「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

ばなな

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

アロランディアに来て、もうずいぶん経った。
——実際は一月程度だから、ずいぶんという言葉は似つかわしくないのかもしれないが。
けれど、あえて私はこの言葉を使いたい。
——私はここに来てずいぶん経った。
だからもうたいていの事には驚かないし、恐れもしない。
——そうなのだと言ったら、そうなのだ。

【葵】「だが……どうする私……! この衝撃の食い物に——どう立ち向かう……?」

○お腹が鳴る音。
○一枚絵 騎士院の朝食風景。

【葵】「おはよー、葵さん。今日も良い天気だね〜」
【アーク】「ふああ〜、はよーーっす……。ねみー……」
【葵】「おお、アークにリュート。起きてきたのか。おはよう」
【アーク】「ん〜、俺はもうちょっと寝てたいんだけどさ〜……」
【リュート】「どうせ食いっぱぐれたら、後で僕に文句垂れるんだから、叩き起こして食べさせちゃおうと思って。まったく、夜遊びもいい加減にしなよね」
【葵】「そういえばおぬし、昨日の門限、間に合わなかったのではなかったか?」
【アーク】「ああ、リュートに裏口開けてもらった。ふああ……。もー、だめ。寝る……ぐー」

○殴る音。

【アーク】「だっ!」
【リュート】「その前に朝食セットAかBか決めて」
【葵】「まったく、しょうのない……。遊びもほどほどにせいよ」
【アーク】「へいへい……今日、何がメニュー違うんだー?」
【リュート】「えーと、目玉焼きかスクランブルか選べて、Aはスープがコンソメ、Bはトマトだね。葵さんはどっちにしたの?」
【葵】「Aじゃ。しかも特別版らしいぞ」
【リュート】「……とくべつばん?」
【メイド】「お待たせ〜。葵さん、はい、Aセット特別版」

○目の前にバナナが置かれる。

【葵】「うむ、ご苦労! 頂きま……」
【アーク】「ちょーーーっと待ったあ!」
【葵】「わっ! な、なんじゃ、いきなり大声を出して。周りに迷惑であろう! それに、それは私の朝飯だ。返せ!」
【アーク】「別にいいぜ、いつでも返す。だが、それはこっちの質問に答えてからだ!」
【リュート】「……葵さん……なんで、バナナだけなの……?」
【葵】「ん? なぜって、えーせっとはこれであろうが?」
【アーク】「はあ?」
【騎士A】「くくくっ……」
【メイド】「くすくす……」
【リュート】「……あ、わかった。謎がとけた。……もー、ほんと……いい加減に新入りイジメなんて、やめればいいのに」
【葵】「ん? どういう意味じゃ?」
【アーク】「……ったく、お前は鈍いのか、馬鹿なのか。おめでたいっつーか」
【リュート】「ほんとね。……葵さん、これ朝食に見える?」
【葵】「……見えぬが、私はこちらの食べ物はよくわからぬのでな。たまたま頼んだものがそれだったのではないか?」
【アーク】「……あー、そうだった。お前、言葉はなんでかわかるのに、単語の意味はからっきしだったっけ」
【リュート】「……しょうがないなあ。三人分、僕がもらってくるよ。今度は変な細工されないようにね。……それじゃ、これは返品ってことで」
【葵】「あ、待て! 細工ということは、それは食べられぬ物だったのか?」
【アーク】「食べられることは食べられるけどさ。バナナだから」
【葵】「だったら、それで良い!」
【アーク】「え゛っ」
【リュート】「え゛……?」
【葵】「どっちにしろ、私はこっちの食べ物の善し悪しなどはわからぬのだ。食べられるものなら別に何でも構わぬ。嫌がらせをされたとしても、それを作ってくれた者の真心は大事にすべきであろう?」
【リュート】「ちょ、ちょっと待って、葵さん。ま、真心はないから。これ、料理するものじゃないから。生だから」
【葵】「……そうなのか?」
【アーク】「そうだよ! そもそも、バナナなんざデザートとかおやつに食うもんで……。丸ごと一房なんて食わないの!」
【葵】「……そうなのか……す、すまん。私はまだこちらの常識にうといのでな……」
【リュート】「アーク、そんな真っ正面から怒らないの! 女の人に可哀想でしょう」
【アーク】「だってよ、こんな馬鹿くせー嫌がらせ、マトモに受ける気なんだぞ!?」
【リュート】「……葵さんはあんまり、嫌がらせって思ってないみたいだけど」
【葵】「ん?」
【アーク】「……そうだな。ああ、そうだった……バタリ」
【葵】「ど、どうした。何か具合でも悪くなったか。やはり夜遊びはよくないぞ。気の循環を乱れさせる」
【アーク】「乱してんのは夜遊びのせいじゃなく、他の何かのせいなんだけどな! ……もういいや。リュート、それこっちに置いて」
【リュート】「え? 食べるの?」
【アーク】「こうなりゃ、逆嫌がらせだ。全部食うぞ。お前もつきあえ」
【リュート】「え゛〜……本気?」
【アーク】「え゛ーーとか言うな!」
【葵】「これ、私の朝メシを横取る気か?」
【アーク】「ああ、そうですよ、横取る気ですよ? そうそう、教えておいてやる。バナナっていうのは、なにげにすごい食い物なんだぞ?」
【葵】「ほう?」
【アーク】「これは歴史の授業でそのうち学ぶと思うが……。そもそもバナナを開発した経緯と言うのはだな、274年のテラルナの変で、トラウス共和国が絶対的な敗北を喫した際に〜……」
【リュート】「……ア〜ク。そんな、明らかに騙されない事言って……」
【葵】「ほう! この食べ物にはそんな物語があるのか! ここで暮らしてゆくならば、その土地の縁の事は知っておきたい。退魔の基本であるからな」
【リュート】「……だ、騙されてる……」
【アーク】「……よーし、そんじゃ先生が色々役に立つ事を教えてやろう! バナナの次はトマトについてだ!」
【葵】「うむ! 楽しみじゃの。アーク、おぬしもたまにはいいことをしてくれるのだな!」
【アーク】「そうかあ? あはは、ま、当然だな!」
【葵】「ふふふ」
【アーク】「あははは」
【葵】「ふふふふ」
【アーク】「あははははは!」
【リュート】「……もうイヤになってきた、この生活……」

○暗転。

——そんなわけで、私はずいぶん食べ物について、見識を増やした。
元より好き嫌いのない私である。
多少の好悪はあれど、過不足無く食べさせてもらえる現状はありがたい事だ。
——が。

○一枚絵 騎士院の朝食風景。衝撃の食い物=アクアの手料理。

【アクア】「……はじめてつくったの……」
【マリン】「……三回くらいは……やり直してみたんですが……」
【アーク】「……誰だ、葵が風邪だってこいつにバラしたの」
【リュート】「……僕です。ごめんなさい」
【葵】「げほ、けほっ……そ、その、アクア殿。お、お見舞いに来てくれたのは大変感謝する。が、その、ありがたい事に騎士院には医療環境は整っていてだな……」
【アクア】「バナナばっかりじゃ、体をこわすわ……。だめよ、ちゃんとごはんを食べないと」
【葵】「いや、それはだな。単に私がバナナが好物で、栄養的にもよいということだし、なにより病床で食べやすい利点もありで、だな……」
【アクア】「じ〜……」
【葵】「う……」
【マリン】「……あ、アクアさん。葵さん、もうほとんど良くなったんだって、先生言ってましたよ?」
【リュート】「そ、そうそう! 一日休めばいいぐらいの、軽い風邪だって。ほら、最近根つめて勉強してたから、ちょっと倒れただけで……ねっ、アーク?」
【アーク】「おっ、俺にふるなよ。そ、そうだなあ〜。ちょっと頑張りすぎてたかもなあ〜……?」
【アクア】「……だまされているわよ、葵。だってバナナは戦闘食じゃないもの。こんなひとたちの言葉を信じたらいけないわ……」
【マリン】「は、はい? 戦闘食?」
【アーク】「げっ……いつの話を……!」
【葵】「なにっ? どういうことだ、それは?」
【アーク】「〜〜♪」
【リュート】「あ、あはは……あ、あの……じょ、冗談の話だよ。た、たいしたことないっていうか、若き日の過ちっていうか……」
【アクア】「……悪。びし」
【アーク】「わっ、人を指さすなっ!」
【葵】「こ、この……アークにリュート……おぬしら、何か隠して……げほごほ、がはっ!」
【マリン】「わっ、葵さん! 大丈夫ですか? 背中、さすりますね」
【葵】「う、うむ……すまぬ……」
【アクア】「そういう時には……はい、愛の手料理……」
【アーク】「お前は人体実験しに来ただけだろーが! 魔法院に帰れーー!」
【アクア】「……まあ、しんがい。おとこのしっとって……みにくいわ」
【アーク】「なにーーー!」
【リュート】「ああ、どうとどう! ケンカはやめなさい! ……もうやだ、こんな生活……。とほほ……」

○暗転。

——そんなわけで、アロランディアに来てから、もうずいぶん経った。
たかが一ヶ月程度といえど、ずいぶん私も慣れたと思う。
それでも私という核は変わらぬが。
(……はよう、大人になりたいものだ)
安易に騙される事などないように。
けれど。
(ばななは実際使えるのう。……なんとか国に持って帰れぬものか……)
いつか離れるこの国を、いつも忘れることのないように。
ばななはお茶請けにピッタリであるゆえに。

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