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恋愛小説家

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○補足 リュート十四歳です。
○暗転。

その頃、僕は十四歳になったばかり。
肌寒い春を抜け、初夏に差し掛かろうとする季節。
緑青々とした小道の奥の、小さな赤い屋根を目指して僕はいつも走った。
アークに見つからないように抜け出して、アークにばれないように、言い訳をして。

○慌てたような足音と、ドアの開く音。

【リュート】「わっ、たっ……」

○ベルの家の中(何か民家があれば……)。

【リュート】「……いたた、し、失礼しま〜す……」
【ベル】「ふああ〜、なんだい、うるさいなあ。……あ?」
【リュート】「お、おはようございます、ベルさん」
【ベル】「……なんだい、また来たの。熱心な騎士さんだね」
【リュート】「あ、えと、すみません。まだ見習いです」
【ベル】「あ、そうだったそうだった。帯剣してないもんね。まあ、私たちにとっちゃあんまり変わらないのだけどさ」
【リュート】「あの、今日は……えっと」
【ベル】「……」

○リュート、顔が真っ赤になって。

【リュート】「……じゅ、巡回警備を。……昨日もしましたけど……その」
【ベル】「……」
【リュート】「えっと……」
【ベル】「……ま、せっかく来たんだから、茶でも飲んでいくかい? あんまりおかまいできないけど。締め切りが近くてね」
【リュート】「あ、そうですよね。ベルさんは小説家でしたっけ」
【ベル】「そ。アロランディアは空気がいいって聞いてね。来たときは本当に世話になったよ。右も左もわからないからさ」
【リュート】「でしたよね。騎士院に怒鳴りこんで来たときはびっくりしました」
【ベル】「だってさあ、船旅で疲れているところに、やれ記録だ、入国証はってうるさくてさ。役所仕事は嫌だねえ。ま、あんたがいてくれて助かった。騎士もあんたみたいなのばかりならいいんだけど」
【リュート】「あはは、プライド高い人が多いですからね。観光に来る人が最近になって急に増えたから、戸惑っているというのもあります。すみません」
【ベル】「いや、あんたに謝られる事じゃないのだけどね。ま、女のひとり暮らしは確かに物騒だ。あんたの負担にならない程度に、よろしくね。……さてと」

○椅子を立つ。

【リュート】「あ」
【ベル】「そのお茶うけ、結構旨いから、なんだったら土産に持っていくといいよ。なんだっけ、アーク? 幼なじみにでもさ、分けるといいよ。ふふ、ちゃんと仲良くするんだよ。ケンカはよくない」
【ベル】「それじゃ、ゆっくりしてって。私は仕事だ。じゃあね」

○ベル消える。

【リュート】「……」
【リュート】「……はあ……ダメだ、全然相手にされてないっぽい」

ベルさんの入れてくれた『コーヒー』をズズ、とすする。
アロランディアにはない飲み物だ。
彼女が大陸からこの島にやって来る時に持ち込んできたらしい。
執筆活動には欠かせないものなんだそうだ。
——正直、あまりおいしいとは思えない。
紅茶とは明らかに違う苦みに、最初に口にしたときは吐きそうになった。
僕のなんとも言えない顔にベルさんは笑って、盛大にミルクと砂糖をぶちこんだ。
確かにそうすると甘くて飲みやすくなったけど、僕はなんだかくやしくて、以降は頑なにブラックで頂いている。
——やっぱりおいしいとは思えないんだけど。

○時計の音。

チクタクと時間を刻む鳩時計。
ここでの時間は、騎士院よりゆっくりと進むような気がする。
人のざわめきと剣を合わせる響き、もちろんそれは僕の寂しさや退屈を紛らわせてくれるけど、満ち足りた気持ちにはさせてくれない。
けれど、ベルさんの家にはそれがある。
——なんでかって、そんなのは、もうわかってるんだけど。
僕よりずいぶん年上の、理知的で綺麗な女の人。
そういう人に、僕は参っているだけなのだ。……恋をしている。

【リュート】「……また来ます」

○一枚絵 ベル執筆中。

ベルさんは執筆中、何も聞こえなくなる人だ。
相当の物音を立てない限り。
睡眠時間も不規則で、寝ている時もあれば起き続けている事もある。
——だから、別れの言葉はいつも独り言みたいになる。
ベルさんが命をかけてする仕事を邪魔したくはないから。

○ノックの音。

【配達人】「イザベルさーん、郵便でーす。……って留守かな、またー?」

○ドアを開ける音。

【リュート】「あ」
【配達人】「あれ、騎士院の人? なんでここに」
【リュート】「わ、え、えっと……」

帰るつもりでドアの前にいた。まずい、出るんじゃなかった。
変な噂を立てられるかもしれない。
田舎でのひとり暮らしは何かと面倒なことが多いから。
それくらい、わかっていたはずなのに。
(言い訳を)
けれど、そんなスラスラと嘘がつける程、僕に人生経験はなくて。
ただ、配達人のいぶかしんだ顔が、ゆるゆると破顔して納得したように縦に揺れるのを、見ているだけしか……できなくて。

【配達人】「うんうん、でも丁度よかった。タイミングが合わないのか、ちっとも手紙を渡す事ができなくて、困っていたんだ。これ、ここの女主人に渡してくれる?」

そう言って、真っ白い封筒を押しつけられる。
少し角張った、固い筆跡でそこにはベルさんの名前が書かれていた。

【リュート】「あの、でも、僕」
【配達人】「それじゃ、頼んだよ。頑張れ、あっはっは!」
【リュート】「……!」

ぽん、と頭を気軽に撫でて、配達人は足取りも軽やかに家から離れていく。
——それを呆然と見送って、慌てて扉を閉じた。
(うわあ、誤解された)
——いや、誤解というか、本当のことを言い当てられた気もするけど、誤解ということにしておきたい。
こういう時、僕はもっと大人になれたらと思う。
嘘が上手につけるようになりたいと。
——ため息をついた。
今さらどうにもならないから、僕はさっさと役目を終えようと、もう一度家の中へ足を踏み入れた。

○ノックする。
○一枚絵 ベル執筆中。

【ベル】「ふああ〜、あれ、リュート。まだいたの。仕事、大丈夫なの?」

はい、とそっけなく、ベルさんにその白い封筒を差し出した。

【リュート】「すみません、長居しちゃって。帰りがけに、郵便を受け取ってしまって、ベルさんに渡さないとまずいと思って……」

そう、何の気もなく、普通に。
あたりに漂うコーヒーの香りの方が、むしろ僕には気になったくらいに。
けれど、その手紙は一瞬で、僕の勘違いを気づかせた。

【ベル】「あたしに手紙? 馬鹿な」
【リュート】「……」

心底驚いたように、ベルさんは声を荒らげる。
(……どういう意味だろう。……ベルさんみたいな仕事の人には、ファンレターとかよく来たりするんじゃないのかな)
意外な反応に、僕はつい差出人を確認しようと手紙を裏返した。

○画面揺れる。手をはたくような音。

【リュート】「っ」
【ベル】「っと……ごめん、リュート。い、痛かったかい?」
【リュート】「い、いえ。……ごめんなさい」

手紙を取り上げられた。
——ベルさんの爪が僕の手の甲を少しひっかいて、赤くなる。
それはたいした痛みじゃないはずなのだけど。

【リュート】「……誰からですか?」
【ベル】「……古い友人だよ。でも、もう関係がない。……今さらさ」

○燃える音。

【リュート】「……!」

ベルさんはマッチを手早く擦ると、皿の上でその手紙を燃やし始めた。
薄い紙切れはあっという間に形を変え、その存在を消していく。

【リュート】「……読まなくてよかったんですか?」
【ベル】「ん? ああ、中身なんてどうせわかりきっていることだから。いいんだよ」
【リュート】「……」
【ベル】「ああ、リュート。今度来る時、煙草を買ってきてくれない? いちいち街に出るのは面倒でさ。これ、お金」
【リュート】「それはいいですけど……吸うんですね、煙草なんて」
【ベル】「そうだね、やめておいた方がいいんだけどね」
【リュート】「……わかりました。買っておきます」
【ベル】「よろしく。じゃあ、お仕事頑張って。騎士様」
【リュート】「……はい」

○ドアが閉まり、暗転。

——それから。
僕は二日おきに煙草を買い、二日おきに手紙を受け取った。ベルさんのかわりに。
手紙の筆跡はいつも同じ。……差出人は書いていなかった。
(……だったらどうして、ベルさんは中に書いてあることがわかったんだろう)
ベルさんはいつも読まずに手紙を燃やした。
長い睫を赤く染めて、じっと燃え尽きるのを待っていた。
瞳の奥で何を炎に見ているのか、僕にはカケラもわからない。
夏も近い季節、小さくても炎が生まれると、部屋はひどく暑さを増す。
——心の中もチリチリ揺れる。
宛名の筆跡はどんどん崩れていく。
——急げ急げと、せかすように。
僕は、早く手紙が届かなくなればいいと思い始めていた。
そして、また。

○ドアのノック。

【配達人】「やあ、よく会うね。またよろしく」
【リュート】「……はい。そうですね」

僕は、手紙を受け取った。……これが最後であればいいと願いながら。

○ベルの部屋。ドアが開く。

【リュート】「……ベルさん、手紙です」
【ベル】「……ああ、ありがと。リュート」
【リュート】「それとこれ、煙草」
【ベル】「うん」
【リュート】「その銘柄なんですけど、船便が遅れているそうで、それが最後なんだそうです。どうします?」
【ベル】「……ああ、そうなの。じゃあ、なんでもいいわ。……いや、待って。……やっぱり、やめておく」
【リュート】「買わなくていいってことですか?」
【ベル】「うん。……根負けね」
【リュート】「……」
【ベル】「リュート、ペーパーナイフ取ってくれる?」
【リュート】「え、読むんですか」
【ベル】「そうだよ」

ベルさんの表情は変わらず穏やかだ。
特別なことなど何もない、という風にペーパーナイフで封を切る。

【リュート】「……何が書いてあるんですか?」
【ベル】「……」
【リュート】「ベルさん?」
【ベル】「……ああ……死んだのか。馬鹿だね。……案の定じゃないか」
【リュート】「……」
【ベル】「……ふふ、気になる? 読むならどうぞ。たいしたことは、本当に書いていないんだ。……帰ってこいってだけなんだ」
【リュート】「……差出人は?」
【ベル】「……私の兄だよ。親友が死んだから、葬儀に来いと言うんだ。まったく、勝手に生きて死んだのだから、放っておけばいいのにね。第一この島から大陸に戻るのに、どれだけかかると思ってるのやら。もう日取りは過ぎてる。ははは」
【リュート】「……ベルさん」
【ベル】「……ああ、でも、馬鹿度でいうなら私の方がずっと馬鹿だけど。……ただの、許しを乞う手紙だと思っていたよ」
【リュート】「……」
【ベル】「……私を捨てて旅に出た。そんな恋人の言い訳など聞きたくないじゃないか?」
【ベル】「……卑怯な男でね。都合の悪いことはいつも私の兄に頼むんだ。……でも死体なら何も言わない。もっと早く、封を切っておくべきだったね」
【ベル】「……切っておくべきだった。そうしたら、間に合ったのかもしれない」

○一枚絵差分。涙

【ベル】「……大馬鹿だ」
【リュート】「……」
【ベル】「……ごめん、ひとりにしてくれないか」
【リュート】「……」
【ベル】「……ひとりで泣きたいんだ」
【リュート】「僕じゃ、だめですか」
【ベル】「……リュート」
【リュート】「僕じゃ、その人の代わりにはなれないんですか。僕だったら、その人よりずっとあなたを大事にするし、幸せにする。ベルさんがどこかへ行くなら、どこまでだって着いていくし、守るよ。約束する。あなたより先に、死んだりもしない」
【ベル】「……」
【リュート】「……僕は、あなたが」
【ベル】「……良い子だね。リュート」
【リュート】「……ベルさん」
【ベル】「あんたは本当にいい子だ。……純粋で、可愛い。でもね、ずるい」
【リュート】「……」
【ベル】「あんたはただ、ここから出ていきたいだけだ。アロランディアから、騎士院から、あんたの友達から」
【リュート】「……っ」
【ベル】「私にかこつけて、逃げたいだけだ」
【リュート】「そんなこと、ありません!」
【ベル】「……」
【リュート】「……僕は、ただ」
【ベル】「……ごめん。言い過ぎた」
【リュート】「……」
【ベル】「……ごめん」
【リュート】「……ベルさん。僕が子どもだから、そんなことを言うんですか。僕が大人で、その人と同じ年だったら、違うんですか。だったら、待っていて下さい。すぐに追いつくから。きっとあっという間だから……!」
【ベル】「……ねえ、リュート。……私はあんたが好きだよ」
【リュート】「……っ」
【ベル】「そうだね、たとえば私があんたと同い年で、あいつに出会う前だったなら、きっと受け入れたよ。……どっちがいい男かって言ったら、きっとあんたさ」
【ベル】「……でも、ダメなんだよ。あんたと私ではきっとダメなんだ。……なぜって、知っているからね。私にも十四歳の頃があったから。今、時間はあっという間に過ぎ去って、何の感慨もなく終わっていく、無限にあるもののように思うだろうけど……」
【ベル】「……五年、十年たったら、きっとわかる。あっという間だと思うその時間が、かけがえのないものだったと」
【リュート】「……ベルさん……」
【ベル】「……あんたの十四歳の恋に、私を選んでくれてありがとう。大丈夫だよ。きっといつか、現れるさ。……あんたにとっての運命の人が」
【ベル】「いい男の恋物語っていうのは、そういう風にできているものだからさ」

○暗転。と共に潮騒の音。

——その数日後、彼女は海をもう一度渡った。
原稿用紙と苦いコーヒー、万年筆だけを持って。
愛しい人が待つ国へ。
離ればなれになってもふたりの絆はとても強くて、僕が入り込む隙はきっとなかった。
それでも、僕は憧れた。
涙を流し、恋人の死を悼む彼女の横顔に。
手に入れられないとわかっても。

○ベルの家。

【リュート】「……さすがベルさん。すごいとっちらかりっぷり。……何か重大な忘れ物をしていないといいけど」

鍵はいつも開きっぱなしだったベルさんの家。
注意しても、全然直らなかった。
だから、僕はずっと同じ口実を使い続けていられたのだけど。
久しぶりの本当の巡回。
——本当は通り過ぎたい気分だったけど、仕事は仕事。
入ってしまえば、なんてことはなかったけど。

○物音。

【リュート】「わっ、とと……しまった。本、落としちゃった。思いっきり積んでるんだもんなあ……もう。よいしょっ……あれ?」

○一枚絵 原稿用紙。

ベルさんがいつも座っていた机と椅子の間に、原稿用紙の束がひっそりと滑り落ちていた。
クリップで留められたそれに綴られたのは、間違いなく彼女の字。

【リュート】「うわ、まさか完成原稿を置いていっちゃったとか? いくらなんでも、すごいもの忘れすぎだよ。……ど、どうしよう……」

埃にまみれたそれをめくる。
十数ページだが、やはり原稿のようだ。
となると、どうにかして送ってやらないといけない。
しかし、住所は聞かなかった。

【リュート】「あ、そうか。出版社に送ればいいのか。ベルさんの本、どこかにあるかな?」

あちこちに散乱する資料の山。きっと探せばあるだろう。
どんなものを書いているのか、僕は時々彼女に聞いた。
『いろいろ』という返事しか帰ってこなかったけど。
アロランディアは周りを海に囲まれた島国だから、本は結構貴重で、気軽に買えるものじゃない。
だから、ベルさんの本を読む事はついぞできなかった。

【リュート】「……」

目の前の原稿用紙。最初のページをめくる。
(……別に、読んだっていいよね。そのうち発表されるものなんだし)

【リュート】「……え」

つらつらと読み進めるうちに、奇妙な感覚に陥った。
登場人物の少年、それはどこかで覚えのある人。
口癖、仕草、そして彼女と最初に出会った日の言葉。

【リュート】「……これ、僕じゃ」

背中にどっと汗が流れる。
女の子が読みそうな、純粋な男の子と女の子のラブストーリー。
もちろん現実とは相当違うし、ところどころに言った覚えのあるニュアンスがあるだけだ。
それでも、居心地の悪い感じは否めない。
ヒロインの女の子はちっともベルさんに似ていないし。
もう読まない方がいい、という心の声に抗って、手はページをめくっていく。
物語としてはたぶん面白いんだけど。
——だけど。
少女と少年の物語はクライマックスに向かう。
結ばれる瞬間。
(まさか、あの時のも書いてあるんじゃ)
怯えながらページをめくった。
そこには——「ごめんね!」。

【リュート】「……」

たった一言、彼女の字がすべてを塗りつぶすようにして書かれていた。

【リュート】「……はあ……まいった」

思わず、床に座り込んだ。埃にまみれても気にしない。気にすることもできない。
カラカラに乾いてすぐにも燃えてしまいそうな紙の束。
彼女は書くのが生業だ。
だから、あの日々は彼女にとってはいい『取材』だったのかもしれない。

【リュート】「あはは、女の人って怖い」

首をすくめてその束を空中に放った。
留め金がはずれて、それは部屋中に散らばる。
どうせ片づけるのは自分だから、もういいやって。
(だけど、最後はちゃんと恋ができてたのかな)
あの時僕の頬に触れ、ありがとうと言ってくれた。
細い指から伝わるぬくもりと匂い。
——僕は彼女が好きだった。
きっと彼女も、ほんの一瞬……あの時だけは。
——「きっといつか、現れるさ。……あんたにとっての運命の人が」
それは、予言だったのかもしれない。

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