単行本2冊出ました!Blog

rain

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○路地裏。雨が降っている。

【プルート】「あ〜……降られました」

地面を雨粒が濡らし始めて、すでに十数分が経過している。
不意の通り雨というわけではない。
実際、周りの人たちは皆、傘をしっかり握りしめている。
もっと酷くならないうちにと、足早に水たまりの上を走っていく。
——故に、私のこの現状はただの準備不足と言えるだろう。
——ぼーーっとしていた報い。
むしゃくしゃして出てきたから、天気のことなど考えてもいなかった。
以前ならばこんな失態は、絶対にありえない。
綿密に計画を立て、一片の証拠も出ないように、念には念をいれて行動してきた。
けれど、最近の自分はどうだろう。
——冷静さがあまりにも足りない。ありていにいえば、馬鹿になっている。
(……こんなんじゃ、ほんと、どうしようもない)
理由はもうわかってる。神殿にいることが耐えられない。
——まわりを見渡したくない。
現実と理想とのギャップに絶望したくない。
(……わかればわかるほど、気持ちが沈んでしまうな)
頭を降って雫を落とす。狭い軒下に駆け寄って、空を見上げた。
曇天は厚くすべてを覆って、光は見えない。
まるで心を映すよう。
(……中途半端)
それが今の自分を表す言葉。
ため息をついた。……ため息しか出なかった。
どうしてソロイのように、シリウス殿のように、ヨハンのように、確固たる『わたし』が持てないんだろう。
揺るぎないなにか。
——本来、それは『予言』であるべきなのだろうけど、無い物ねだりをしても仕方ない。
仕方ないんだけど……。
思わず溜め息が漏れる。
こんな激しい雨にすらも、洗い流されてくれない心のモヤモヤ。
なんて頑固なんだろう。
——そのへんが、私らしさってことなのか? ……ますます落ち込むな。ふう。

【マリン】「あれ〜? プルートさ……とと、プルさんじゃないですか」
【プルート】「え?」
【アクア】「……傘、ないの? びしょぬれじゃない」
【葵】「こんな天気の悪い日に、傘なしで出るとは。不用心じゃのう」

思いもしない三人が目の前に現れた。
お忍びである私の『プル』としての姿を知る、個性豊かな星の娘候補たち。
傘も差さずに突っ立っている私を、それぞれ不審そうにおっかなびっくり見ている。

【プルート】「あ……みなさん! こ、こんにちは」
【マリン】「こんにちは〜。またお忍びですか?」
【プルート】「あ、あはは……ま、まあ。そんな感じです」
【アクア】「あんまり出過ぎると、ソロイにばれるわよ……?」
【葵】「そうさのう。最近よく、プル殿には会う故。気をつけねばならぬぞ?」
【プルート】「は、はい。わかってます。ご心配おかけして、すみま……っは、はっくょん!」
【マリン】「……わ!」
【プルート】「っと……ご、ごめんなさい!」
【葵】「とと、大丈夫か、プルート殿」
【アクア】「びしょびしょだから……風邪ひいたのね……」
【プルート】「い、いえ……そんなことは。ちょ、ちょっと体が冷えただけで……っくしょん!」
【マリン】「ひゃあっ!」
【アクア】「……あらら……言わんこっちゃないわ」
【葵】「プル殿、今は風邪ではないかもしれぬが、前触れにはなっておる。聡いおぬしならわかるであろう。すぐに戻って、暖まるがよい」
【プルート】「……は、はあ……すみません。その、でもまだ、神殿には戻れないので……」
【マリン】「へ? なんでですか?」
【アクア】「……ないしょで来てるんだもの。水の跡と泥はしょうこを残すわ……」
【葵】「なるほど。あのソロイ殿の事だ、見逃すまいな」
【プルート】「……はい、そういうわけで、もう少しここで雨宿りしようと思います。お気になさらず。道一本で大通りですから、危険もありません」
【マリン】「ええ〜……でも〜」
【プルート】「午後の授業があるのでしょう? 怒られますよ? ふふ」
【葵】「うーん……」
【アクア】「む〜……」
【マリン】「……うにゅ〜……」
【プルート】「あ、あの……みなさん……?」

いきなり顔を顰めて、三人は黙り込む。
——何を考えているのだろう?
私は、女の子には本当に縁がないから……こんな状況は困る。
なんだか悪口を言われているような被害妄想。
——ああ、ダメだ。
(さっさと逃げたくなってる)
男でしょう、これでも、ふう。

【マリン】「よし!」
【葵】「決まりだ」
【アクア】「さぼる」
【プルート】「えっ……えーーー!」
【マリン】「こんなに寒いのに、外で乾くわけないじゃないですか。もうお昼ですし」
【アクア】「そうね……しっけを吸って、夜になるのがオチだわ……」
【葵】「ささ、プル殿。立て。まずは服をどうにかせねばな」
【プルート】「……そ、そんな! い、いいですよ! 私が勝手に濡れて、不用心だから、傘も持たずに出てきてしまって……。自業自得なんですから……」
【マリン】「あはは、私もよくやりますよー。まあ、今日は天気が最初から悪かったから、持ってきましたけど」
【アクア】「……わたし、傘持つのキライだから……ひとのをアテにしてる。いつも。ふふん」
【葵】「アクア殿はもう少し、自分でなんとかする方がよいぞ? まあ、小さいゆえ、収まってしまうが。大人になったら困る」
【マリン】「じゃあ、プルさんは私の傘に入って下さいね。それじゃ、しゅっぱーつ!」
【アクア】「ごーごーー!」
【プルート】「マリンさん? い、一体どこへ……! 神殿は無理ですし、魔法院にも騎士院にも、私の顔を知っている者はおります! それは、かなりまずいのですけど……」
【葵】「ふむ、それについては問題ない。その三つのどれも、行かぬのでな」
【プルート】「は、はい?」
【マリン】「大丈夫です、すぐにつきますよ。なんてったって、女の子だけの秘密基地ですから!」
【プルート】「……は?」

○暗転。

【プルート】「え……あ、その……えーーー!?」
【マリン】「大丈夫ですよ、プルさんなら入れます」
【アクア】「そうそう……わかんない、わかんない」
【葵】「このどしゃ降りだ、他に選択肢はなかろうて。私たちは男物の店など知らぬのでな。それでは、お邪魔するぞ〜」

○来店ベル。

【店長】「いらっしゃ〜い! あら、かわいい子ねえ〜。どんなお洋服を買いにきたの?」
【プルート】「うわーーー!」



○一枚絵 ブティックで女装させられるプル。

【プルート】「……」
【マリン】「……わあ」
【アクア】「……まあ」
【葵】「……おお〜」
【プルート】「……」
【マリン】「かーわーーいーーです〜!」
【アクア】「ゆーあー、ちゃんぴおーん。……このわたしが一度でも負けを認めるなんて、そうはなくってよ……ふふ」
【葵】「うむ、これなら外に出てもきっとわかるまい。次はこれでお忍びに出てはどうだ?」
【プルート】「……本気で言ってるんですか、葵さん……?」
【葵】「うん? 私は嘘は言わぬぞ?」
【プルート】「……嘘であって欲しいです、私は……!」
【マリン】「どうしてですか? かわいいって、褒め言葉ですよ?」
【プルート】「マリンさんっ! 忘れないでください、私は男ですっ!」
【アクア】「ああ、そうだった、そうだった……」
【プルート】「いかにも今、思い出したような動作をしないで下さいっ! も、もう、こんなの脱ぎますから!」
【マリン】「ええ〜! せっかく似合ってるのに〜」
【プルート】「いいんです、似合わなくて!」
【アクア】「でも、どっちにしろ服、乾いてないし。……裸でかえる……? わたしは、それでもいいけど……ふふ」
【プルート】「うっ……」
【葵】「まあまあ、ここなら人目を気にせずゆっくりできる。どうせ私たちしかいないのだから、そんなに気にせずともよかろう。……まあ、悪ふざけが過ぎたのは認めるが」
【プルート】「……認めるくらいなら、最初からやらないで下さいよ!」
【葵】「はは、すまんすまん。だが、おぬしの反応がおもしろいのがいけないのだぞ?」
【プルート】「……お、おもしろ……」
【アクア】「そうそう……プルートは真面目だから……おもしろい……」
【プルート】「う……それって、なんか可愛いって言われるより、嬉しくないです……」
【マリン】「なんでですか? プルート様のいいところですよ?」
【プルート】「……そうでしょうか。私は、欠点だと思ってるんですけど」
【マリン】「は?」
【アクア】「……なんで?」
【プルート】「……こう、人間的な魅力がないというか。シリウス殿のように闊達(かったつ)でしたら、話していても楽しいと思いますし……。ソロイのように寡黙(かもく)だったら、それはそれで魅力なのだと思います。ですが、こう、真面目というのは……半端でしょう」
【マリン】「……プルート様」
【プルート】「そ、それにこういう格好が似合うとか言われてしまう時点で、その……。男としても半端なわけで。……つくづく思うんです、私は欠点ばかりだなあ、って……」
【マリン】「……」
【アクア】「……」
【葵】「……」
【プルート】「あ、す、すみません。……へ、変なこと言って。……愚痴ですよね、今の。……ごめんなさい」

三人が口篭もってしまっているのに気が付く。
——自分のことばかり、話してしまっていた。
うう、こういうところが嫌なのだってば。……学習能力がないのか、私は。

【葵】「いや、別にそう謝ることではないのだがな」
【マリン】「ふああ……プルート様は本当に真面目ですねえ」
【アクア】「うんうん……」
【プルート】「あ……すみません」
【葵】「いや、だから謝ることでは……」
【アクア】「ふむ……なるほど……だったら、ていあん。いち」
【プルート】「は?」
【アクア】「自信をもてるような経験をすれば、かいけつ? ……こう、人では絶対できないような……」
【マリン】「あ、それいいですね! でも、プルート様は結構なんでもできちゃいますよ?」
【葵】「そうさのう。勉強ではどうにもならんし、運動もさほど苦手とも思えぬ……。うーん、何がいいであろう?」
【アクア】「……何いってるの、ひとつしかないじゃない」
【プルート】「……は?」
【アクア】「そんなに自分に魅力がないと思うなら……ナンパされてきなさい。その格好で。できるよ、きっと」
【プルート】「……え……えーーー?」

○画面揺れるくらい、結構大げさなガーン。一瞬暗転してもいいかも。

【アクア】「……うん、名案。ふふ」
【プルート】「めめめ、名案って! ちっともいい考えじゃないですよ! ムリがありますよ、一体何を考えて……っ!
【葵】「ああ、それはいいかもしれんなあ」
【マリン】「そうですね! 大丈夫です、いざとなれば私たちがお助けに参上しますから!」
【プルート】「まままま、マリンさん〜!?」
【アクア】「ばれない、ばれない」
【葵】「うむ、何事も挑戦だ、若人よ。はっはっは!」
【プルート】「葵さん、アクアさん! 悪ふざけもいい加減にーーー!」

○暗転。

【シリウス】「やあ、やあ、ひどい雨だねえ。店主、ご機嫌いかがかな?」
【店長】「まあ、シリウス様。わざわざ、こんな日にお出ましに……!」
【シリウス】「いや、頼んでいたものが気になってね。なんてったって、愛しい人に捧げるドレスだから、念には念を入れて……」
【マリン】「……」
【アクア】「……」
【葵】「……」
【プルート】「……」
【シリウス】「……あれ?」

○一枚絵復帰。

【マリン】「……きゃーーー! シリウス様のばかーー!」
【アクア】「……つくづく空気の読めないやつ……」
【葵】「出て行け! 今すぐ出て行け! ここは女物専門じゃーーー!」
【シリウス】「ちょ、ちょっと待って下さい! 別に女物だからって、男が入ったらいけないわけじゃ……。プレゼントを買いに来ただけで……。君たちの降誕祭用のですね……!」
【マリン】「いらないですっ!」
【アクア】「いらん」
【葵】「……全力でお断りする!」
【ボビー】「ウキャーー!?」
【マリン】「と、とにかく! プルさん! に、逃げて下さい! ここは私たちが引き受けます!」
【葵】「うむ、命を賭しても守ろうぞ! きえーーー!」

○画面揺れる。

【シリウス】「わーーー!?」
【アクア】「さあ、プル……いきましょ……あのこたちの命を無駄にしてはいけないわ……」
【プルート】「いいい、いのちっ?」
【シリウス】「いたたた! どうしてこんな目に会うんだか……! 説明して下さいよーー!」
【マリン】「できません! シリウス様のばかーー! ばかーー!」
【葵】「まったく、おぬしという奴はーー!」
【シリウス】「理不尽ですーーー!」

○暗転後、雨の中の足音。路地裏へ。

【アクア】「ふう……逃げ切れたかしら……」
【プルート】「……ば、ばれなかったでしょうか」
【アクア】「さあ……たぶん平気だと思うけど。……すかーと、上げないとまた濡れるわよ」
【プルート】「わっ、す、すみません! ……というか、これ、お返しするにも困りますね。代金を支払った方がよかったでしょうか」
【アクア】「ああ、それはシリウスに払わせるからいいわよ」
【プルート】「え゛っ! シリウス殿は関係ないんじゃ……」
【アクア】「いいのよ、シリウスはわたしのお財布だから……ふふふ、ましょー……」
【プルート】「は、はあ……」
【アクア】「……ねえ、プルート」
【プルート】「はい?」
【アクア】「……かわいいっていうのは、取り柄だとおもうわよ。それじゃだめなの? みんなプルートをほめたくて、言ってるのよ?」
【プルート】「アクアさん……」
【アクア】「すくなくとも、わたしはかわいいって言われたら嬉しいわ。えっへん」
【プルート】「あ……あはは、そ、そうですね。アクアさんは、その、かわいいと思いますよ。その、でも……」
【アクア】「……ん?」
【プルート】「……アクアさんは女の子で、私は男ですから。……やっぱり、かわいいは褒め言葉じゃないんです」

だって、彼女たちにどう見られたいかといえば、それは。

【アクア】「……そうなの? じゃあ、なにが褒め言葉?」
【プルート】「……頼りになるとか!」
【アクア】「……」
【プルート】「……」
【アクア】「……」
【プルート】「……アクアさん?」
【アクア】「うーん……持ち帰って……三人で検討してみるわ」
【プルート】「……う」
【アクア】「……じゃ、がんばって帰ってね」
【プルート】「は、はい。ありがとうございました!」
【アクア】「でもね、プルート」
【プルート】「……はい?」
【アクア】「……可愛いのは、男だって武器だとおもうわよ? ……ふつうは武器にしないから……おりじなりてぃ〜だと思うの。おーけー?」
【プルート】「……」
【アクア】「……なんちゃってね。ふふ。それじゃ、ぐっどらっく」

○足音。

【プルート】「……」

銀色の髪が揺れて、霧の向こうに沈んでいく。
——それをただ見送った。
(……アクアさんは、オリジナリティの固まりみたいな人だからな……)
はあ、とため息。気持ちは沈む。
(いつになったら、可愛いを卒業できるのかな)
——雨はまだ、止まない。

【青年】「あの〜」
【プルート】「……はい?」
【青年】「服が濡れますよ。よ、よかったら僕の家で、お茶でも……」
【プルート】「……は? ……あーーー!」
【青年】「わわわっ!? ご、ごめんなさい! 僕なんかが声かけてごめんなさい!?」
【プルート】「……い、いえ、違うんです! あなたが悪いわけではなくて……。うううううううう……し、失礼しますっ!」

○足音。

【青年】「ああっ、可愛い方、待って下さいーーー!」

○暗転。

雨の中、どんどん遠くなっていく声。
ほっとするのと同時に、深く溜め息をついてしまう。
理想と現実のギャップはあまりにありすぎて。
確固たる『わたし』になれるのはいつの日のことになるんだろう。
真面目という言葉以外で誉められるような。
——ほんと、いつになったら男として見てもらえるんだろう。
誰よりも、『あのひと』に。

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