○暗転。
遠く遠く、遙か遠く。故郷から離れ、失い、彼女はここへやって来た。
愛する場所はどうしてなくなったの?
そう聞くと、彼女は微笑みながら言った。
【金色の少女】「その前に、あの星がどんなに美しかったかを話していい?」
○一枚絵 金色の少女
彼女は語る。青い空と、海のこと。緑の大地。人の声、営み。
回る輪廻。繰り返す歴史。何かのために死んだ人。
命の輝き。人が照らす夜の闇。音楽。……魂のうた。
それは彼女のたからもの。
その美しい物語を、わたしは羨ましいと思った。
――その先に待つ未来が、わかっていても。
彼女は愛する場所を失った。
だからここにいる。
わたしたちの星へ。
○暗転。
【プルート】「アクアさーん」
【アクア】「むにゃむにゃ……」
○プルートの部屋
【プルート】「アクアさんってば〜! 起きて下さい。来客ですよ」
【ソロイ】「……ずいぶん気合いの入った居眠りですね。……やれやれ、仕事に集中するとおっしゃるので、席をはずしてみれば……」
【プルート】「やれやれ……どうしようか。あのひとを待たせると色々と面倒だ」
【ソロイ】「……そうですね。……起こすしかないのですが。さて」
【プルート】「……お前が起こしなさい」
【ソロイ】「……ご遠慮します」
【プルート】「じゃあ、命令です。起こしなさい」
【ソロイ】「お聞きする義理はありません。今のあなたは星読みではないので」
【プルート】「なっ、ソロイ……! ……じゃ、じゃあ。お願いです。同僚として頼みます。彼女を起こしてください」
【ソロイ】「……嫌です」
【プルート】「なっ!」
【ソロイ】「……なにせ、後が怖いので。……プルート様、よろしくお願い致します」
【プルート】「お前は〜……」
【ソロイ】「お願いします」
【プルート】「……わかりましたよ、私が起こせばいいんでしょう、起こせば!」
【ソロイ】「頼もしい同僚で、嬉しい限りですね」
【プルート】「……都合のいい時だけ褒めるのはよしなさい! もう! ……あ〜、……アクアさん」
【アクア】「むにゃむにゃ」
【プルート】「あーくーあーーさーーん!」
【アクア】「むにゃむにゃ……」
【プルート】「……起きて、下さいいい!」
○机を叩く音。画面揺れる。
【アクア】「……ぐー」
【プルート】「……だめです。起きません。やっぱり……うう……」
【ソロイ】「……アクア殿は一度寝ると、頑なに寝ますからね……。さて、どうしたものか……」
○ドアが開く音とファンファーレ
【シリウス】「レディース、アンド、ジェントルメーン! ……は、いらないけど、ご機嫌いかが? 私のヒメー!」
【ボビー】「ヒサシブリー!」
○暗転し、画面裏でシリウスが撲殺されているような音。
○復帰。
【シリウス】「いたたたたたたた! 痛いですよ、アクア殿!」
【アクア】「……シリウス、うるさい。
【プルート】「あ、起きた……」
【ソロイ】「……なるほど、こうすればすぐに起きて頂けるのですね。……さすがシリウス様というべきか」
【プルート】「でも、誰も真似できないよ、ソロイ」
【シリウス】「なっ、酷いなあ、三人とも。久しぶりに会えたというのに、その仕打ち! らしいと言えばらしいですが」
【アクア】「……あれ、当たった。……幻じゃないの? ……じゃあ、もっと別ものぶつければよかった……。ちっ」
【シリウス】「な、なんですってーーー!」
【ボビー】「ギニャー!」
【リュート】「……ほんと、変わらないね。アクアさん……あはは……」
【アクア】「……え」
【アーク】「外見は結構変わったんだけどなあ。どこでもこの調子だから、護衛はまいっちまうよ」
【葵】「そうさのう。もう少し大人しゅうしてくれれば、面倒も少し減るのだが」
【マリン】「あはは、しょうがないですよ。アクアさんですもんね」
【アクア】「……リュートまで。……なんでいるの? ……観光?」
【アーク】「そんなわけあるかいっ!」
【マリン】「アクアさん……三年ぶりなんですから、もっとこう、感動っぽい何かとか……」
【プルート】「そうですよ。入国させるのに結構骨が折れたんですから。こう、もっと驚きとか、ドッキリとか、すごーいとか……」
【アクア】「どっきり、すごーい、びっくりした?」
【プルート】「……いいです、もう。うう……」
【シリウス】「そうそう、大変だったよ〜。あーしたり、こーしたり、そーしたり!」
【リュート】「コホン、あー主にあーしたり、こーしたり、そーしたのは僕ですけどね」
【シリウス】「あ、バラすんじゃないよ。部下は上司を立てるものなんだよ。ブーブー!」
【ボビー】「ブーブー!」
【ソロイ】「まあ、シリウス様は結局のところ付録として入って頂いているのですがね。リュートは一応まだ、国籍がアロランディアにありますので。……書面上はシリウス様の方が部下ということになってます」
【シリウス】「ええーーー! うそーーー!」
【リュート】「……すみません、シリウス様。それしか手がなくて」
【シリウス】「ききき、君ーー! 酷いぞそれは! まったく、三年の間にずいぶん反抗心旺盛になったというか、なんというか、ぶつぶつ」
【葵】「ははは、シリウス殿で遊べるとは。やるようになったのう」
【リュート】「伊達に三年付き人やってませんから」
【アーク】「まあ、だいぶこき使ったらしいから、そういう復讐されても仕方ないんじゃねーの? こいつの性格からして」
【リュート】「……そうだねえ」
【アーク】「……やべ、今の地雷?」
【マリン】「わわわ、すとーっぷ! そこまで! せっかく仲直りしたのに、またケンカするなんて! 進歩がないって言いますよ? 言っちゃいますよ? いーんですか!?」
【アーク】「う……」
○耳うち部分、フォントを小さくしたり、色が変わったりすると嬉しいです。
【リュート】「……わ、わかってます。ごめんなさい。(耳打ち)……なんか、マリンさんは変わってない?」
【アーク】「(耳打ち答えて)なんか最近開き直り早えーんだよ、あいつ。昔を期待すると時々カウンター食らうぞ」
【アクア】「ふむ……でも、まあ……いらっしゃい。歓迎するわ。お腹もすいたし、ご飯も食べたいの。みんなで食べましょ」
【マリン】「はーい♪ 今、ご用意しますねっ!」
○マリン退出。
【シリウス】「ややや、マリン殿の手料理が食べられるとは! 思いかげず嬉しいですねえ」
【葵】「そうだな。人数もおるし。ふふ、私も腹が減った」
【アクア】「でも……そう……帰ってきたのね。良かったわ」
【リュート】「……いずれは帰ってくるつもりだったけどね。今年は見たいものができたから、丁度良いかなって」
【アクア】「みたいもの?」
【リュート】「降誕祭のツリー。あれ、綺麗でしょ。子どもの頃大好きで、とても見たくなったんだよ。だから、シリウス様にお暇をお願いしたんだ。……くっついていらしたけど」
【シリウス】「だから、そういうオマケ扱いはやめたまえー!」
【ボビー】「ムキーー!」
【葵】「事実、オマケなのだから仕方なかろう。元々おぬしは部外者じゃ」
【シリウス】「あっ、酷いです、葵殿までそんなこと。……騎士になって国籍もらったからって……昔はそんな差別をするヒトじゃ……。うう、いじめです〜」
【葵】「これ、誤解するな。おぬしを歓迎せぬとは言っておるまい。ただおぬしに王子然と振る舞われても護衛に困る。それをわきまえて欲しいとお願いしておるだけじゃ」
【ソロイ】「……満点の回答ですね、葵殿」
【葵】「ふん、もう何年この地の水を飲んでいると思っておる」
【アクア】「……騎士院が今年のツリーの当番ね。だから?」
【リュート】「……どう受け取ってくれても構わないよ。きっとどれも、本当だから」
【アクア】「そう。……そうよね。過程なんてどうでもいいわね。今は。あなたがここに戻ってきたこと。……ここにいることが、素敵なことだもの」
【リュート】「……アクアさん」
【アクア】「……おかえりなさい。リュート。……ボビー」
【シリウス】「こらあ!」
【アクア】「あ、ごめん。忘れてた。シリウスもおかえりー」
【シリウス】「なんか、すっごくなげやりなのは気のせいじゃないですよねっ!? ねっ、ねっ?」
【プルート】「……私に聞かれましても……」
【マリン】「お待たせしました〜。ご飯ですよ〜」
【ユニシス】「すげー、量。良く作ったな、お前」
【ヨハン】「おいしそうですねえ〜」
【アクア】「……!」
【リュート】「あ、先生。お久しぶりです」
【ヨハン】「おやまあ、リュートさん。あなたも帰ってきていたんですか。考えてみればそうですよね。シリウス様の部下なんですから」
【アクア】「……先生、ユニシス」
【ユニシス】「うわっ、お前、なんでそんなでかくなってんの!?」
【マリン】「ユニシスさんも背が伸びましたね〜」
【プルート】「……がーん……私より高い……」
【ユニシス】「へへ、そう? やっぱ牛乳飲んでたからかな〜。住み込みしてたところが農場でさ。あれだったらおいしくて嫌いじゃなくなるよ。星読み様もやってみる?」
【プルート】「えっ、い、いえっ! け、結構です」
【ソロイ】「……飲めるようになって頂けると、助かるのですけどね」
【プルート】「そんなものはなくても生きてはいけます!」
【ヨハン】「そうですよねえ。嫌いなものを我慢して食べるなんて、よくないですよねえ」
【マリン】「先生、まだ好き嫌いあるんですか?」
【シリウス】「らしいよ。ブロッコリーだめ、セロリだめ、牛乳だめ、にんじんだめ、大豆だめ、えーとそれから……」
【リュート】「わわわ、もうそれくらいで! ……手紙のネタギレの時の話なんて忘れて下さいよ……」
【シリウス】「ふふん、一生覚えているから、覚悟なさい」
【ヨハン】「うっ……」
【ユニシス】「馬鹿だなあ、先生。こいつに弱みなんて書いたら、一生ネタにされるに決まってるのに」
【リュート】「そうですよ、先生。シリウス様程わかりやすい嫌がらせを実行する人はいないのに。ほら、先生用のお皿に今、変なもの入れた」
【ヨハン】「えっ!?」
【シリウス】「入れてないですよ?」
【アーク】「……あんた、ほんと子どもだな。からし突っ込むなんて……」
【ソロイ】「……はあ……シリウス様……あなたという人は……」
【シリウス】「……む〜、ちょっとしたジョークなのに……。嫌だなあ、本気にして。もう。ね〜、アクア殿? これくらい誰だってやるよねえ?」
【アクア】「……」
【シリウス】「って……あれ? あ、アクア殿……?」
○一枚絵 アクア、うずくまって顔を埋めている。
【ユニシス】「ちょっ……ど、どうしたんだよ。アクア」
【アーク】「おい、まさか泣いてんのか? どうしたんだよ。らしくねーな」
【マリン】「シリウス様〜!」
【葵】「おぬしが馬鹿らしい嫌がらせをヨハン殿にするから! アクア殿にとっては大事な師匠であろうが!」
【シリウス】「ちょ、ちょっとしたジョークだよ、ジョーク。本気でやるわけないじゃないか。アクア殿、そ、そのごめんね?」
【プルート】「アクアさん、すみません。びっくりさせちゃいました? あの、二段構えのドッキリで」
【プルート】「アクアさんの鉄の心臓は、一回くらいのドッキリじゃどうにもならないだろうと思って……」
【ソロイ】「……確かに言いました。私が。……こういう反応は予想外でしたので」
【ヨハン】「いや、でもドッキリで驚かせようとしたのは私だし。その、ごめんなさい。アクアさん」
【ユニシス】「泣くなよ〜、悪かったって。ちょっと悪のりしすぎたよ。星読み様と楽しそうだなって盛り上がっちゃってさ」
【ヨハン】「……ど、どう……どうし……」
【リュート】「せ、先生。しっかりして下さい。ここはびしっと、師匠でしょ!」
【ヨハン】「ああ、えっと、そうですね。そうですよね……あの。アクアさん、黙っていて、ごめんなさい」
【ヨハン】「いずれお手紙などで居所くらいは知らせたいと思っていたんですよ。ふらりといなくなりましたのでね。でも、その。知ってると思いますが、私はずぼらじゃないですか」
【ヨハン】「……いつのまにか書いておいた住所の覚え書きがなくなり、忙しさにかまけて、いつの間にか日が経ってですね……」
【アーク】「先生……あんたってほんと……なんでもない。何言っても悪口しか出てこねー感じだ」
【アクア】「……いいの」
【リュート】「アクアさん」
【アクア】「それが先生だもん。わかってる。……わかってるよ……ただ、ちょっとだけ……びっくりしただけ。みんながいるのが、驚いただけなの……」
【ユニシス】「アクア……」
○顔を上げるアクア。
【アクア】「……ふふ、なんちゃって。泣いてると思った?」
【ヨハン】「……!」
【ユニシス】「……!!」
【リュート】「あ……嘘泣き……」
【アーク】「……お前……」
【マリン】「アクアさん……」
【プルート】「あ……」
【ソロイ】「……」
【葵】「おぬしという奴は〜!」
【シリウス】「……やっぱりアクア殿はアクア殿だ。……やれやれ」
【リュート】「はあ〜……もう、十年くらい寿命が縮みましたよ……」
【ユニシス】「俺も……なんだよ、もう! お前ってほんと、セーカク悪い! ずっと、思ってたけど、今日こそ言うぞ! 人に迷惑かける冗談はやめろ!」
【葵】「うむ、そのとーり」
【アーク】「言っても無駄だと思うが言ってやってくれ。少しでも反省してくれると、俺たち騎士院が助かる」
【リュート】「あはは、これは確かに大変そ。ご愁傷様」
【葵】「人ごとのように言うでないわ、リュート。戻ってくるなら、同じ仕事じゃぞ」
【マリン】「え、じゃあシリウス様のところ、辞めるんですか?」
【シリウス】「部下に聞かないで頂けます? ふん。いじいじ」
【マリン】「あ、いじけてる……」
○本の落ちる音。
【アクア】「……あ」
【リュート】「ん、机の上から何か落ちましたよ。アクアさん」
【ユニシス】「拾ってやるよ。まったく、お前もあんまり整理整頓、得意じゃねーよな」
【アクア】「あ、……だめ。待って、待って。……めっ!」
【ユニシス】「をっ?」
【アクア】「……これは秘密のノートだから、ダメ」
【ユニシス】「秘密のノートお?」
【マリン】「ええーー、そんなの書いてるんですか? え、日記? どんなこと書いてるんですか〜?」
【アーク】「うお、すげー見たい! お前、どんな文章書いてんの? 恋愛小説だったら笑うぜ? あはは」
【リュート】「アーク、そんなこと言って……アクアさんだってもう子どもじゃないんだし。書いてたっていいじゃない」
【プルート】「あ、もしかしてさっき居眠りしながら開いてたのって……」
【ソロイ】「不覚でしたね。見ておくべきでした」
【シリウス】「わ〜、アクア殿! きっと君が書くなら名作だよね!さあ、お兄さんに見せてごら〜ん☆」
○暗転とシリウスを凹る音。
【シリウス】「……ぐあっ」
【アクア】「……おことわり」
【リュート】「わ、シリウス様! 大丈夫ですか?」
【アーク】「おお、すげえカウンター」
【アクア】「だめよ、これは乙女の秘密なんだから」
【ユニシス】「乙女〜?」
【アクア】「……消されたい?」
【ユニシス】「わっ、なんだよその手つき! や、やるのか、この〜!」
【リュート】「こらこら、こんな場所で魔法なんて使わない! そういう短気なところは成長してないんですか? それに、ユニ。人の秘密を覗き見ることは、良くないことですよ。わかってますよね?」
【ユニシス】「……う。はい」
【ヨハン】「……いいじゃありませんか、秘密があったって。ね。……女性は特に」
【アクア】「……ふふ、そういうこと」
【マリン】「へ〜、そういうものなんですか〜」
【葵】「勉強になるのう」
【アクア】「……だって、わたしはましょーのおんなだもの。今もね。それより……」
○お腹が鳴る音。
【アクア】「おなかすいた〜」
【ユニシス】「……お前な……」
【マリン】「あはは、いいじゃありませんか。アクアさんらしいし」
【アーク】「そーだな、俺も腹減った。朝からなんも食ってねーしー」
【リュート】「そうだね、僕も」
【プルート】「それじゃあ、お皿を回しましょう。ソロイ、配って下さい。ちゃんと間違いのないようにね」
【ソロイ】「はい、プルート様」
【ヨハン】「シリウス様。こちら、どうぞ」
【シリウス】「ああ、ありが……って、これはさっき私がからしを塗った奴じゃないか!」
【ヨハン】「あ……ばれました?」
○フェードアウトしてアロランディア遠景。
そうして、みんなでご飯を食べる。
ゆっくりとした、楽しい時間。
きっといつかは終わるけど。
でも、私はきっとこの日を忘れない。
どんなことも忘れないようにしたい。
だから、このノートに書いておく。わたしはすぐに忘れるから。
――忘れてしまうだろうから。
彼女ほど、私は覚えがよくないから。
頑張るの。そして。
○一枚絵 金色の少女。
【金色の少女】「ねえ、今度は、あなたのお話を聞かせて? もっとあなたのお話を聞きたいわ」
【銀色の少女】「え?」
【金色の少女】「どうしたの?」
【金色の少女】「……ひとつしか」
【銀色の少女】「え?」
【金色の少女】「ひとつしかないけれど、それでもいい?」
【銀色の少女】「もちろんよ」
○暗転。
――話してあげたいわ。
私はあのとき、ひとつしか、語るお話はなかった。
けれど、今は違うよ。
あなたがいたら、話してあげられる。
美しい、たくさんの、わたしの大好きなモノの物語を。
――そして、いつか世界があなたの星と同じ結末を迎えたら……。
旅の先、その果てで……きっとこう言うの。
【アクア】「その前に、あの星がどんなに美しかったかを話していい?」
わたしの大好きな人のこと。
わたしの大好きな世界。
優しさも痛みも、ずるさも後悔も、理解も愛も。
私は覚えていたいから。
――わたしはノートに書きためる。
世界に溶けてなくなる日まで、どんなにわたしがあなたを好きでいたかって。
【アクア】「それでもね。最初の物語のタイトルはひとつなのよ」
○一枚絵 ノートに「ブルー」と書かれている。
(ねえ、ブルー。だからきっといつか、会えるわよね。わたしと彼女がここにいるなら)
物語がまだ、ここにあるなら。
○フェードアウトして暗転。