8/13[C100]土曜日/東ヘ-07bwebカタログ

指輪

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

手がかりは、私が初めて作った『金』。
天然のものとはやはり違う、銀に近い、その薄すぎる色合い。
成分は確かに本物と変わらないのだけど、偽物はやっぱり偽物だということか。
それでも初めて練金に成功したのは、奇跡としか言いようがなく、私は大事にそれを箱にしまった。

○一枚絵 ヨハンのロケット

それがこの世に再び出たのは、私と一緒に生きてくれると言ってくれた彼女のため、結婚指輪を作った日。
当時の私にできる、精一杯の贈り物。小指サイズの精一杯。
美しい宝石も、本物の金銀も彼女のために用意することはできなかったけれど、その輝きは確かに私と彼女を結んだのだった。
――そして、私はそれに甘え、すべてを置いてきぼりにした。
だから、報いは当然。
彼女がいなくなることは。
たったひとりのかけがえのない命を連れて、私の元を去ることは。
それを恨みに思ったことは一度もない。
だから、思ったのかもしれない。
戦火に追われ、どこかへ逃げなければならないと悟ったとき、彼女が辿ったであろう軌跡をなぞってみようと……。
二度と会えないことは知っていた。……生きていたとしても、会えるはずもないし。
それでも、置き手紙があったから。
指輪はどこにもなかったから。

○暗転。

ロケットの中の肖像画は、微笑んでいたから。
私は、船に乗ったのだ。

○港。

【ヨハン】「よいしょっと……。やれやれ、ちょっと買いすぎましたかね。ユニに怒られる」

目の前には大きくふくれた革袋が三つ。
すべて魔法の材料だ。
月に一度着く船便。最後になるかもしれない、となれば買い込んでしまうのも仕方はなかろう。
もうすぐ『星の娘探索』は終わりを告げ、ほどなく『選定』が始まる。
魔法院を司る長として、それを忌避することはできない。
そもそも、私はそのためにここにいる事を許された。
だが、個人としては思う。
(意味のないことです……)
子どもらしい夢想といえよう。自分は外の世界を知っている。
どんなに抗おうとも、いずれ変化はやってくる。
今、ソロイが自分に命じてさせている事も、変化のふたりだ。
どんな理由をつけようとも。
(でも、交換条件で研究もさせて頂いているわけですから。――おあいこですよね……)
魔導師である以上、己の目指す真理に一刻でも早く近づきたい。
そう願うのは当たり前だ。
魔導師の言い訳。だから、魔法院は神殿の傘下でいられる。
この三つの革袋とて、個人で買える額ではない。

【ヨハン】「はあ……働くって大変だなあ……」

そんな決まり切ったぼやきを空に吐く。
世捨て人になれる財力があればと思うが、もう人を傷つけるモノは作りたくない。
それはすべて置いてきた。
(あの場所に捨ててきた……)

【アーク】「あれっ? 先生じゃん。めずらしー、あんたを外で見かけるなんて」
【ヨハン】「あ……アークさん」
【アーク】「なに、買い出し? ユニシスにやらせればいいのに。すげえな、その荷物。買いすぎだろ」

騎士院の制服をきた、精悍な少年。
名はアークと言う。
本人も自覚があるだろうが、結構な有名人である。
今もあちらこちらから、視線が私と彼に集まる。
正確に言うと、彼が話している誰かに興味がある、というところか。
院の試験を歴代で初めて満点合格した、神童。
しかし性格は……あきらかにそれを鼻にかけ、ことある毎にトラブルを起こす。
有能ではあるが、困った奴。
それが世間的な彼の評価だ。

【ヨハン】「そうですねえ……確かに買いすぎました。馬車でも拾いたいところなんですが、あいにくみんな出払ってて」
【アーク】「あんた、久しぶりに出かけるからそうなるんだよ。今日は祭日で人手も多いし、船便もたくさん着いたからな。賢い奴は予約しておくもんなの」
【ヨハン】「はあ……そういえば今日は祭日だったんでした」
【アーク】「日付の感覚がねーのかよ! ったく、ほんとに『先生様』なんだからなあ。あんた。……よいしょっと」
【ヨハン】「あ、アークさん!? ……そんな、結構です。ひとりで持てますから」
【アーク】「バカ言うなよ。ムリムリ。先生のもやしみたいな腕じゃ、とてもじゃねーが十メートルで音を上げるって」
【ヨハン】「ですが、仕事があるのでは?」
【アーク】「そんなん、他の奴が適当にやるよ。サボれる口実ができて丁度いいや。ほら、じゃあふたりだけは持ちなよ」

○袋を渡す音。

【アーク】「ったく、自分に向いてる事と、向いてない事くらい。あんたの年ならわかってろよな。先生」
【ヨハン】「は、はあ……すみません。……ありがとうございます」
【アーク】「ばーか、別にありがたくねーよ。単にサボる口実なんだからよ。んじゃ、行くぜ。魔法院の入り口までしか、持っていかねーかんな」
【ヨハン】「はい、助かります」
【アーク】「だから、助かってねーっての! ったく」

――そう言い放ち、くるりと肩をいからせて歩く。
思わず首をすくめた。彼に見えないのを見計らって。
(……世間的な評価はともかく。……良い子だと思うんですけどね)

○大通り。てくてくてく、と足音BGMのように鳴らす?

騎士院と魔法院の間は、お世辞にも仲が良いとは言えない。
理由はひとつ。
絶対的な力、『剣』を持ち、この島をずっと守ってきたと自負する彼らに、私たちの使う『魔法』は脅威だからだ。
絶対、が崩れる可能性がある。いや、必ず崩すであろうもの、と見ている。
いつか『魔法』は世界の隅々に行き渡り、その力をふるうだろう。
現に、大陸ではすでにあった。一方的な戦いだった。
いつか『剣』は滅ぶ。時代の必然だ。……わからないはずはない。
けれど、真実だから、事実だからと言って……それを受け入れるのは、当事者である彼らには苦しいだろう。
私だって、それくらいの事はわかる。
だから、できるだけ穏便に、ゆるやかに、歩み寄って行きたい。
――もっとも、その努力はあまり実を結んでいないのだけど。
現に目の前のこの彼は、院の中でも『魔法嫌い』の急先鋒だ。
(彼ほど頭がいい人にも、気づけないのだから。あの長老たちを納得させるのは、本当に気の長い話になりそうですよね)
本当は簡単な方法はある。
――騎士院と魔法院が手を結ぶに簡単なこと。『武力』を提供すること。
でも、私はもう嫌だ。
――二度と、魔法の『剣』を作る気はない。
だから、この島にやってきたのだから……。
けれど、時々思う。……簡単なことなら、してしまえばいいんじゃないかって。
それで望む未来が来るのなら、もう一度試してみてもいいんじゃないかと。
私とて、時間は無限にあるわけじゃない。
いつか終わりは来るだろう。
もしかしたら、明日、明後日にも、この肌が元の時間を取り戻したらどうする?
あり得ない話じゃない。そもそもあり得ない事から、今の私は『できて』いる。
(どうしたら、仲良くなれるんでしょうかねえ)
別に、『人』が、『相手』が嫌いなわけじゃないのに。
――それは、たぶん私の前を歩くその人も、そうだと思うのに。
騎士院とか、魔法院とか。そういうくくりがなければ、もう少し早くわかりあえる気もするのに。
(一度決めたことに揺れるのは、自信がないからでしょうか)
――今のやり方に。

○魔法院の中。

【アーク】「……先生!」
【ヨハン】「は、はいっ!?」
【アーク】「ったく、道中少しは気のきいた会話でもするのかと思ったら。ずーっとダンマリかよ。……着いたぜ」
【ヨハン】「あ……ほんとだ。すすす、すみません。つい、考え事していて!」
【アーク】「……いいけどさ。俺だって別にあんたと話す事なんて、ねーし」
【ヨハン】「う……すみません……」
【アーク】「俺、すぐ謝る奴って、大嫌い。たいてい、そう言えば何もかもなかったことにできるって思ってるんだよな」
【ヨハン】「あ、あう……す、すみま……あ」
【アーク】「……はあ。なんだかな」
【ヨハン】「……その……ありがとうございました。魔法院になんて、近づきたくないでしょうに」
【アーク】「……」
【ヨハン】「アークさん?」

袋を担いだまま、アークはギロリと視線を向ける。
いらつきを誇示するかのように、首元のペンダントが鳴った。
何度も指でなぞっている。今にもブチ切れそうに。
(こ、こわっ!)
十年単位で年下の子に、真剣にビビってしまう。
な、情けない……。

【アーク】「……はあ……もういいよ。別に。魔導師って、みんなそうな。ほれ、じゃあ荷物ここに置いておくから」

○荷物を置く音。

【ヨハン】「あ……す、すみま……」
【アーク】「だから。別にあんたのためにやったわけじゃねーって。俺は俺がしたい事をしたんだよ。恩なんか着せる気もないし、感じる事もねー」
【ヨハン】「……そ、そうですか……」
【アーク】「そんじゃな!」

目をそらし、そうして騎士は外階段へ向かって歩いていく。
それはあまりにも足早に、一刻も早く出て行くんだ、という風にも取れる。
――だけど。

○魔法院外

【ヨハン】「アークさん!」
【アーク】「わっ!」
【ヨハン】「……あの……本当にありがとうございました。もし、アークさんがお困りの際は、何でもお手伝い致しますね。必ず、伺いますから」
【アーク】「……あんたなあ……はあ……もういいや」
【ヨハン】「すみません。そんなにビックリさせましたか?」
【アーク】「……まあね。……また、あんた謝ったな」
【ヨハン】「あ」
【アーク】「あはは、もういいよ。あんたのそれは口癖みたいだから。……ふーん、じゃあそのうち、厄介ごとでも引き受けてもらうか。楽しみにしてるぜ」
【ヨハン】「う……できれば、荷物持ちと同じくらいの難易度だと助かるんですが……」
【アーク】「はは、お礼は常に倍返し! だろ。ふつー」

――よかった。立ち止まってくれた。
(……わかりやすくて、わかりにくい子だなあ……)
たぶん、彼は人が言うほど『争い』は好きではないのだ。
――トラブルを起こしやすい人ではある。言動に問題があるのも確かだ。
だが、その中身はいつも正義と共にある。
「魔法は嫌いだ」というのは本当だろう。
だが、「人まで嫌う必要はない」とも思っている。相手がそれを望むなら。
(よかった、気づいて)
――鈍い私にしてはずいぶん上出来な反応だ。

【ヨハン】「……わかりました。何でもどうぞ。できれば、魔法のお仕事だとありがたいですね。私は魔導師ですから」
【アーク】「あー……そうだな。でもさ。魔法ってアレだろ。火を出したり、水を出したり、なんか危ない奴ばっかじゃん。使いどころって言ったら、夜回りくらいかな」
【アーク】「しかも広範囲すぎて余計な被害も出そうだし。詠唱唱えてる間に斬られるかもしれないし。なんかなー。意味なくない?」
【ヨハン】「アークさんがおっしゃっているのは『武術魔法』ですね。まあ、一番習得しやすいですし、目立ちますから仕方ないですけど。そうですね。『治癒魔法』でしたらずいぶんお役に立てると思いますけど」
【アーク】「あー、なんか傷治すってやつ? でも、あんなの医者がいればいいじゃん。しかも、軽いのしか治せないんだろ?」
【ヨハン】「まあ、そうですねえ。でもそれは使いようです。とっさの時に医者はいない事もあるでしょう」
【アーク】「……そりゃ……そうだけど」
【ヨハン】「そのふたつの魔法の他にも、色々ありますから。アークさんがお望みになれば、いつでも私はお教えしますよ。……もちろん、アークさんだけでなく。騎士院のどんな方にも、です」
【アーク】「……」
【ヨハン】「アークさん? あの、どうしました。また私、変なことを言いましたでしょうか?」

今度はあの険のある目じゃない。
むしろ探るような、確かめるような、そんな目。
(……何も後ろ暗いことはしていませんが)
――背中に冷たいモノが流れるのななぜでしょう……。

【アーク】「……ふーん。あんたって、本当に『先生』なのな」
【ヨハン】「え? どういう意味ですか」
【アーク】「いや。なんか、『先生』って呼ばれる奴って、大抵押しつけがましい説教野郎じゃん。たいした仕事もしてねえくせに、尊敬だけは欲しい、みたいな」
【ヨハン】「は、はあ……」

面と向かってそういうことを言われると凹むんですが。

【アーク】「でも、あんたは違うかもな。『先生』」
【ヨハン】「……」
【アーク】「そんじゃ、今度こそ、バイバイな。……あんた、もっと下の奴らをビシバシ教育しないとダメだぜ!」
【ヨハン】「あ……」

○アーク走り去る。

【ヨハン】「やれやれ……行ってしまいましたか……。……まあ、いいか……」

(少しだけ、騎士院の人と仲良くなれた気がしますし)
――今のやり方。できるだけ穏やかに。人を傷つけないように。
そうして、いつか世界を変えることが。
(私が、彼女に報えるただふたりの)

○ペンダントを踏む音。

【ヨハン】「とと? 何か、踏んだ……あれ? これ、いつもアークさんがつけてる……」

鈍いも金とも、銀ともつかないその輝き。
鎖の部分だけは本物だ。
これでも自分の専門は『鉱石』。見間違えるはずはない。
(……見間違えるはずは)

○暗転し急いだ足音。大通り、夕暮れ。

【ヨハン(オフ)】「アークさん!」
【アーク】「わっ!?」
【ヨハン】「……はあ……はあ……」
【アーク】「な、なんだよ。先生じゃん。な、なんだよ。血相変えて……なんかあったのか?」
【ヨハン】「……い、いえ……な、なにも。ただ……ただ……」
【アーク】「……なに?」
【ヨハン】「これを、あなたが……落としたのではないかと思って……」
【アーク】「あ! ……わ、マジでない! ……あー、確かに鎖弱ってたもんなあ……」
【ヨハン】「あなたのですか」
【アーク】「そうだよ? 母親のコレクションの中から、学校を主席で出た時に、祝いでもらったんだ。それがどうかしたか?」
【ヨハン】「……いえ、ただ。おもしろい材質だな、と思って。私は鉱石からエネルギーを取り出す研究をしているものですから……」
【アーク】「ああ、そういうことか。こんなん先生が興味示すもんじゃねーって。レプリカだからさ」
【ヨハン】「レプリカ……?」
【アーク】「そ、金のレプリカ。大陸の方で数年前に流行ったんだってさ。くれよって言ったらくれた」
【ヨハン】「そう、ですか……。でも、せっかくお祝いだったら、本物をねだった方がよかったのでは?」
【アーク】「ああ……それは……」
【ヨハン】「……アークさん?」

そういえば、そうか。……そんな形に口が動いていた。

【アーク】「……いや、たいした理由じゃないんだけど。なんか、一番大事にしてるみたいだったから。……まあ、気持ちの問題ってやつ?」
【アーク】「まあ、でも確かに本物の方がよかったかもな。はは」
【ヨハン】「……大切なんですね」
【アーク】「あ?」
【ヨハン】「ご両親ですよ」
【アーク】「……大切じゃない奴って、いる?」
【ヨハン】「……そうですね」
【アーク】「ま、とにかくサンキュ。届けてくれたんだよな。……これで貸し借りなしか。残念」
【ヨハン】「いいえ、そんなことは。これはただ、私がただ、確かめたかっただけですから。いつでも、借りは返しますよ」
【アーク】「……あ、そ。……んじゃ、ばっちりこき使わせてもらうぜ。そんじゃ、今度こそ。またな、先生!」

○足音。

【ヨハン】「……」
【ヨハン】「……予言や神様のお力というものは、本当にあるかもしれないですね。……魔法に携わる者としては、失格かもしれませんが……」

○一枚絵 ヨハンのロケット。

古びて痛んだ扉を開けると、がらんとした空間が広がっていた。
何を慌てるわけもなく、床は塵ふたりなく掃き清められ、窓の桟も汚れふたり無い、私たちの家。
いや、むしろ『彼女の』家。
私の持ち物はほとんど研究室に運び込まれて、唯一あるとすれば揃いで買ったマグカップ程度だ。
テーブルの上にそのマグはちょこんと、申し訳なさそうに置き去りにされていて、私を見上げる。
ふと手に取ると、ひらりと白い紙が床に落ちた。
なるほど、マグは手紙がどこかへ飛んでいかないように、抑えとして置かれていたのか。その時私はすべてを理解して、冷静と動転の間をひとり行ったり来たりした。
ただ、心の中で。涙や、叫びは出なかった。
喪失感と淡い後悔、優しい思い出、若すぎた私の無遠慮さと甘え。
それを噛みしめるだけだった。
そして、今また。

○暗転。

置き手紙を思い出す。
――「夢は叶うわ。あなたが夢を見ることを忘れないなら、きっと。本当よ」

○復帰。

【ヨハン】「……やれやれ……人の深層というものは恐ろしいですね。まだまだ知らないことはたくさんあるなあ」

いつもと違う、鈍くない私。
心のどこかで、気づいていたのかな。
――けれど、それならそれでいい。心のどこかにあるならば、それでいい。
表に出すことなど、望まない。
(……ひしゃげて、もっと小さくなっていましたね。あの指輪)
どんな運命が降りかかったのだろう。
思いを馳せる。
(でも、大丈夫ですよ。今度は私が守りますから)
きっと、偉大なる『魔法』を完成させて、永久の平和を。

○暗転。

私の小指にまだある約束。戒めの指輪。
(……大丈夫。きっと叶えてみせますよ。……『剣』の力には頼らずに)
そして、あの北の荒れ野にも、また美しい花を。

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