「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

運命の夜

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○暗転。

その日、俺は珍しく寄り道をしないで、まっすぐ学舎から帰ってきた。
確か、十二か十三の頃。
リュートの両親が事故に巻き込まれて、あいつが荷物をまとめていた頃。
騎士っていったって、別に使用人がいるような家じゃない。
家具を処分して、金になりそうなものは売って、貸し借りがあったらクリアにして。
——そんなのホントは、子どもがやることじゃない。
だから、俺は早く帰って、着替えて、うまくしたら菓子をくすねて、あいつを手伝いに行ってやろうと思ってた。
リュートの家は近所が親切だから、本当は心配なんてしなくてもいいんだろうけど。
俺は行きたかった。
とにかく、行かなくちゃと感じていた。
だって、不公平じゃないか。
あいつは何も悪いことなんてしていないのに。
いきなり親父とお袋がいなくなって、家がなくなって、たいして知らない親戚のところに行くんだぜ。
あいつより頑張ってなくて、サボってて、適当に生きてる奴なんて一杯いる。
なあ、神様。そうだろ。
なんで、あいつにそんなことするんだよ。
俺は怒ってた。
その時、心の底から世界に対して怒っていた。走りながら。
(俺だけは、あいつをひいきする)
神様って奴があいつをいじめるなら、俺だけは、あいつの味方でいよう。
——だって俺は、幸せなんだから。

○一枚絵 アーク(子ども)廊下で両親の話を聞く。

【アーク】「ただいま……」

○アークの両親オフ会話です。

【母】「あなた、これ、どうかしら。アークのために、編んだのだけど」
【父】「ほう……相変わらずお前は器用だな。いいんじゃないのか」
【母】「最初は手袋にしようかとも思ったのだけど、あの子、すぐに大きくなってしまうのですもの」
【父】「はは、それは仕方ない。成長期なんだから」
【母】「でも、マフラーなんても子供っぽいって言われてしまうかも……。あなたの時はどうでした? 男の子ですもの、あなたの方がよくわかるのではなくて?」
【父】「そうだなあ、あの時分の頃は……。マフラーよりは新しい剣や、靴の方が欲しいだろうなあ」
【母】「まあ、どうしましょう! ああ、やっぱり編む前に聞いておけばよかったわ。明日、靴屋を呼んだほうがいいかしら」
【父】「まあまあ、そんなに慌てずに。いいじゃないか、素敵だよ、マフラー」
【母】「でも、これは降誕祭のプレゼントなんですもの。アークに喜んでもらえなかったら、意味がないわ」
【父】「喜ぶよ」
【母】「でも、最近アーク、私に冷たいわ……」
【父】「そりゃあ、しょうがない。そういう時期なんだから」
【母】「でも……」
【父】「こら、アークをみくびってはだめだよ。彼はちゃんとわかっているさ。君の優しい気持ちがね。嬉しくないはずはない。そりゃちょっと、憎まれ口は叩くかもしれないが」
【母】「……そうかしら……」
【父】「……何をそんなに自信を無くしているんだい」
【母】「……あなた。私、アークがかわいいですわ」
【父】「私もだよ」
【母】「大事な、大事な自慢の息子ですわ。……毎年の誕生日ごとに、本当にそれを実感するんです。『神よ、この子を私たちに授けて下さってありがとうございます』」
【父】「……」
【母】「でも……最近酷く夢に見て」
【父】「君が、そうして真夜中飛び起きるのは知っていたよ」
【母】「……不安なんです。あの子が私たちの前から、この家からいなくなってしまいそうで」
【母】「あの子の手足が伸びていくごとに。あの子が外の話を食卓で話すごとに。……あの子が、美しく、強くなっていくごとに」
【父】「……気にしないことだよ。それは、当たり前のことなんだから」
【母】「でも! でも、今のあの子を、あの子の本当の親が見てしまったら……。彼らはアークを連れて行ってしまうかもしれないわ!」
【父】「……お前!」
【母】「……私、最近思うんです。アークを閉じ込めてしまいたいの。誰にも見つからないように、この家の中だけに、私たちの傍だけにおいておけないかと思うの」
【母】「いけないこと、悪いことだと思っているの。でも、でも、私は耐えられないわ。もしも、もしも、もしも……!」
【父】「たとえ、そんな人たちがきても、アークは私たちをきっと親だと言ってくれるよ。私たちだってそうだ。今さら、渡すものか。……アークは私たちの息子だ」
【母】「あなた……」
【父】「子供を望むことができない私たちに、神はアークを下された。それを信じよう。……信じようじゃないか」
【母】「……でも、みんな疑い始めているわ。……アークは私にもあなたにも、似てないの……。いつか、あの子も……気づいてしまう日が来るのじゃないかしら……」
【父】「……」
【母】「誰かが、アークにその言葉を投げてしまったら、聡いあの子はわかってしまうのじゃないかしら」
【父】「……お前」
【母】「だってあの子、リュートを引き取りたいなんて言ったのよ。それって、ただの同情かしら」
【父】「友達だからだよ。それだけだよ」
【母】「……そう……よね」
【父】「そろそろアークが帰ってくるかもしれない。夕飯の支度をしよう」
【母】「……ええ」

○暗転。

離れないと。
——今すぐここを。
離れないといけない。……なかったことに。

○アークの足音。

【母】「……アーク? 帰ってきたの?」

○家を離れる足音の後、大通りへ。

【アーク】「はあ……はあ……マジかよ」

——すでに夕暮れ。大通りには買い物を済ませた人たちが溢れかえる。
その流れの間を縫って、リュートの家へ足を向けた。

【アーク】「……冗談だって。あんなの」

俺の話じゃない。アークって名前の、別の奴の話なんだ、きっと。
——首に下げた首飾りを握りしめた。
学舎に主席で入ったときに、両親がくれた首飾り。
それは古びた金のようなものでできていて、祝い品には相応しくない。
だけど、親父は「お前にとって大事なものだ」と、真剣な顔をして言ったのだ。
それが余りにも普段のふたりと違っていたから、酷く面食らった思い出がある。

【アーク】「……嘘に決まってる」

俺は自分の家に不満を持ったことがない。
そりゃ、ちょっとした気に入らないことや、むかつくことだってある。
お袋は時々鬱陶しいし、親父には殴られたことだってある。
だけど、嫌いだなんて思ったことはなかったし。
愛されていないなんて思ったこともない。
本当の親子かどうかなんて、疑ったこともない。
そりゃ、俺の髪も目も、ふたりのどっちにも当てはまらないけど。
あごの形や、爪の形も、ちっとも似ているなんて言われたことはないけど。

【アーク】「……っ……吐き気、する」
【リュート(オフ)】「アーク?」

○リュート(子ども表示)

【リュート】「……こんなところで何してるの? 今日、クラブがある日でしょ?」
【アーク】「……リュート」
【リュート】「あ、もしかして、僕のせい? 心配しなくてよかったのに。隣のロッテおばさんがね、ほとんどやってくれたんだ。でも、片づけすぎちゃって、フライパンもなくなっちゃってさ。あはは」
【アーク】「……」
【リュート】「……こういうところ、僕ってマヌケだよね。引っ越したらもっとちゃんとできるようにならないと、怒られちゃう」
【アーク】「……」
【リュート】「アーク? どうしたの? もしかして、具合悪いの?」
【アーク】「リュート……俺、俺!」
【リュート】「わっ、ど、どどど、どうしたの!? な、何かあったの? アークがいじめられるわけないと思うけど……。せ、先生にでも叩かれた?」

涙が止まらなかった。
リュートがあまりにいつもと変わらなくて、まるで何でもないかのように振る舞うから。

【アーク】「……なんでもない」
【リュート】「何でもないって……」
【アーク】「何でもないったら、何でもないんだ。それより、行こうぜ」
【リュート】「……どこに?」
【アーク】「メシ、まだなんだろ。俺んち来て食べろよ」
【リュート】「え、でも」
【アーク】「食えってば!」
【リュート】「……うん」
【アーク】「よし!」
【リュート】「ありがとね、アーク」
【アーク】「……俺が一緒に食べたいんだから、いいんだ」

○リュートの立ち絵、にっこり笑って、暗転。

——だって俺は、それでも幸せだから。
神様は全知全能のくせに、どこか適当で面倒くさがりで。
だから時々間違って、幸運を持ちすぎる奴に余計にあげて、必要な奴にあげ忘れる。
そして時折思い出したように、帳尻を合わせるんだ。
——それがきっと今日だっただけ。
(……絶対、言うもんか。一生、心の中にしまっておく)
神様の意地悪に屈してなるものか。
そんなものには、自分は負けない。
俺は幸せだ。……幸せでいるために守り続ける。
何も言わないこと、気づかないこと、それが今を守るなら、いくらでも鈍感になってみせる。……聞こえない振りをしてみせる。
リュートに慰められることなんて、ないように。
こいつはいつも他人を優先してしまうから。
泣く前に、周りを見渡してしまう奴だから。
だから、俺はこいつがいつか素直に泣けるように、幸せでいないといけない。
言てしまったら、気づかれてしまったら、ますますリュートは泣かないから。
——そんなの、不公平だから。
だって、俺には帰る家がまだあるのに。
泣こうと思えば受け止めてくれる人がいるのだから……。

○大通り。夜。

【リュート】「ねえ、アーク」
【アーク】「ん?」
【リュート】「……僕さあ、一年くらいでこっちに戻ってこようと思うんだよね」
【アーク】「え? 戻ってこられるのかよ」
【リュート】「うん、騎士院の試験に受かれば、寮に入れるから。勉強してみようかなって」
【アーク】「試験? お前、騎士になりたいの?」
【リュート】「やっぱり、受からないかなあ」
【アーク】「受かるだろうけどさ。……なんか、イメージ湧かねえや」
【リュート】「あはは、そうだよね。僕も湧かない。でも、お父さんはどんな仕事をしていたのか、気になるし……」
【アーク】「……」
【リュート】「早く、大人になりたいからさ」
【アーク】「……ふうん」
【リュート】「そうしたら、また遊んでね」
【アーク】「おう」
【リュート】「アークは何かなりたいもの、あるの?」
【アーク】「俺? 海賊」
【リュート】「あはは。まだ言ってる」
【アーク】「本気だぞ」
【リュート】「そうだね。きっとなれるよ、アークなら」

○暗転。

——その日、月は薄い三日月。闇に消えてしまいそうだった。
それでも白い光は俺たちの背よりずっと長く影を延ばして、俺たちはそれを踏みながら歩いた。
いつかこれくらい、大きくなる。
未来のことなんて、それまで考えたことはなかった。
——なかったけど。
(……大人になろう)
そう、思った。
どんな大人を目指すかはわからない。
でも、できるだけ強い、賢い大人に――「きっとなれるよ、アークなら」。
——きっとなってみせる。
友達の夢を叶えられるような、素敵な大人に。
運命の夜、そう決めた。
戦うことを。

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