「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

SS 「The sky seen from the glasses.」

四 月の名前

 ひとつ、ふたつと適当に薪を放り投げると、鮮やかな赤い花が暗闇に落ちる。火のはぜる音と自分の身じろぎだけが今の世界に落ちる唯一の気配だ。
「……退屈だな」
 今日の夜番は自分である。面倒なことではあるが、仕方ない。他の誰かに押し付けたくても、理由のストックが尽きていた。
(本でも読むか。下調べもしておかないと)
 プラチナに読ませる本は、自分が選んでいる。それは彼に必要な知識を授ける為でもあるが、本当の目的は情報のコントロールだ。
 彼の頭の中身は自分が作る。自分が何より動かしやすく、わかりやすい形に彼を整えなくてはならない。誰にも気付かれないように。それが最後の自分の仕事だ。
 それさえ叶えれば、「あれ」を手に入れたなら、自分たちは帰れるのだ。……あの空へ。
(でも……サフィルスの奴、変だったな)
 今日初めて、目覚めた赤の王子を見た。
 金色の髪が美しく日の光に照らされ、何も疑わないと言い切るようなその瞳が、うざったかった。まるで、天使のような子供。なぜ羽根がないのか不思議な程に。そして、サフィルスの眼差しも。
 戻っている、と思った。優しく脆く、目の前の悲しみにただ泣いて、手を差し伸べる天使の顔に。
「……ジェイド?」
 振り向くと、白いマントが翻るところが見えた。軽い足音を立てて、それは自分に近づいてくる。
「お前がなんで、夜番なんてやってる? いつものように誰かに押し付けたんじゃないのか」
「心外ですね、プラチナ様。いつもじゃないですよ。たまにです」
「そうだったか? 部下を登用してから一度もお前がそうしていることを見たことがなかったがな」
 よく見ている。こういう観察能力の高さは、素養だろう。
「……たまにはお仕事しますよ。私だってね」
「そうだな。たまには、してみせろ。お前も部下のひとりではあるんだからな」
 じろりと睨まれ、苦笑する。確かに自分は部下らしくはない。自覚はしている。
「……そういえば」
「はい?」
「……目。大丈夫なのか。見えにくいなら夜番は辛いだろう。誰か、付き添いをやらせようか?」
「……ああ」
 そういえば、昼にそんな話をしたような気がする。
(なるほど、それで……)
 プラチナがこんな時間に出歩くのは稀だ。
 体の作りが弱い彼は、他の魔人より多くの休息を必要とする。それは他の部下たちもわかっていて、少しでも夜更かしをしようものなら、自分が言わずともベッドに縛り付けられるのが彼の常になり始めていた。
「……大丈夫ですよ。治まりましたから、もう」
「しかし……」
「心配ご無用。……嬉しいですけどね」
「……お前がいいなら、いいが」
 心配を続けていたらしい。あれでおしまいだと思っていたのに。
「……はい。ですから、お休みください」
 少し意識的に笑顔を作った。その仮面が一番彼の心を動かすと思ったから。
「……わかった。じゃあな」
「はい、おやすみなさい」
 できるだけは優しく。そうでなければ、彼の心に自分の杭は打てない。サフィルスのことは気にかかったが、今は目の前の生贄の羊をどう手懐けるかの方が大事だ。
 就寝を促す言葉に小さくプラチナは頷くと、自分のテントの方へと向き直った。白い影はけして夜には溶け込まない。
(……その日が来たら、あなたもサフィルスと同じように、夜の闇を纏うようになるんでしょうかね)
 同じことを繰り返している。サフィルスのことは笑えまい。ほんの少しずつ傷つけていくか、一度に壊すかの違いだけだ。
 自分もまた、永遠のループにはまって抜け出せない。願いを叶え、天に帰ったとしても自分はこのまま変わらないだろう。
 心のどこかで何かが警告を与えているような気がする。最近になって気になりだしたあの頭痛は、自分の行く先が間違っているとでも言いたげに、日々酷くなる。
 眼鏡を外して、世界を見た。
 物の形は曖昧になり、白い霞みですべては覆われる。天を見上げると、いつも通りに月が煌々と照り映えていた。
 その黒と白との曖昧な境界線を、指でなぞった。ぶれる月は、けして思う通りには割れてはくれない。
(けれど、進むことしか知らないんだ。俺も)

 そして今日も眼鏡越しに世界を見る。

アーカイブ情報

[初出]電撃若

[発売元]メディアワークス

[発売日]xx年xx月xx日

[底本]Apocripha/0 公式ファンブック ~ゆうきあずさの世界~(再録)

[改稿]底本より誤字脱字・慣用表現の修正

ゆうきあずさ

電撃若の発売日がわかりません。

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