】「……べにまる!」
【紅丸】「……やれやれ」
【葵】「どど、どうしておぬしがここにいる!? 消えたはずではなかったのか?」
【紅丸】「消えた、消えておったさ。もうすぐ完膚無きまで、空気に溶けるはずだった。……ソロイ自身も、そろそろ我の存在を意識しなくなってきていたしな」
【紅丸】「……おぬしたちが悪いのだぞ。妙なことをして、ソロイを追いつめるから……」
【葵】「わ、私たちか!?」
【プルート】「ど、どうしてですか? 私たちはただ、ソロイの誕生日を祝ってあげたいと思って……。良く、なかったんでしょうか……?」
【紅丸】「ふむ、それについては複雑な思いだろうな。どうして今まで、誕生日を祝わなかったか。子どもよ、お前が一番わかってるだろう」
【プルート】「……そもそもソロイはこの世界の存在ではない。今日はソロイがここに召還された日であって、本当の誕生日ではないから」
【紅丸】「そうだな。もうひとつは?」
【プルート】「……今日は私の母が死んだ日でもあるからです」
【葵】「プルート殿……」
【紅丸】「……それだけわかっておって、どうしてこんなことをする」
【プルート】「……それ……は」
【葵】「……今日だからじゃ」
【プルート】「……葵さん」
【葵】「今年、プルート殿は数えで十八才になる。アロランディアでは成人じゃ。だから、証明してみせようとしたのじゃ」
【紅丸】「……」
【葵】「……おぬしを祝えるくらい、成長したのだと。……忘れず、けれど乗り越えられるだけの……強さを」
【紅丸】「……なるほどな」
【葵】「なのに、なぜ消えるのだ。……どうして」
【紅丸】「ふむ……確かにおぬしはもはや、子どもではないようだ。……ソロイがおらずとも、やっていけるな」
【プルート】「……!」
【紅丸】「……独り立ちする、ということはそういうことだ」
【葵】「紅丸、おぬし……まさか!」
【紅丸】「勘違いするな、葵。……我はもう、肉の体を得ようとは思っておらん。あれは、それなりに力を要するのでな。それにようやっと手に入れた、傍観者の地位を捨てる気はさらさらない」
【葵】「では……なぜ、お前がここにいる」
【紅丸】「照れとるだけだ」
【プルート】「へ……?」
【葵】「は……?」
【紅丸】「こういうこと態は想像しておらんかっただけだ。ただでさえ、人の好意に慣れておらんでな。だから忘れかけた我まで引っ張り出して、後始末を押しつけた。それだけのことよ」
【葵】「……なんじゃ、それは」
【プルート】「要するに……びっくりして逃げちゃったってことですか?」
【紅丸】「有り体にいえばそうだな」
【葵】「……ぷっ、あっははは! それは傑作だ!」
【プルート】「はあ……ソロイって……なんか……子どもですね。知らなかったな……」
【紅丸】「ま、『ソロイ』になってまだ、十年そこらだ。むしろ、おぬしらより人生経験は少ない。我の下敷きがあろうともな。……図体がでかい分、教育を行き届かせるのは難しかろうが……つきあってやれ」
【紅丸】「……おぬしたちは、この男を選んだのだから」
【葵】「……紅丸」
【プルート】「……」
【紅丸】「……あほう、情けない顔をするな。……『これ』もまた、我だ。それで十分ではないか」
【紅丸】「あれだけの罪科を犯した魔の末路としては、ずいぶん贅沢な終わりだと思わぬか、のう七姫」
【葵】「……そう、じゃな。そうかもしれぬ。うん」
【紅丸】「……では、そろそろソロイが起きる。さて、一度具現化されてしまったから、また最初から『消える』努力をせねばならん。よいか、くれぐれもソロイを追いつめるなよ」
【紅丸】「……美しい別れを汚したくないのでな。……では」
【プルート】「あっ……」
【葵】「……」
○フェイス、ソロイになる。
【ソロイ】「……はっ……私は……一体、何を?」
【葵】「……」
○殴る音。
【ソロイ】「痛っ……な、何をするのです。葵殿」
○殴る音。
【ソロイ】「プルート様まで!? な、なんですか? 一体私はどんな失礼を……!?」
【葵】「……まったく、本当におぬしは昔も今も、どーしよーもないあほうじゃ!」
【プルート】「……はあ、こんな子どもな人を十年も頼ってしまったなんて……。不覚です」
【ソロイ】「……は、はあ?」
【葵】「ま、とりあえず。……ドタバタしても、メンツは揃ったわけで。ならば」
【プルート】「そうですね」
○一枚絵 クラッカーを鳴らすふたり。(SEつき)
【葵】「……飲んで食って、騒ぐとするか!」
【プルート】「はい!」
【ソロイ】「……あの……さっき、誕生日がどうとか……」
【葵】「しらん、もう!」
【ソロイ】「……」
○暗転。
——やれやれ。
——あのちびすけの七姫が、ずいぶん強気な女に育ったものだ。
子ども子どもと思っていれば、あっという間に違うものになるのだな。
人はまったく、不可思議な生き物だ。
○青空。
遠く遠く、広がる空の果てを見つめる。
早くあそこに登っていかねばならぬ。
そして輪廻の輪に入り、我は人と同じ夢を見るだろうから。
本来ならば、許されるはずのない望み。
——けれど、我は許されて、世界に溶ける。
それはかつての疑問に対しての、明確な答え。
(のう、やはりあそこは我らの楽園だったのだな)
——あれが結末。交じらず、己だけで生きようとした者への罰。
ひとりでは何もできぬのに。
けれど、もしまたあそこにたどり着けたならば、我はまた同じことをするだろう。
(間違い、罪を犯して、後悔し、迷い、救いを求め……)
また、あの手に触れる。