8/13[C100]土曜日/東ヘ-07bwebカタログ

蒼星

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

生来、手紙というものは好きな方じゃない。
インクで手が汚れるのも嫌だし、書き間違いをするんじゃないかという余計なスリルもうざったい。
近くの人ならば会いに行けばよいのだし、遠くの人でも旅気分で出かけたっていいじゃないか。
何より顔の見えないやりとりでは、自分の武器である『顔の良さ』だって通じないのだし。
——だから手紙はずっと苦手だった。
極力人生から排除してきたものだった。
けれど……。

○一枚絵 手紙を描くシリウス。

【シリウス】「む〜……」
【シリウス】「ん〜……」
【シリウス】「あ〜……困った。書き出しは『親愛なる』? 冗談じゃないな、それって」

——最初の最初からつまづいている。
目の前には真っ白な便せん、そして封筒。
傍らには流麗な文字で綴られた自分宛の手紙が二通ある。
片方はアロランディアからの親書、そしてもう一通は……ヨハン=ハーシェルのサインがあった。
親書の差出人は、かつての星読み、プルート=アルタス=アロランディアである。
スパイとして潜り込んだ一年間、プルートとさほど話した記憶はないのだが、何の因果か文通はすでに七度を数える。
(……何か懐かれるようなこと、しましたかね?)
確かに最初はプルートにどうにか取り入って……というプランもなかったわけじゃないのだが。
——ソロイのガードは厳しいし、結局は相手が男なので「やめた」とあっさり投げた。
いくら仕事でも、楽しめないことはしない主義だから。
手紙の内容は主にアロランディアの近況で、議会制を導入するにあたっての助言なども時に求められたりもする。
ダリスは王制だが、一応市民議会というのも導入していて、自分も目付役として参加している。寝に行くようなものだけど。
たまに今の「議長」からの、文句なのか雑談なのか買い物メモなのかわからない手紙も入ったりもする。
ダリスは検閲が厳しいから、確かに私信を親書に混ぜるのは良い手かもしれないが、相手が自分でなかったら一体この国はどういう奴らなんだ、と馬鹿にされると思うのだが。
——どうせ、言っても無駄なので、そのまま受け取ることにしているけど。
アロランディアからやってくる封筒はいつも分厚い。
ダリスに戻った時、正直もう生きて彼や彼女の顔など見ることも、思い出すこともできないだろうと思った。
兄王に命じられた使命は果たせなかったし、魔法実験事故の件が賢人会にもバレて、魔法王国ダリスはより一層の軍縮を迫られることとなった。
まあ、自分は人気者なので残虐な殺され方はしないだろうけど、よくて幽閉、悪くて縛り首かと思っていた。
が、現実は遙かに自分の予想を裏切り、今も自分は大貴族としてダリスの空中庭園に留まっている。
なぜって、船で帰る間に兄王は死に、その子どもが王座についていた。
口をあんぐり開けたまま、貴婦人たちの前で帰還の儀を行ってしまったのは一生の不覚だった。
命じた者がいなければ、罰せられることもない。
新しい王は子どもなので、後見人は自分が引き受けた。
——他に血筋がいなかった。継承権がないのも効いた。それに人気者だし。
我ながら、この運の良さはどうなんだろう、とも思う。
(……まあ、天才だし。しょうがないけど)
できないことなんて、ほとんどなかった。小さな頃から。
思い通りにならないことも、ほとんど無かった。
——そう、あれだけ。
唯一どうにもならないことがあったとすれば、あの日のことだけ。
空を焼く光の束、それをもたらした魔法使い、胸にずっと刺さったままの棘。
——アロランディア。

【シリウス】「……なんで、私に手紙なんて書いて来るんだか。第一、これって検閲してないじゃないか。怠慢だぞ〜」

端をつまむようにしてそれを手に取る。
プルートたちが書いた手紙より、それはずっと薄くて儚い。
彼の手で書かれた自分の名前。
——親愛なる、と書き出された手紙。

○一枚絵 手紙。

親愛なる シリウス=ウォーレン=ダリス様

突然のお手紙をお許し下さい。
きっとびっくりされるでしょうし、もしかしたらあなたの手に届くことはないかもしれません。
まだダリスはずいぶん検閲が厳しいようですね。
二月ほど前、国境近くまで行ってみましたが、憲兵がずいぶん忙しく働いていたので中には入らず、結局クラインの方へ腰をひとまず落ち着けました。
ダリスに比べれば田舎の小国でしょうけど、田舎なりに美しく、良いところです。
魔法はやはり、奇妙に思われるようですが。
——用件をさっさと記せ、とお思いになっているかもしれませんね。
すみません、私はいつもこうです。
回りくどい説明はよくないと、認識してはいるのですけど……。
——実は用件はないのです。
何かをお願いしたいわけでも、許しを請いたいわけでも、返事を期待しているわけでもありません。
ただ、それでも、私はあなたに手紙を書かなければならないと思いました。
あなたと私の立場はあまりにも違い、もはや生きていく上で道が交わることはないと思いますが、私はあなたに居場所を知らせておくべきなのかもしれないと思って。
——いつでもまた、復讐に来られるように。
一度あなたに謝罪の手紙を書いたこともありました。
が、すぐに握りつぶしてしまいました。
今さら、そんなことで何が終わるだろうと思って。
アロランディアでの一件は私にとって大きなこと件でした。
すべてを失ったとも言え、すべてを手に入れたとも言えます。
——それをあなたがどう思うのかはわかりません。
が、審判の木槌はあなたが持つべきだと思いました。
私の住所はこちらになります。
ユニシスやアクアさんとは別れてきました。
アロランディアの人々とも、もう会うつもりはありません。
探し当てられることもないでしょうし。
元々、ヨハンという名前が偽名なのも、シリウス様はすでに知っていらっしゃいますよね?
それでは、これにて。
あなたの行く先に、常に光がありますように。

ヨハン=ハーシェル

○シリウスの絵に戻る。

【シリウス】「……」

思わず手近のランプにかざして燃やしそうになった。
どこまで勝手な男だろう。
本当に許しを請いたくないのなら、そのまま何も言わずにフェードアウトしていけばよいものを。
わざわざこんな手紙を手間暇かけて(恐らく何重にも魔法をかけて)送ってくることが女々しいではないか。
そう、自分は彼を許さなくていい。その権利がある。
——そりゃ、今ではヨハンのしていることが、ヒトカケの真実を内包するということもわかっているけど。
アロランディアは今、魔法によって復興を遂げている。
様々な災害で荒れた国土を、ヨハンの教え子たちは急速に整えていく。人の手だけではできないこと。
ダリスは魔法を軍事にしか使おうとはしなかったが、あの島は違うことに発展させていくだろう。
国の代表が彼女なら、きっと。
彼の教え、目指すものは、正しかった。
やり方が間違っていただけで。

【シリウス】「……あ〜、もう!」

○画面揺れる。シリウスが机を叩きました。

【シリウス】「めんどうくさい! もう、正直に書いてやる! この人に遠慮する義理なんて、そもそもないのですからね!」

○一枚絵 手紙。

世界で一番お馬鹿な君へ

手紙は届いた。
まったく、こんなものを送りつけてくるなんて、君はどうしてそう女々しいのだ。
言いたいことがあるのなら、直接来ればいいだろう。
但し書きしておくが、私は手紙を書くのが大嫌いだ。
だからこれは唯一、一度の、ありがたい返事だから、よーく読みなさい。
一。私は忙しいので、今さら君に復讐だの、仕返しだのする暇はない。
だから住所など知らせないでもいいし、居所をいちいち報告などしてくるな。
二。アロランディアに君は二度と行かないつもりなのか。
だとしたら、君は救いようのない大馬鹿だ。
君の弟子たちが今何をしているか、知らないのかね?
三。私に居所を知らせる時点で、アロランディアに情報は筒抜けだということを覚えておくことだ。
あいにく、私は君と違って人望があるので、今でもみんなと交流がある。
聞かれれば答えるし、黙っている義理などないからね。覚悟しておきたまえ。
復讐するとすれば、むしろ私でない別の誰かだよ。心当たりはあるだろう?
四。君の名前など、もうとっくの昔に忘れている。
君はいつまでもヨハンという名で生きていきたまえ。
それが一番、私にとっても彼ら彼女らにとっても良いだろう。
何より、同じ名前の奴が世界から減るのは、私にとって幸せなことだよ!
五。これを読み終わったら、すぐさま暖炉のたき火にくべなさい。
後生に残ることなど、絶対ないように。
君はおそらく、名前を残す偉人のひとりとなるだろう。
もちろん私もね。だからこそ、証拠は消しておきたいのだよ。
君と私の人生は交わらない。そういうことさ!
君の前に常に艱難辛苦がありますように。せいぜい長生きしたまえよ。

シリウス=ウォーレン=ダリス

○シリウスに戻る。

【シリウス】「……久しぶりにこんな汚い字を書いた」

椅子にもたれて、大きく息をついた。
読み返しもせずに便せんをちぎり、厳重に封緘する。
誰かに見られでもしたら大事だ。
ぱさり、と乾いた音を立てて、それは処理済みボックスに投げ込まれる。
明日になれば文官がまとめて発送して、一週間も経たずに彼の手元に届けるだろう。

【シリウス】「……あーーー……でも、すっきりした」

なんだか、心が晴れた。
この手紙を受け取った時、彼はどんな顔をするだろう。
困惑するだろうな。それは大変楽しいことで。
——正義のために彼はあの装置を作り、正義のために私はそれを壊そうとした。
たくさんの人を巻き込んで。
その罪について、私と彼は等価だ。誰に責められても仕方ない。
たとえその背景に、兄王からの命令があったとしても。
罪なき人に幸せを、という自分の信念を曲げ、復讐に目が眩んだことは消せない事実。
——子どもの頃のそれ以外で、私は彼を責められまい。
同じものを背負う。

○星空フェードイン。

黒く汚染された空を見上げる。戦争の爪痕はまだ、こんな近くにある。
夜も近くなれば、真の闇になる。
アロランディアなら、きっと満天の星。
けれど、この城からは月と一粒、二粒の星が覗くだけだ。

【シリウス】「……ああ、蒼星か。綺麗だな」

いつか魔導師が教えてくれた、星の名前。
私たちの名前と同じ意味ですよ、と彼は言った。……思い出す。
少女の手に刻まれた形のよう。白く、淡く、心に染みいる。
目をこらさなければ、見逃してしまう光だった。
いつもそれは側で輝き、道を示してくれていたのに。

【シリウス】「私も君も、もう二度と迷わないようにしないとね」

そしてもう一通の手紙の返事を書き始める。
ひとりひとり、丁寧に。特に、最後の一通は。

【シリウス】「……今でも、君は私の輝ける星だよ。……きっと、未来永劫ね」

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