「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

送り火

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

闇の中、一枚の札を燃やす。

○炎が灯る炎。暗転に灯り。

それは言葉を届けるためだ。海に沈んだ心を慰め、癒やす。
ざあん、とひときわ大きな音が響く。それは私の足下も揺らした。
古ぼけた小舟には私ひとり。
あたりに漂う数千の澱みが、今にも赤い袴を掴もうと、手ぐすねひいて待っている。

【葵】「……哀れじゃな。だが、私はおぬしらの苦しみをわかろうなどとは思わぬよ。その場にいない、時代が違う、同じ苦しみを味わうことは、絶対にできぬからな。だが……」

○一枚絵 札を灯す葵。

——またひとつ。ふたつ。みっつ。
札を燃やした。周りには薄衣に等しい結界が張られる。
奴らが本気を出せば、破ることはけして難しい事ではない守り。
ちりちりと境目が揺れた。
それは痛みを伴う。けれど、続ける。
呪は使わない。それを使うのは……本当に最後の最後だ。

【葵】「……伝えたいことがあれば、伝えようぞ。子孫に何を残したかった。どういう生を送りたかった? 国はどうあるべきだったか? 己はどう生きるべきだったか?」
【葵】「後に続く者、未来を生きる者に、恨み以外に伝えたいことが……あるはずだ。そうであろう。おぬしらは人だ。……過去にはせぬ。人であろう? 思い出すがよい」
【葵】「私の言葉が解るだろう? なら、……この白札に書き記せ。……なに、安心せい。……この札は特別だ。文字など知らずとも、おぬしの言葉は記されるのよ」
【葵】「……異界で学んだ技なのだよ。はは、そうさな……私はきっとおぬしらより……魔に近い……。だからこそ……」

○画面揺れる。渦巻く効果と、不吉な笑い声。

【葵】「……だめか! 触れるが共に焼き払え! 急々如律令!」

○白フェード、魔法効果と水の爆発。ちょっとタイムまちして暗転。

【葵】「やれやれ……」

○一枚絵 札を灯す葵。

【葵】「……難しいものよのう。時が経ちすぎると、やはり話し合いというものは上手くいかぬ。生ある数十年ですら、理解しあうことが難しいのに……百年千年ではな」
【葵】「……まだまだじゃ。……まったく、ひとり前には程遠いぞ。なあ、紅丸……」

懐には赤い小刀。もちろん、中身には何も宿っていない。
霊力もまだない。なにせ、私の代で作ったばかりだ。
毎日祈りを込めてはいるが、せいぜい小鬼を払うくらいの効力しかない。
日野平の家には『紅丸』以外にも宝刀がある。
紅丸程ではないが、一介の陰陽師や退魔師程度では触れる事すら許されないくらいの代物もある。
が、それでも私はこの小刀を持ち続けていた。
なぜかといえば、一言につきる。
(忘れないためだ)
神隠しから戻ってしばらく、私も呆然と日々を送るしかなかった。
私の時間と里の時間は二十年ずれていて、跡継ぎはひとりも生まれておらず(霊力がない)、日野平の家は瓦解寸前であった。
都の支援も切られ、宮家にも見放され……ここぞとばかりに魔につけこまれ……。
あばら屋に等しい本家を目にして、私は愕然とする事になる。
——最初に出迎えてくれたのは、私のひとつ上の姉だった。

○日本の海。立ちキャラ作ります。セピア処理回想。

【葵の姉】「……葵なの?」
【葵】「……どなたじゃ? 私の名は確かに葵と言うが。すまぬが、里の者であろうか? どうも、様子が違っていて入り口が見えんでな。案内を頼めればと……」
【葵の姉】「……本当に、葵なの? 私よ、桔梗よ。わからないの……?」
【葵】「……は?」
【葵の姉】「……二十年もあなた、行方不明で。どこで何をしていたの? 私たちは探して、探して……え? だけど……おかしいわ……どうしてあなたは、年を取っていないの……?」
【葵】「……桔梗姫? ……嘘であろう。桔梗姫は、私よりふたつ年上だった!」
【葵の姉】「……そうよ……葵は私よりふたつ年下で……一番年下で。一番力があって、選ばれて、私の夢を奪ったのよね……」
【葵】「……おぬし」
【葵の姉】「……だから罰が当たったんだと……思ってたのよ。こんな心醜い私だから、選ばれなかった。葵はいなくなった。霊力を失った……。日野平は神の恩寵を失った」
【葵】「……本当に……あなたは、そうなのか」
【葵の姉】「……ええ、信じたくない? でもそうなの。私は桔梗。そしてあなたは……まぎれもない葵なのね……」
【葵】「……たった一年にも満たない間だ。……二十年だと? 馬鹿な」
【葵の姉】「……着物が砂だらけね。裾もすりきれて。苦労したのね……」
【葵】「あ、それはその……一年着たきりだったのでな。はは。総領姫としての威厳にかけるな。申し訳ない。以後、気を付けます故。気にかけなさるな」
【葵の姉】「……そうよね。私はあなたにたくさん、意地悪した」
【葵】「……桔梗姫」
【葵の姉】「……でも、こう信じてはいけない? ずっと謝りたいと思ってた。……二十年、後悔していたの。だから、あなたは帰ってきたんだって……」
【葵】「……」
【葵の姉】「みんな、後悔したのよ。本当よ。だから、私たちからあなたを取り上げてしまったんだって……」
【葵】「姉上……」
【葵の姉】「……もう、どこにもいかないで頂戴」
【葵】「ああ、私は帰ってきた。……私の戦う場所はここだ。だからもう、どこにも行かぬよ」
【葵の姉】「葵……」
【葵】「……もう、逃げぬ」

○暗転。

連れられ、村に戻ってみれば、見知った顔は多かった。
だが、それらはすべて、当人の娘や息子であり、私を知るものはすでに少数派になっていた。
まるで夢の中に紛れてしまったような感覚。
アロランディアで目覚めた時と同じような気持ち。
——私だけ、違う生き物になったような……そんな不安。
現に私は恐れられた。私を知らない人々からも、知る人からも。
神隠し、年をとらない、紅丸の不在、大きすぎる巫女の力……。
悪霊払いをする程度の『普通』に成り下がった日野平の家は、私という異物を受け入れがたいようだった。
二十年の月日は重い。
私はそれをただ噛みしめた。紅丸の心を思った。
(ああ、あいつはこんな中でひとり戦っていたのか。何百年も)
——それは気の遠くなる痛みだ。
だが。

○村(日本家屋とか? 海じゃなければなんでもいいです)。

【葵の姉】「何を言っているの。葵は私たちの家の娘よ。追い出すなんて許さないわ」
【葵】「……姉上。
【葵の姉】「食い扶持が不足なら、私が稼ぐ。巫女の力は年を取って薄くなったけど……まだやれるわ。……やってみせるわよ」
【葵】「……」
【葵の姉】「紅丸がなくったって、構わないでしょう。元から私たちの力じゃなかったんだもの。たまたま、手に入れた力だったんだもの。実力じゃないでしょ?」
【葵の姉】「それは、この二十年……思い知ったことでしょ? ……そうじゃないの、みんな……? 私たちのせいなのよ。葵のせいじゃない……」
【葵の姉】「そうでしょう……?」

○暗転。

——ひとりではなかった。
——かつて私を一番嫌ったひと。
——けれど、一番会話した人でもあった気がする、そのひと。
血はつながらない。私よりずっと貴い腹から生まれたひとだ。
その人が私を今、助けてくれる。
(……のう、殺さないでよかっただろう? 紅丸)
いつかわかってもらえるなんて、甘すぎるとお前は言った。
ああ確かに。……私は甘くて、馬鹿で愚かだ。
けれど、今この時の喜びがあるなら、私はどんなに罵倒されても構わない。
愛することをやめようとは思わない。
——信じることをやめようとは、思わない。

○一枚絵 札を灯す葵。

【葵】「ととっ……?」

ふわり、と目の前に札が落ちた。
端に火がつき始めていたのを、私は素手で叩き消す。
一瞬の痛み。けれど、その程度の火傷など構わない。
ちりちりした痛みに顔をしかめ、私はゆっくり手を開く。

【葵】「……承ったぞ。きっと伝える」

月のない夜、星明かりだけではそこに何が書かれているかは解らない。
だが、これだけはわかる。
何千何万の恨みの中に、ひとつでも後悔があったこと。
人としての心が残っていたこと。
それを私に託してくれたこと。

【葵】「それが私、巫女の仕事じゃからな」

ヨハン殿に教わった魔法は、こちらでも何故か使うことができた。
巫女の力は再び私に宿り、むしろかつてより強大だ。
日野平の家は早晩、権威と地位を取り戻すだろう。
だが、退魔の一族としての栄光はもはや期待はできない。
私は血を残さぬつもりだからだ。姉上たちは怒るだろうが。
——でも、それが未来のためには一番いいと思う。
アロランディアのように、いつかこの国もなっていくだろう。
神秘は消え、人と魔と神の境目はどんどん薄くなっていく。
ひとつになって、同じ世界を生きていくようになる。
それは寂しいことかもしれないが、楽しみなことでもあるはずだ。
身分も区分けもなく、手を取り合い、笑い合える世界。
私はその可能性をあの国で見た。
プルート殿が選んだ道。騎士院が示した揺らぎ。
シリウス殿の言葉。少年少女たちの願い。……黒い騎士の選択。守るもの。
——神の国。
確かに私にとって、アロランディアは神の国だった。
桃源郷、と言ってもいいかもしれない。
ひとりの女として、人として、ただの葵として生きた、唯一の時。
巫女でない私が存在した、一瞬。
——二度と触れることはない。
けれど、私はそれを永遠に愛しもうと思う。
この刀はその証しだ。
——今度は式でなく、思い出を封じ込める。

【葵】「のう、私は元気でやっておるぞ。おぬしらはどうじゃ?」

○朝焼けの空。

海の彼方に語りかける。
夜明けは『境目』が一番なくなる瞬間だ。
果ての果て、光と闇の隙間。……海と空もひとつになる。
神も魔も人もない。
大きく息を吸い込んだ。
海の匂い。同じ匂い。
——つながっている。
(だから、未来を怖がらないで進め)
私も過去を恐れずに生きるから。

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