「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

Three years after.

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○暗転。

君を力一杯抱きしめた。
三年は長かったね、と思う。だって背がとても伸びてる。
僕も伸びてたから、本当によかった。
並んで低いと格好がつかないでしょう、恋人同士としては。
右手の星は相変わらず。
特別な意味はもうないから、別に付いていても構わないんだけど、個人的には嫌な感じ。彼女が今でも手の届かない、特別な人になってしまいそうな気がして。
それはくだらない嫉妬だけど、君が選んだ男はそういう奴なんだから仕方ないでしょ。
——ずるいかな?
そんな開き直り、昔の僕なら確かにしないね。
だって嫌われるのは怖いから。
今だって怖いよ。恐れている。けど、もう知っているから。
嫌われないように生きたって、好きな人に好かれるわけじゃないって。
——だから今の僕は、好きは好きと、嫌いは嫌いとちゃんと言おうと思ってる。
もちろん、僕なりのトッピング、アイスクリームにつけるアーモンドみたいに、口当たり優しいやり方を施して。
あの時アークに覚えた怒りと憧れ、それをちゃんと見つめた結果の処世術。
嫌な大人になったかな? ……そう思う人もいるかもね。
でも、君がわかってくれるなら、人に何て言われても構わない。
——いや、ちょっと嘘かな。もうひとりいる。
今の僕を認めてほしい、わかってほしい、会いたい、取り戻したい、ひとり。
僕の親友。
彼は今の僕を見て、何て言うだろう。
——どんな目で見るだろう。
勇気をくれる? 手を握って、君の強さを分けてくれ。
もう二度と逃げられないよう、きつくきつく戒めてくれ。
——行ってくるよ。
物語は、それでやっと終わるんだから。

○アークの家。

【リュート】「さて……どんな顔でまず、玄関に立とう?」

彼女に教わったアークの居場所。
週末のお昼はいつもアークが作るという。
赤い屋根と真っ白な壁。扉にはおばさまが作ったと思われる季節のリース。
ポストには小さな風見鶏、古びてカラカラと鳴るそれは、思い出の中の風景と一緒だ。
アークの家族は温かくて優しい人たちだ。
僕の父と母が死んだ時も、一緒に涙を流してくれた。
騎士院試験を受ける時の後見人を引き受けてくれたのも、あのふたりだ。
——だから、アークと同じくらい顔を合わせるのが怖い。
優しい人を裏切ったのは僕だから、それは甘んじて受けるけれど……。
年老いた人にいらない怒りを覚えさせて、心を乱すくらいなら、ここで引き返してアークがひとりの時を狙った方がいいような気がする。
けど、今の僕はダリス国の兵隊の身分だ。
シリウス様の近従として、色々仕事も任されている。
そう長居ができる身分じゃない。
今回だって、たいした仕事じゃないのにムリを言って代わってもらったのだ。
クギも無論刺されている。『せいぜい三日だよ、リュート』と。
——となると、やはりチャンスは今日だけ。明日になればアークは騎士院に戻る。
今のアークは階位がひとつ上がって、白煙の騎士になったそうだ。
となれば、日常の業務は格段に増えたはず。
それを邪魔するのは忍びない。
——だから、今しかない。ここまで来たんだ。
応援だって一杯もらった。女の子たちの優しい後押し。
『大丈夫だ』と言ってくれた。
けれど、女の子だからきっとわからないかな。
——男はね、女の子の大丈夫って、年をとれば取るほど信用しないものなんだよ。うん。

【リュート】「……でも、いつまでも立ってるだけじゃただの不審者だし。……行くしかないか」

薔薇の蔓が絡まった門扉に触れ、二歩三歩。
最悪の事態に備えるために、昔の事を思い出す。
暗い石の壁、赤い血が流れた。
——錆びた鉄の匂いと、彼女の涙、そして君の哀れみを。
僕はあの時ほど、自分をみじめに思ったことはなかったよ、アーク。
——人生最悪の日。そして、最良の日。
あの一瞬を今日は超えるだろうか。
(それでも、僕は君に会いたいと願う)

【リュート】「よし、笑顔だ」

——あの頃を思い出して、笑顔で会おう。
そう決めた。

○アークの家。ベルが鳴る。

【アーク】「へーい……へい! ちょっとまちなーー?」

そのあまりにも無防備な声に、思わずびくりと肩を鳴らした。
——久しぶりに聞く、懐かしいそれ。
アークの家の間取りを思い出す。広めの玄関ホール、吹き抜けの階段。
おじさまの趣味のステンドグラス。
使用人は確かふたり。でも、平日だけだった。
確かそれはおばさまの要望。『休日くらいは家族水入らずで、私がふたりの面倒を見たいのよ』……なんて。
アークの部屋は南向き、中庭に面した二階の端。今は変わっているのかな、もしかして。寝ぼけた声がちょっと近かったけど。
カタカタ、階段を下る音。あの足音はやっぱりアークだ。
寝起きが悪くて、面倒そうな……けれど、どこか抜き足差し足、猫のような……。

○一枚絵 アーク扉を開ける。使い回しできるかな?

【アーク】「ふああ、郵便屋か? 新聞屋か?」
どっちにしろ、てきとーにポストに入れといてくれりゃ……って……」
【リュート】「……ごめんね、郵便屋でも新聞屋じゃなくって」
【アーク】「……」
【リュート】「……」
【アーク】「……」
【リュート】「……あれ、もしかして、わかんない? 僕のこと……」
【アーク】「……いや……わかる……けど……」
【リュート】「あ、そう……じゃあ……その……」
【アーク】「……」
【リュート】「ええと……た、ただいま?」
【アーク】「……!」

○扉が閉まる。

【リュート】「わっ……?」

鼻先をかすめて扉が閉まり、その中でゴンガンと鈍い音がする。
転んだらしい。そしてそれに巻き込まれた何かの、哀れな金属音。……傘立てか何かかな。それがひとしきり鳴り終わると、しん、とした沈黙が訪れた。
小さくノック。
——反応がない。
——中くらいにノック。
——ノーリアクション。
(うわ。……もしかして、全然とりつくしまもないのかな)
ずーん、と一気に心が重くなる。
自分がアークにしたことを思えば、おかしくない行動ではあるけれど。
——でも、心のどこかで妙に信じていた。
三年の時間がすべてを流して、元の通りになるんじゃないかって。
自分がそう思ってるから、彼もきっとそうじゃないかって。
だって、世界で彼の才能を一番最初に認めたのは僕だから。
だからあの頃の僕はそれに嫉妬し、同じになれない自分に苛立って、裏切り、涙と痛みを味わったんだ。
でも、アークだってあの頃僕に対して『そう』だったはずで。
だからこそ、壊れるまで信じ続けていてくれたはずで……。
でも、この拒絶はそれをすべて否定する。
——すべての放棄。
さすがにそれは、予想してなかった。
僕にとってはかけがえのない思い出。でも、彼にとっては違ったのか。
——一生癒えない傷でしかないのか。
だとしたら、僕にできることは。

【リュート】「……ごめん。二度と顔は見せないよ」

ため息を押し隠してそれだけを呟く。
そうしたら。

○扉が開く。

【アーク】「誰がそんなことしろって言ったあ!」
【リュート】「わあっ!?」
【アーク】「ただ、顔洗ってきただけだろ! お前ならわかるだろう! 休みの日は俺はこの時間寝てるって!」
【リュート】「……ああ、そういえば」

扉を開けた時のアークはいかにも起き抜け、寝癖満載だったけど、今はちょっと直ってる気がする。
——そういえば少し背も伸びたかな。自分も伸びているから、よくわからないけど。

【アーク】「……ったく、突然すぎるんだよ。戻ってくるなら、戻ってきますって一言入れんのがスジだろ。ったく」

ずいぶん不可能なことを言う。今まで自分はダリスにいたのだ。
そうホイホイ気軽に連絡が取れるほど、大陸とこの島は近くない。

【リュート】「……はあ、ごめんなさい」

でも、つい反射で謝ってしまった。
アークの決めつけ口調にはなんか逆らえないものがある。
(……ってアレ? いやいや、それじゃだめでしょ、僕)
三年でだいぶ『自分』が出せるようになった。
それを証明するためにここに来たのに。

【リュート】「あの、でもねアーク。今、僕はダリス軍で働いているから、そう気軽に他国の人に私文書を出すっていうのは難しくて……」
【アーク】「あ? なに、お前まだシリウス様んトコいんの? コキ使われるだけだろ。はやいとこ辞めちまえよ」
【リュート】「え? いや、シリウス様はよくして下さるよ。こう、人生の恩人というか、師匠というか……」
【アーク】「えーーー、本気で言ってる、それ? 根っこから貴族だからな。あいつ」
【アーク】「仕事はアバウト、大味なのが当たり前。自分のことは人のせい、他人の事は他人のせいになってねーか?」
【リュート】「アークは誤解しているよ。あれでシリウス様、結構ちゃんとしてるんだよ。上司としてはアレだけど、男としては割と尊敬できるというか……」
【アーク】「……お、本音が出たな。仕事上はやっぱりウザいと思ってるんじゃん」
【リュート】「うっ……そそそ、それは……」
【アーク】「言いつけてやろうかなっと♪」
【リュート】「そそそ、それはやめて。絶対、お願い。僕の首が飛ぶから」
【アーク】「ふふん、それはお前の態度次第」
【リュート】「……アーク〜」
【アーク】「……で、何しにきたの。お前」
【リュート】「……」

直球ストレート。グローブを構えるヒマもない。
——昔に戻ったような態度はフェイク?
息を飲む音さえ聞こえそうな、静寂。ふたりの間には美しい木漏れ日。
——視線が合った。
そこには何の感情も読みとれない。
——ただ感じるのは、アークから言葉を繰り出す事はもうないってこと。
そして猶予は、あと、一秒。

【リュート】「会いに来たんだ」
【アーク】「……それで?」

精一杯に投げ返したそれを、あっさり受け止め、投げ返す。
『……試合続行はOKだ、けどつまらなかったら即帰るぜ』。
視線は伝える。……アークの言葉。
伊達に数年、親友やってたわけじゃない。
相手もそれはわかってるんだ。
試されてる。

【リュート】「……それだけじゃ、ダメだった?」
【アーク】「それじゃ、目的は達成したな。俺の顔が見られて万々歳。お疲れ様。……本望か? んじゃ、バイバイな。そういうことで」

○扉を閉めようとする。

【リュート】「アーク!」
【アーク】「……」

○扉ギギとなる。

【アーク】「離せよ。指、扉に挟むぞ」
【リュート】「……アーク。そうやって、悪者になろうとするのはやめてくれないか。君のその偽悪的なところ、僕は好きじゃない」
【アーク】「悪者? 偽悪的? どこがだよ。本心だ」
【リュート】「違う。そんな嘘が今さら僕に通じると思ってるの?」
【アーク】「……」
【リュート】「……殴りたいなら殴れ。罵倒するなら好きなだけしろよ。終わりにしたいなら、それでもいい。君がそれを望むなら。
【アーク】「……」
【リュート】「……でも、僕は君を目指してここに来た。……それだけは、覚えていて欲しい。君は僕のあこがれだよ。アーク。それだけ」
【リュート】「いつでも願ってる。君が君らしくいられること。……それだけ、知って欲しいだけだったんだ。……さよなら」

これがお終いの日なら、それでもいいよ。
——望みすぎただけだなんだから。

○暗転し、リュートが家から離れる足音。ちょっとタイムまち。

【アーク】「……おかえり」
【リュート】「……え」

○扉の閉まる音。アークの家の前。

【リュート】「……」

振り返っても、アークの姿はすでになく。足音さえも僕の耳には届かない。
でも、確かに耳に残るその一言。
僕が最初にアークに投げた、一言へのアンサー。

『ただいま』
『おかえり』

——信じてもいいかな。

【リュート】「……僕たちはまた、親友になれるよね」

元通りなんて望まない。ゼロからのスタート。
僕は何度でもここに来よう。
君に遊ぼうって声をかけよう。
野球のバット、サッカーボール、テニスラケット、釣り具に撒き餌、君が好きな遊びを用意して。
十七年かけた。だったらもう十七年かければいいじゃないか。
——僕はまた、君と友達になりたい。
君の一番の誇れる友達になりたいんだ。

【リュート】「また、来るね。アーク」

○去る足音
○一枚絵 アークが自転車に乗って立っている。

【アーク】「また、じゃねーだろ」
【リュート】「……は?」
【アーク】「……また、なんざ、待ってらんねーよ。お前はすぐ物事を後回しにする。そういうの、よくねーぞ。お前の悪いところだ」
【リュート】「……アーク……?」
【アーク】「……ちまちまするのは、性にあわねーんだよ。ほれ、ラケット!」
【リュート】「わっ! 突然、投げないでよ! あ、危ないなあ!」
【アーク】「よーし、勘は鈍ってねーみたいだな。んじゃ、走ってコートを占拠だ。早くいかねーと、ガキ共に占領されるかんな。急げよ!」
【リュート】「走ってって……今から遊びに行くつもり?」
【アーク】「それ以外の何があんの?」
【リュート】「何がって……」

あんぐり。……まさしくそんな感じ。
なんだよ、この急展開。

【アーク】「俺からワンセット取れたら、全部チャラにしてやるよ。ま、できねーだろーけど」
【リュート】「なっ……そ、そんな賭け事みたいなことは嫌だよ。不謹慎だ」
【アーク】「んじゃ、ぜーーったい許さない。お前が騎士院に帰ってきてもシカトな」
【リュート】「なっ……い、陰険って言うだろ、そういうのは! 恥ずかしくないの!」
【アーク】「陰険上等。出世するにはそれくらいじゃないとな。見てろよ、そのうちソロイ様も出し抜いて、銀円になってやっからよ。んで、変える。全部」
【リュート】「アーク」
【アーク】「……ま、嫌ならいーよ。嫌なら。ふふん」
【リュート】「ぐ……わかったよ、やればいいんでしょう、やれば! 言っておくけど、今の僕を三年前と侮ったら後悔するよ!」
【アーク】「そりゃ楽しみだ。んじゃ、まずはどっちが先にコートに着くかで勝負するか。そんじゃ、お先〜!」

○自転車と共に去る。

【リュート】「あっ、ちょっと、ズル……! 勝てるわけないだろ、自転車相手に! もーーー!」

○暗転。

夏の青い空の下、走ると熱気が体の奥の奥まで染みた。
——今の僕にはそれがとてもありがたい。
水分すべてが蒸発してくれ。
そうしたらきっと、流れないから。
——涙なんて。
今日の日が終わるまで、ずっと笑顔のままでいさせて。
ハッピーエンドには、笑顔しかきっと似合わないから。

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