8/13[C100]土曜日/東ヘ-07bwebカタログ

火打ち石

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

夏の残り香がまだ色濃い季節、私は新しい三人の生徒を受け持った。
この国を治める神殿の、最高指導者であるプルート様の命によって。
初めて会った時の彼女らの反応は様々で、驚き慌てふためく人、沈着冷静に受け止める人、大げさな程に礼儀正しい人……それぞれ、大変個性的だった。
人の顔と名前を覚えるのが苦手な私ですら、すぐに覚えてしまう程。
それはたぶん、私が彼女たちに好感を持ったということなのだろう。
まっすぐな素直さ、意外性、誇り高く前を目指そうというその姿勢に。
だから、私は彼女たちの言うことはできるだけ聞いてあげたいと思っている。
神殿の命令だから……ということではなしに、ひとりの人間として、教師として。
私はすでに自分が人に特別に愛される資格のない男だと悟っているが、それでもせめて嫌われまいと、努力したいのだ。
(だって、可愛い女の子に嫌がられると、男としてはやっぱり傷つくじゃないですか)
――どんなに年を重ねても、やっぱりそんなことも思うわけで。
――諦めが悪いってことなんでしょうか、それって。……ねえ?
でも、だからって。『コレ』はない。
ないと思うんですよ、娘さんたち。

○一枚絵 ヨハンを変装(かっこよく若々しげに正装)させて喜ぶ三人娘。夜会。

【ヨハン】「……もう、帰りましょうよ〜……」
【アクア】「しっ……黙って。勘づかれるわ……」
【葵】「うむ、マリン殿。もう少し接近してみよう。声が聞こえぬ」
【マリン】「そ、そうですね、じゃあ、そ〜っと……」
【ヨハン】「マリンさん、アクアさん〜……明らかに不審ですから、それ。第一こんなこと、ソロイ様に知られたら……」
【アクア】「なに言ってるの……だから先生を連れて来てるんじゃない。保護者同伴……うふふ……」
【ヨハン】「ぐあ……! ……や、やっぱりただの頼み事じゃなかった……」
【葵】「なんじゃ、今頃気づいたのか」
【ヨハン】「うあ……! 葵さんまで……! 私はただ、皆さんが夜会というものをどーしても見てみたいと言うから、こんな格好までして……」
【マリン】「かっこいいですよ〜、先生!」
【ヨハン】「お世辞は結構です! 知りませんでしたよ、まったく。ただ、シリウス様の観察が目当てだなんて!」
【アクア】「だって、シリウスがバカにするんだもん……」
【ヨハン】「そんなことないでしょう。シリウス様の事ですから、ただのいつもの軽口じゃないんですか?」
【マリン】「世間知らずだとか言うんですよ〜? ……田舎っぽいのがいいとか、どんくさいのがいいとか、褒めてないことはっかり言うんです!」
【ヨハン】「それは……しょうがないでしょう。世間知らずなのは本当なんですから」
【マリン】「はうっっっ!!」
【アクア】「あらあら……」
【マリン】「はうう……せんせえ」
【葵】「……ヨハン殿……そんな、らしくないツッコミを……」
【ヨハン】「わ、い、いや、そういうつもりではなくて。いや、単に夜会のマナーとか、こういう場所での立ち振る舞いがイマイチという意味でして、普段のマリンさんがどうだというわけでは……あれ?」
【マリン】「……ううううう……い、いいんです……。私は世間知らずで、礼儀知らずです〜……。認めてますよ、わかってますよ、でも〜……うっうっ……」
【アクア】「……あ〜あ……なかした……」
【ヨハン】「ちちち、違うんですよ! あー〜、いや、その……」
【葵】「……そのな、ヨハン殿。確かにおぬしの言うことも、シリウス殿の言うこともわかる。私たちは確かに、ちと世間知らずで無知じゃ」
【葵】「だがな、言って良い事と悪いことはあってな、ちと最近のアレは口が過ぎるのだ。それ故、こんな企てをしたわけで……来たからには引き下がるわけにはいかぬのだよ」
【葵】「シリウス殿には一度自分の得意分野で、ギャフンと言って頂かなくては、私たちの気が収まらぬ! わかってくれまいか!?」
【ヨハン】「……はあ……その気持ちは大変共感致しますが……。……観察するだけじゃ、どうにもならないでしょう。女性問題でビクつく人ではないのは皆さんすでに、おわかりでは?」
【マリン】「はい、わかってます」
【葵】「うむ、だからこそのヨハン殿なわけで」
【ヨハン】「は?」
【アクア】「先生……私たち、あわよくばシリウスの弱点を……って思って観察してるの。でも、言うとおり。それはただのオマケよ。
――ほんとうの目的はベツにある……ふふ」
【ヨハン】「……なにか、嫌な予感するんで、帰っていいですか?」

○画面揺れる。

【マリン】「だめです!」
【アクア】「ここまで来てかえせるわけないわ……」
【葵】「待たれよ、ヨハン殿!」
【ヨハン】「わっ……痛っ……三人とも、一気に掴まないで下さい!」
【マリン】「先生にしかできないことなんです!」
【アクア】「……もう先生しかたよれるひとがいないの……」
【葵】「後生じゃ! ここはひとつ、私たちを助けると思って……」
【ヨハン】「助けると思って……?」
【マリン】「シリウス様と勝負して勝って下さい!」

○暗転。

【ヨハン】「……」

○復帰。

【アクア】「ごーごーー! だんすだんす!」
【葵】「むろん、私たちも最初のサクラとして手伝うゆえ。なんでも、夜会という場所はダンスで勝ち負けが決まるのであろう?
優雅なスポーツじゃの! ちと、ドレスはきついが……」
【マリン】「流石、都会ですね! 貴族の遊びだって、シリウス様が言ってました! 素敵! うっとりですね〜!」
【アクア】「……ダンス、こんな感じでいいのかしら? おっいちにー、おいっちにー……」
【葵】「おお、アクア殿。かわいいぞ。見よ、周りの者も釘付けじゃ!」
【ヨハン】「ああああ……騙されてる。騙されてる〜……。……あああ、もう、シリウス様……いくら面白いからって、こんな嘘を……」
【マリン】「先生? どうしたんですか? お腹痛くなりました? 緊張した時は右手に人って書いて飲み込むといいらしいですよ!」
【アクア】「……おとっつあん、ぷれっしゃー?」
【葵】「ダンスができないとか、不得意であるとか……そういうことか? シリウス殿からヨハン殿は踊りがうまいと聞いたのだが……」
【ヨハン】「……それは最大限のイヤミですね……。……あー、いや。踊れます。たしなみですから。踊れますけど、得意じゃないってだけです」
【マリン】「わ、やった! 私、旗で応援します! 先生、どうかシリウス様をギャフンと言わせて下さい! 女の子相手にデレデレしてるシリウス様に、鉄槌を!」
【アクア】「……せいぎのこぶしーー! おーー!」
【?】「くっ……」
【マリン】「はや?」
【?】「くっくっくっ……お、おかし……だめだ、我慢できない。あははは!」

○夜会会場(シリウスのみ表示?)

【シリウス】「あははは、本当に真に受けると思わなかった! ……いや、楽しいなあ、君たち。本当に!」
【マリン】「あーーー、シリウス様!」
【葵】「い、いつの間に背後に……! 卑怯な!」
【シリウス】「堂々と歩いてたどり着きましたが、何か? 君たちがお話に夢中になっていただけでしょう。それにしても……よりにもよって、ヨハン殿を連れてくるとは。アークでも来るかと思ってたけど」
【マリン】「アークさんには断られました」
【アクア】「ばか、っていわれた……」
【葵】「まったくも話のわからぬ奴だ!」
【シリウス】「あはははは! それはますますおもしろい! くくく、あー、だめだ。お腹痛い……」
【マリン】「笑っていられるのも今のうちだけです! 今日の勝負、先生がもらいましたーーー!」
【アクア】「もらったーー!」
【葵】「おぬし自身が言ったであろう! この世にダンスで勝てる者がいるとしたら、それはヨハン殿だけかもしれぬ、と!」
【ヨハン】「……」
【シリウス】「……よかったですねえ、こんなに信用されちゃって。『先生』はなんでもできなくちゃいけなくて、大変ですね」
【ヨハン】「……もう、答える気力もないです」
【アクア】「先生? どしたの?」
【葵】「ヨハン殿?」
【マリン】「先生? 人ですよ、人!」
【ヨハン】「……わかりましたよ、踊ればいいんでしょう、踊れば!」
【シリウス】「それはいい。せっかくですから、チークでも踊ったらいかがですか? 一番、足を踏まれなくていいと思いますよ」
【ヨハン】「……もう好きにして下さい」

○暗転。



○大通り。

【ヨハン】「……」
【マリン】「……」
【アクア】「……」
【葵】「……あのな……ヨハン殿……」
【ヨハン】「……」
【マリン】「……ごめんなさい」
【アクア】「ごめんなさい……」
【葵】「すまん」
【ヨハン】「……」
【マリン】「怒ってます……よね……」
【アクア】「……オーラでてる……。
【葵】「……その〜……不勉強であった。ダンスというものは盆踊りを勝負にしたものではなかったのだな」
【マリン】「……旗で応援してもいけなかったんですね……」
【アクア】「勝ち負けもなかった……ざんねん……」
【ヨハン】「……」
【マリン】「……うう……ごめんなさ〜い……。足踏んで……」
【アクア】「……ごめんなさい……。背が届かなくて」
【葵】「りずむカンという奴がなくてす、すまん。……まさか、ああいうものがだんすだとは思わなくてだな……」
【マリン】「……あんなにくっついて踊るものとは思わなかった……」
【アクア】「……個人競技じゃなかったのね……」
【葵】「……そもそもスポーツですらなかったな……」
【ヨハン】「……」
【マリン】「うう……」
【アクア】「……せんせ……ごめん」
【葵】「……ヨハン殿……そ、その……今回のことは……」
【ヨハン】「ふう……いいですよ。もう終わったことですし。でも、次はもう絶対に勘弁して頂きたいですね」
【マリン】「は、はい! それはもう!」
【アクア】「……誓う」
【葵】「うむ、もう絶対にせん! すまなかった!」
【ヨハン】「あと、今日の事は他の方には内緒で。まあ、シリウス様がおもしろおかしく話すでしょうが、そのうち消えますから。
ギャフンと言わせるのはほとぼりがさめたら、また挑戦して下さいね」
【マリン】「はい!」
【アクア】「はーい……」
【葵】「約束する!」
【ヨハン】「いいお返事です。じゃあ、今日はもう本当に遅いですから、気をつけて帰るんですよ」
【マリン】「はいっ。それでは!」
【葵】「うむ、走って帰ることにする。ではな」
【アクア】「ばいばーい……」
【マリン】「あっ、先生!」
【ヨハン】「……なんです?」
【マリン】「あの〜……ひとつだけ聞いてもいいですか?」
【ヨハン】「……なんでしょう?」
【マリン】「ああいう夜会とかではだんすって、知らない人とも踊るんですよね」
【ヨハン】「はい、そうですよ? それを口実に交流を作る場所ですし」
【マリン】「……じゃあ、もしも私たちがちゃんとした形で夜会に出たら、たとえば先生とかじゃない……。全然知らない人とも……ああいうかんじで、くっついて踊らないといけないんですよね? それって、嫌だなあって思って」
【アクア】「……あ、それ、わたしもおもった」
【葵】「うむ、思ったな。私にしてみたら、あんな恥ずかしい行為を人前でやる奴の気が知れぬぞ」
【ヨハン】「あ〜……それは文化に対しての慣れの問題ですよね。あそこにはあそこのルールがありますから。……良いパートナーと一緒にいれば、やみくもに誘われることはありませんよ」
【ヨハン】「まあ、そもそもひとりで行くところではありませんけど。ひとりでなんて行くと、変なサインに取られかねないですから、絶対したらダメですよ」
【アクア】「先生は、慣れてるんだ……」
【ヨハン】「は?」
【葵】「そういえば、シリウス殿とも話が通じていたしのう……」
【ヨハン】「……」
【マリン】「……」
【アクア】「……」
【葵】「……」
【ヨハン】「ちょ、ちょっと待って下さい。どうしてそう、冷ややかな目になるんです?」
【マリン】「いえ……そういうわけじゃないですけど。そうですよね。先生は大人なんだし……」
【アクア】「かいしょうのないおとっつぁんよりは……いい……」
【葵】「……私たちが足を引っ張ったが、確かにヨハン殿はダンスは上手かったしのう……」
【マリン】「……」
【アクア】「……」
【葵】「……」
【ヨハン】「だから、たしなみで覚えたって言ってるじゃないですか! そういうこと言うなら、もう何もお手伝いしませんよ!」
【マリン】「あ、それは困ります! わ〜、ごめんなさい!」
【アクア】「てったい、てっかい……」
【葵】「わわ、すまぬすまぬ。つい、思ったことが口に出てしまったのじゃ。許してくれ。ま、まあ。あれだ。結果はどうあれ、私は色々楽しかった」
【マリン】「はい、夜会って怖いけどとってもキレイでした〜」
【アクア】「シリウスへのふくしゅーはまた今度ってことで……。かんこーとしては、すばらしいツアーだったわ……」
【葵】「うむ、なんだか私はこの国が好きになって来たぞ。ふふ」
【ヨハン】「はあ……それなら良かったですけど」
【マリン】「あ、もういい加減に帰らないと、朝の点呼が始まっちゃう! また明日、葵さん、アクアさん!」
【葵】「ヨハン殿、また明日から……いや、今日からもご教示願う。では、また」

○足音。

【ヨハン】「はあ……やれやれ……やっと終わりましたか……」
【アクア】「そうね……あ、でもくすねた正装、今日のうちに返さないと……」
【ヨハン】「えっ。そういえば、あれどこから持ってきたんですか!?」
【アクア】「……魔法院のそうこ。だれのかは、しらなーい」
【ヨハン】「まったくもう。……目を離すと、危なっかしいことはっかり企むんですから……」
【アクア】「うん、子どもだからね」
【ヨハン】「それ、ご自分で言うことじゃないですよ。アクアさん。やれやれ、では私たちもユニに見つからないうちに帰りましょうか」
【アクア】「うん。……先生、あのね」
【ヨハン】「はい?」
【アクア】「先生、眼鏡とってちゃんとした格好すれば、モテるとおもうの」
【ヨハン】「……は?」
【アクア】「だから……ひとりで行ったらだめだよ。危ない目にあうんでしょ?」
【ヨハン】「……はあ……そう、ですね。気を付けます」
【アクア】「うん、気をつけないといけないわ。だから、行くときはわたしたちを連れて行くのよ」
【ヨハン】「……はい。了解です」
【アクア】「……うん、いいお返事」

○暗転。

すでに時間は朝にかかり始め。
東の空が薄く紫に染まり、私のまぶたに眠気を誘う。
(やれやれ……女の子というのは、魔法よりよほど難しいな)
保護者、あて馬、都合の良い止まり木。
純粋な残酷さであっけらかんと奉仕を要求するかと思えば、子どもの顔で親愛を求める。ならばと思い、期待に添うよう振る舞えば、すねて友達でも保護者でも親でもないと、言外に『気づいて』とサインを送る。
――そして、それに本人は気づいていなくて。
私はその若さは愛おしく、可愛いと思うのだけど。
(……でも、時々すごく憎らしいですよねえ)
気づかれないように、少しため息。
少女たちはしばしの休息を得て、すぐにあの朝日に向かって旅立つだろう。
それを美しいと、他人事のように眺めていたい。
けれど時折胸をよぎる、火打ち石をこする音。
ダンスをねだる少女のその手を取った時も、小さく儚く高鳴った。
(……早く、試験なんて終わればいいのにな)
この不可解で小憎らしく、魅力的な何かに私が囚われないうちに。
はやく。

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