「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

青い熊さん

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○暗転。

青い熊のぬいぐるみを買ってもらった。
それはとても大きくて、私の背よりも大きいの。
包み紙には入らないから、店員さんが首に大きなリボンを巻いてくれた。
それはプレゼントの証し。あの子が私にくれたもの。

○夕方の広場。

【アクア】「……へへ……もらっちゃった……」

ぎゅっと抱きしめると、熊もわたしをぎゅっとする。
ウレタンの弾力と言えばそれまでだけど、ずっとくっついているとクマだってそれなりに温かくなる。
人の温度。
私はそれが、とても好き。

○人にぶつかる音。

【アクア】「わっ……」

街はもうすぐ夕暮れ時。街人たちは夕飯の支度にせわしない。
たまに小さくゴメン、とは言ってくれる人もいるけど、ほとんどの人はそのまま急ぎ足。

○ぶつかる音。

【アクア】「わわっ……」

よろろ、とよろけた。
つい、クマを落としそうになって、しっかり足を踏ん張った。
——これは汚したらいけない物だから。

○ぶつかる音。大きい。

【アクア】「わわっ!」

だけど、人波はどんどん大きくなっていく。渦になる。
アロランディアは海に囲まれた国だからなのか、人の性質も海に似ている。
普段はとても穏やかなのに、一度嵐になると荒れてしまうような。
——いえ、アロランディアに限ったことじゃなく。
きっと、世界が今は。

○抱き留める音。

【アーク】「っと、危ねえな」
【アクア】「あ……アーク。リュート」
【リュート】「大丈夫? もう、最近みんな荒っぽいね」
【アクア】「うん……でもへいき。ありがと」
【アーク】「おう。しっかし、すげえ荷物だな。なんだそりゃ」
【アクア】「……みつぎもの」
【アーク】「はあ?」
【リュート】「あはは、誰からもらったの?」
【アクア】「情報ソースはあかせないわ……みかえりがあればべつだけど」
【アーク】「ぐあ、かわいくねえ! どこでそんな言葉覚えてきやがるんだ、まったく。手なんか出すなっ!」
【アクア】「ちっ……二重取りしっぱい」
【リュート】「でも、アクアさんが持つにはちょっと大きすぎるね。僕が持ってあげようか?」
【アクア】「え?」
【リュート】「もうすぐ巡回もお終いだし。それくらいアークひとりでも大丈夫でしょう」
【アーク】「おい、こら。俺に残りの仕事を押しつける気か?」
【リュート】「いいじゃない、いつも僕が押しつけられてるんだから。それに、アクアさんの足の速さだと魔法院に着く前に日が暮れちゃうよ。危ないでしょ?」
【アクア】「……いいよ、ひとりで帰れるから。だいじょうぶ。それとも、うらやましい? これ」
【リュート】「え? ああ、ぬいぐるみ? ……えーと」
【アーク】「羨ましいわけねーだろ。ガキ」
【アクア】「……」

○がすっと蹴る。

【アーク】「いてて! 蹴るな!」
【リュート】「あわわ、い、いや、う、羨ましいよ。うん」
【アクア】「うむ、よろしい。……ごほうびに、ぎゅっとしてもいーよ」
【リュート】「あはは、それはアクアさんのでしょ? 僕はいいよ。君が大事にしてあげなよ」
【アクア】「……あら、そう……」
【アーク】「お前、そういうこと、変なオッサンに言うなよ。別の解釈されるから」
【アクア】「ぷう……わかってるよ……」
【アーク】「それじゃ、しっかり落とさないように持って帰れよ。貢ぎ物なんだし」
【アクア】「うん、まかして。……アークもぎゅっとしたくなったら、言いなさいね。それじゃ」
【リュート】「アクアさん?」
【アーク】「ま、いらねーってんならいいんじゃないの。たまにはひとりになりたい時だってあるんだろ。あいつにも」
【リュート】「……子どもだよ?」
【アーク】「そうでもねーさ」
【リュート】「……ふうん……そんなもんかな……」

○大通り。

【プル】「あ、アクアさん!」
【アクア】「あら、プルじゃないの。……なあに、またお忍び?」
【プル】「あはは、ま、まあそんな感じで……わっ!」
【アクア】「わ?」

○暗転。隠れる感じ。

【アクア】「もがが……なにするの……?」
【プル】「す、すみません。つい! ……さっきからあの辺りをソロイがずっとうろついているんですよ」
【アクア】「あらあら……まあまあ……大変ね」

○裏通り。

【ソロイ】「……」
【プル】「……(どきどきどき)……」
【アクア】「……」
【ソロイ】「ふむ……異常なしか」
【プル】「……(ほーーっ)……」
【ソロイ】「……ん?」
【プル】「……(!!)……」
【アクア】「あ、みつかった」
【ソロイ】「アクア殿」
【プル】「……(あわわわわ、どうしましょう!」
【アクア】「……ふむ……まあ、ちょっと落ち着いて。まかせて。……そこから動かないのよ?」
【プル】「……(アクアさん?)……」
【ソロイ】「……街で会うとは珍しいですね」
【アクア】「そう?」
【ソロイ】「……おや、ずいぶん大きな荷物をお持ちですね。……貴女より大きいのでは?」
【アクア】「まあね。……いいでしょう」
【ソロイ】「……はあ……まあ、子どもにはよろしいですね。……持ちましょうか」
【アクア】「え?」
【ソロイ】「……その大きさ、魔法院まで持ち帰るのは骨でしょう」
【プル】「……(まずい、あれが目の前からなくなったら、私の姿が……!」
【アクア】「……だいじょーぶ。これはね、わたしの持たなくちゃいけないものだから。いいのよ。……あなたにはあなたの持つものがある。……だからいいの」
【ソロイ】「はい? ……ああ、確かに私は買い物をしに来ましたが。……ま、よろしいでしょう。……そこまでおっしゃるならば」
【アクア】「うん、平気よ。じゃあ、ばいばい」
【ソロイ】「それでは」

○ソロイ消える。

【プル】「はあ〜、た、助かりました……。ありがとうございます。アクアさん!」
【アクア】「うむ。よきにはからえ。そんじゃね」
【プル】「あ、アクアさん! お礼にそれを持ちますよ! 持っているの、大変でしょう?」
【アクア】「いらない」
【プル】「え」
【アクア】「……言ったでしょ。あなたはあなたの荷物を持つの。……ちゃんと抱きしめてあげないとダメよ」
【プル】「アクアさん……」
【アクア】「……ばいばい、またね」

○アクアの足音。

【プル】「……? わたしの荷物? なんだろう……?」

○暗転し、夕方の魔法院、外。

【シリウス】「やあ、アクア殿! こんなところで君に会うとは! 運命の再会! やはり私と君は赤い糸で結ばれているんだね! さあ、この海より広い胸にダイブーーー!」
【ボビー】「キャー、テレルー!」
【アクア】「シリウス……なあに、すとーかーきぶん?」
【シリウス】「こらこらこら! 何て失礼なことを言うのかな! せめて待ち伏せと言ってくれたまえ!」
【アクア】「じゃあ、運命の再会じゃないじゃない……?」
【シリウス】「……」
【アクア】「……」
【シリウス】「……コホン、それはまあ、それとして、だ」
【アクア】「……ごまかした……」
【シリウス】「そ、それよりですね! 今日はどなたかとデートだったのかな? その大きなぬいぐるみ……スミにおけませんね〜」
【アクア】「まーね。なんてったって、ましょーだから」
【シリウス】「むむ、大きさ、色、素材……どれも一級品とみました! ずばり、銀貨三枚くらい!」
【アクア】「ん〜……ずばり、ちがうでしょう」
【シリウス】「ありゃ、そうでしたか。残念! ふむ、しかしアクア殿もぬいぐるみがお好きですか。それでしたら、この私にお申し付け下さればよろしかったのに」
【シリウス】「それよりもっと上質な、美しい色のぬいぐるみをプレゼント致しましたよ。なにせ、私は王子でしたから、えっへん」
【アクア】「いらない」
【シリウス】「え」
【アクア】「……『これ』がいいから、いらないの。銀貨や金貨の数じゃないのよ。シリウス。女心がわかってないわね」
【シリウス】「……あら、そうですか」
【アクア】「そうなの。でも、チョコレートやクッキーだったら、いくらでも貢いでくださってけっこーよ。……お腹に消えちゃうから」
【シリウス】「……はは、わかりました。アクア殿のご機嫌を取るのには、お菓子の方が良いということですね。お任せ下さい、このシリウス。女性との約束は必ず守りますよ! はっはっは!」
【アクア】「うむ、よきにはからえ。ほんじゃね」
【シリウス】「あ、アクア殿! 明日は、絶対私に会いに来て下さいね〜。お菓子を用意して待ってますから〜!」

○暗転。扉を開ける音。

【アクア】「ふう……やっとかえれた。……モテル女はつらいわ」

手がじんじんと熱くなってる。ほわほわの毛のあたり、じっとり濡れた。
——お風呂に入りたくなる。
でも、もうちょっと。
ゴールまでは、もうひとがんばり。

○魔法院の中。

【アクア】「ただいま……」
【ヨハン】「ああ、アクアさん。お帰りなさい」
【ユニシス】「あ、帰ってきた!」
【アクア】「……え? なあに? ……もんげん、間に合わなかった?」
【ヨハン】「いえ、大丈夫ですよ。ただ、アクアさん、黒板に居場所を書いて出て行かなかったでしょう。それで心配していたんですよ」
【アクア】「ああ……そういえば……わすれてた」
【ユニシス】「忘れてた、じゃねーよ! 規則だろ、規則!」
【アクア】「……はーい……つぎからきをつけま〜す」
【ユニシス】「むう、本当に約束だぞ! 絶対だぞ!」
【アクア】「……うるさいなあ、もう」
【ユニシス】「なにーー!」
【ヨハン】「あはは、まあまあ。無事だったから良かったじゃないですか。探しに行かなくてよくなったんですし」
【アクア】「ん? さがしにって……?」
【ヨハン】「いつもより遅いから、ユニも心配していたんですよ。今も、探しに出ようとしていたところで」
【ユニシス】「なっ、言ってないですよ、そんなこと! ただ、面倒事が起こってたら、魔法院にはマイナスだからって思って!」
【ヨハン】「あはは、そうですね。そういうことにしておきましょうか」
【ユニシス】「先生!」
【ヨハン】「それより、アクアさん。その大きなぬいぐるみは何ですか?」
【アクア】「もらったの」
【ヨハン】「おや、それはずいぶん高いものをもらいましたね。ちゃんとお礼はしました?」
【アクア】「うん、したよ。……これからも、いっぱいする」
【ヨハン】「……そうですか。だったら、良いですね。大事にしなくちゃだめですよ」
【アクア】「うん……」
【ユニシス】「ぬいぐるみが好きだなんて、お前って子どもーー」
【アクア】「……ユニシスも抱きしめてみる? きもちいーよ?」
【ユニシス】「え゛っ!?」
【アクア】「……はい」
【ユニシス】「……〜〜〜……」
【アクア】「えんりょしなくていーよ?」
【ユニシス】「……しないよ、ばかっ! 俺はお前よりずっと大人なんだからっ。ご、ご飯の支度してきますっ!」

○ユニシス消える。

【アクア】「あ……いっちゃった……」
【ヨハン】「あはは、私がいたからかもしれませんねえ。強がって。ユニだって、ぬいぐるみは大好きなはずですよ」
【アクア】「……そうなの?」
【ヨハン】「はい。……物欲しそうにはしませんけどね。だから、後で触りたそうにしていたら、触らせてあげて下さい。アクアさんなら、そうしてくれますよね?」
【アクア】「うん、わたしは大人だから、心広いわよ」
【ヨハン】「あはは、よろしくお願いします。さ、お部屋にそれを置いてきなさい。ご飯ですよ」
【アクア】「はーい。……ねえ、先生」
【ヨハン】「はい?」
【アクア】「先生も、ぎゅっとしたくなったら、ぎゅっとしてもいーよ?」
【ヨハン】「アクアさん……」
【アクア】「そうすることで……わかるものも、きっとあるから。
【ヨハン】「……残念ながら、私はもうずいぶん大人なので。ちょっと恥ずかしいかな。……でも、ありがとう」
【アクア】「……」
【ヨハン】「……それじゃ、私はユニを手伝ってきますから。後でね」

○ヨハン消える。

【アクア】「……あたま、なでなでじゃなくて……。ぎゅっとした方がわかるのにな……」
【アクア】「……ね、あなたもそう、思うわよね……?」

○暗転から扉が開く音がして、アクアの部屋。

【アクア】「……ふう。よいしょっと。……やっぱり、こどもの体にはちょっと辛かったかしら……」

でも、やりとげた。ひとりであなたを連れてきた。ここまで。
わたしの部屋、小宇宙、大切な場所。

○一枚絵 アクアと青いクマが見つめ合う。

つぶらな瞳。青い印象。触れるととても温かい。

【アクア】「……いつになったら、会えるかしら……?」

ひとりで眠るのにはもう慣れた。
慣れたけど、寂しい気持ちがなくなるわけじゃない。
ひとりは寂しい。ひとりはイヤ。……誰かといたい。
一緒に空を、海を飛びたいの。
誰かと手をつなぎたいの。……抱きしめて、抱きしめられたい。

【アクア】「でも、だれと……? ……この子がいれば、わかる気がしたんだけど」

青い色、つぶらな瞳、無防備に差し出された腕。
——それは誰かを思い出すの。

○一枚絵、アクアと青いクマが抱き合う差分。

【アクア】「……あったかい」

——最近、あんまりよく眠れない。
記憶のかけらが少しずつ、頭の中でリピートするから。
嵐の予感がする。わたしの中から声がしてる。「逃げろ、逃げろ」。
けど、わたしはそれに従わない。
だから、痛みはどんどん大きくなって、わたしを眠らせてくれない。

(……でも、まけないよ、ふふ)

命あるものはみんなそうしてる。
——わたしたちだけが逃げるわけにはいかないの。
星の運命、世界との摩擦、わたし以外の他人から。
はやく、あなたに気づいてほしい。
『ぎゅっとされる』だけじゃない、『ぎゅっとする』喜びもあるってこと。
——嬉しいんだよ。とっても幸せになれるんだよ。
照れなくたっていいのに。
大好きな人を抱きしめるのに、ちっとも遠慮なんていらないし。
大好きな人がたくさんいたって、ちっとも困りなんてしないのよ。
唯一のものなんて決めなくていい。
だから、ねえ。

○夜、アクアの部屋。

【ヨハン】「アクアさん……あれ、寝ちゃってますねえ」
【ユニシス】「メシいいのかな? めずらしー」
【ヨハン】「まあ、疲れたんでしょう。最近、寝不足みたいですからね」
【ユニシス】「……うん……そうだね」
【ヨハン】「……ベッドに運んであげましょうか。ユニ、クマも持ってきてあげてください」
【ユニシス】「あ、はい。……うわ、本当にフカフカだ。……ふあ、俺も眠くなっちゃうな、この手触り……」
【ヨハン】「はは、クマの代わりにあなたがいますか?」
【ユニシス】「じょ、冗談言わないで下さいよ! 先生がすれば」
【ヨハン】「そうですねえ……。アクアさんがもう少し、子どもでいれたならできるんですけどね」
【ユニシス】「……?」
【ヨハン】「……おやすみなさい、アクアさん」

○暗転。

深い深い、海の底。
クマも一緒よ。素敵な手触り。
ねえ、あなたもぎゅっとして。
きっと、気持ちがいいんだから。

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