8/13[C100]土曜日/東ヘ-07bwebカタログ

鳥籠

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

籠は嫌い。なんで嫌いかって、そりゃたったひとつ。
――忘れたい事を思い出させるから。
第一、鳥なんて籠で飼うもんじゃないだろう?
空を自由に飛べる翼、人間にはいくら望んでも叶わない、飛行する特権を持った奴らだ。それを妨げる事なんて、しちゃいけない。
――なあ、そうだろう? 

○一枚絵 空の鳥籠を抱く、十二歳のユニシス。

【ヨハン】「あ〜……逃げちゃいましたか。困ったなあ……」
【ユニシス】「……申し訳ありません、先生。餌をあげようとしたら、なんか、暴れて……」
【ヨハン】「……そうですか……。怪我、なかったですか?」
【ユニシス】「え? あ、大丈夫です」
【ヨハン】「鳥のくちばしは気を付けないといけませんから。擦り傷でも負ったのなら、ちゃんと言って下さいね」
【ユニシス】「……はい」
【ヨハン】「さて、それじゃあ私は出かけてきますから」
【ユニシス】「え? どこ、行かれるんですか。先生。今まで、ずっと研究で起きていらっしゃったんでしょう? 寝ないと、体が……」
【ヨハン】「まあ、眠いことは眠いんですが、あの鳥は預かっていたものですから。治療の途中で患者に逃げられる医者だなんて評判が立ったら、切ないですからね」
【ユニシス】「……あ、そうか……。そうですよね……」
【ヨハン】「まあ、探して見つかるかどうかは、わかりませんけど。言い訳を考える、という方が出かける理由としては正しいかもしれませんね。あはは」
【ユニシス】「……」
【ヨハン】「それじゃ、お留守番お願いします」
【ユニシス】「はい。行ってらっしゃいませ」
【ヨハン】「……あなたも、治りませんねえ」
【ユニシス】「え?」
【ヨハン】「私にそういう言葉遣いはしないでいいんです。私はあなたの新しい主人ではないのですから」
【ユニシス】「……でも……」
【ヨハン】「……まあ、まだ二ヶ月ですし。しょうがないですか。でも、私とあなたは対等な人間です。それだけは、ちゃんとわかって下さいね」
【ユニシス】「……はい」
【ヨハン】「それじゃ、夕方には戻りますね。……ではでは」

○ドアが閉められる音。

【ユニシス】「……。
【ユニシス】「……わけない」
【ユニシス】「対等なわけない。……わかってないのは、先生の方だ」

○一枚絵 本編のユニとヨハンの出会い。セピア加工。

――一瞬だけ、目が会った。あの時。
何も期待していなかった。
ただ、早く目をそらしてくれたらいいと思った。
悲しい『今』から。……でも。

○魔法効果後フェードアウト。白バック。

――目を閉じてもわかる、圧倒的な光。
あるはずのなかった自由。望めない世界だったのに。
だから、あのひとは特別だ。他のどんな誰よりも。
外はあまりにも広くて、枷のない手足は羽根のように軽くて、どこにでも行けるよと風も囁く。
今までの分を取り返すかのように。
籠のなかにいた頃は、俺は世界の声をずっと遮断していたから。
だって、あいつらは現実にはできない夢物語ばかり語るから。
それを夢見て、傷つくのは俺だもの。
叶わない夢は見たくない。当然の自衛だろ?
――でも、もうそれは過去のこと。もう俺は、どんな夢だって見られるんだ。
そのはずなのに。

【ユニシス】「なんで、俺また、嘘ついてるんだろう……」

○一枚絵 空の鳥籠を抱く、十二歳のユニシス

あの人に心配も迷惑もかけたくないのに。
騙したりなんて、もってのほかだと思うのに。
こんな嘘をついても、何にもならないってわかってるのに。
そんな夢を見たことはなかったのに。
これじゃ……『今』も、あの頃と変わらない。

【ユニシス】「……ついていこっと」

――まだ、そう遠くには行っていないはず。
鳥籠を持って俺は慌てて靴を履く。
――胸の不安をかき消すように。
嘘をつくのは悪いこと。そんなの、誰に言われなくたってわかってる。
(わかってるんだけどな……)
――そして、俺は先生を追いかけた。
心の声から逃げるように。

○川辺。夕方。

【ヨハン】「見つからないですねえ……」
【ユニシス】「そうですね……」
【ヨハン】「お腹空きましたねえ……」
【ユニシス】「そうですね……」
【ヨハン】「はあ〜〜……」
【ユニシス】「先生、大丈夫ですか? どこかに座って休んだ方が……」
【ヨハン】「あ〜……極めてそうしたいところなんですが……。夜になると、見つけられる可能性がまずなくなりますからね」
【ユニシス】「……ですね」
【ヨハン】「……やれやれ、普通に謝るしかなさそうですね。許して頂けるかわかりませんが」
【ユニシス】「……先生、あの」
【ヨハン】「はい?」
【ユニシス】「……疑わないんですね。俺のこと」
【ヨハン】「はい?」
【ユニシス】「……その、だから……普通怪しむと思うから。鳥が逃げたところを見たのは、俺だけでしょう?」
【ヨハン】「ああ、言われてみればそうですね。嘘だったんですか?」
【ユニシス】「い、いえ……その。……その……」
【ヨハン】「……ゆっくり、落ち着いて話していいんですよ。待ちますから」
【ユニシス】「……捕まえられたな、と思って」
【ヨハン】「はい?」
【ユニシス】「俺が部屋に入ったとき、鳥はまだ部屋の中にいました。窓は小さな隙間しかなくて、鳥が出られる程じゃなかったし。でも、俺……」
【ユニシス】「……鳥が出たがってるなら、出してやりたくて。……先生が困るのはわかってたのに。ごめんなさい」
【ヨハン】「……」
【ユニシス】「嘘つきました。俺が逃がしちゃったんです」
【ヨハン】「……そうでしたか。……やっぱりなあ」
【ユニシス】「……先生……俺が嘘ついてる事……知って……?」
【ヨハン】「いや、昨日なんか忘れたと思ったんですよ。寝る前に。何かと思ったら、鳥籠に鳥を入れておくのを忘れたんだな、と。それは当たり前に逃げますよねえ」
【ユニシス】「……先生」
【ヨハン】「……じゃあ、半分こですね」
【ユニシス】「……え?」
【ヨハン】「責任。一緒に謝って下さいね。依頼人にとっては家族同然に大事な鳥だったんですから、相当怒られるのは覚悟しないといけませんよ」
【ユニシス】「……あ……は、はい!」
【ヨハン】「……それと、これからはそういう嘘は減らしていきましょう。……鳥は鳥で、あなたはあなたです」
【ユニシス】「……」
【ヨハン】「さあ、もう少し探してみましょうか。最後まで頑張ってみませんとね」
【ユニシス】「そ、そうですね! 俺、頑張ります!」
【ヨハン】「ユニシスがアンヘル族の能力を発揮してくれれば楽なんですけどね」
【ユニシス】「う、すみません。個体ごとにわかるわけじゃないし、そう広範囲じゃないから……。そういえば先生。逃げた鳥って、何か目印ついてますか?」
【ヨハン】「……」
【ユニシス】「……」
【ヨハン】「……うーん」
【ユニシス】「……え、まさか」
【ヨハン】「……あはは」
【ユニシス】「せ、せんせーーー!」
【ヨハン】「まあ、何とかなるかと思って。甘いですよねえ」
【ユニシス】「甘いっていうか、なげやりっていうか、適当っていうか!」
【ヨハン】「すみません」
【ユニシス】「もーー! わかりましたよ、俺が頑張りますよ。できるかわからないけど、やればいいんでしょう、やれば!」
【ヨハン】「そうして頂けると助かりますねえ」
【ユニシス】「……まったく、先生って結構ダメ人間だっ」
【ヨハン】「……あはは、そうなんですよ。知らなかったですか?」
【ユニシス】「……薄々、気づいてはいましたけどね!」
【女の子】「あ、先生〜。こんにちは。金髪の人もこんにちは?」
【ヨハン】「あっ……」
【ユニシス】「……こ、こんにちは……。先生、知ってる人?」
【ヨハン】「……知ってるも何も、あの鳥の飼い主ですよ」
【ユニシス】「え゛っ」
【女の子】「ぴーちゃんねえ、先生のところでいいこ?」
【ヨハン】「は、はは……も、もちろんですよ。あの、大変お行儀のいい素直な子で……」
【ユニシス】「……先生……」
【ヨハン】「あははははは、ええと……その……。どうしましょう?」
【ユニシス】「俺に聞かないで下さいよ!」
【女の子】「ほんとに、ほんとにありがとうね〜。ぴーちゃん、とっても元気で戻ってきたのよ。りゅーちゃんね、またぴーちゃんが元気に空を飛べるようになって、うれしかった」
【ユニシス】「え?」
【女の子】「先生、りゅーちゃんね、ぴーちゃんとお話しできるって言ったでしょ? あのね、ぴーちゃんは怪我が治ったから、一番にりゅーちゃんに飛んでるところを見せたかったんだって」
【女の子】「えへへ、だってりゅーちゃんとぴーちゃんは親友だからね。お母さんはなんか、怒ってたけど……へんだよね? だってぴーちゃんはうちにいるんだから」
【ヨハン】「……戻っていたんですか」
【女の子】「うん。でもね、おうちがないとやっぱり不便だから、先生のところにこれから取りに行こうと思ってたんだ」
【ユニシス】「あっ……こ、これの事か」
【女の子】「あ、それ、ぴーちゃんのおうち? なんだ、じゃあ先生届けてくれようとしたんだ。ありがとね」
【ヨハン】「い、いやあ……あはは……そ、そうですね。そういうことにして下さい、はい」
【女の子】「うふふ、お母さんもこれでご機嫌治るよ。よかった!」
【ヨハン】「……そうですね。本当に良かった。はあ〜、安心しました。ユニシス、良かったですね」
【ユニシス】「……」
【ヨハン】「……ユニシス?」
【ユニシス】「……なあ」
【女の子】「はにゃ?」
【ユニシス】「……その籠は、鳥にとって家なの?」
【ヨハン】「ユニシス……」
【ユニシス】「……ごめん、なんでもないや。その、戻ってきてよかったな。鳥」
【女の子】「……うん! ありがとね! ばいばい!」

○足音消えていく。

【ヨハン】「……」
【ユニシス】「……ごめんなさい」
【ヨハン】「どうして、謝るんです?」
【ユニシス】「……わかんないです」
【ヨハン】「……ふむ、では考えなくてはね。答えが出るまで」
【ユニシス】「……先生」
【ヨハン】「早く、あなたの心も籠の中から出てくるといいんですけどね。ユニシス」
【ユニシス】「……」
【ヨハン】「それは、私が魔法で出してあげられるものじゃ、ありませんから」
【ユニシス】「……そんなこと」
【ヨハン】「まあ、ゆっくりやりなさい。あなたには、たくさんの時間があるんですから」
【ユニシス】「……はい」

○お腹の鳴る音。

【ヨハン】「……あ」
【ユニシス】「……ぷっ、早く帰りましょう。ご飯作りますから」
【ヨハン】「そうして頂けるとありがたいですねえ。眠いし、お腹は減るし、疲れるし、今日はさんざんですよ。はあ〜」
【ユニシス】「……俺は、そうでもなかったですよ」
【ヨハン】「はい?」
【ユニシス】「今日は、とっても良い日でした」

○暗転。

そう言うと、先生は無言で俺の頭を撫でて、歩き始めた。
俺もそれに着いていく。
いつの間にか太陽は山の中腹に沈み始めて、俺と先生の影を長くした。
重なる影の境目を、俺は踏みしめようとする。何度も何度も、繰り返し。
――暗い暗い、あの檻から見えた灰色の景色。
あれをいつになったら忘れられるだろう。
俺にとって、あそこはちっとも家なんかじゃなかった。……だから、嫌いで。
時々先生に無性に聞きたくなる。
「ここ、俺の家ですよね?」って。
怖くって、聞けた試しはないけれど。
(……いつも、帰るところは先生と一緒のところがいいな)
すでにおぼろな両親の顔。
今は同じ場所に先生の姿。もっとずっと、鮮明にある。
――心の中の大事な場所、きっと一生そこに。
(先生となら檻の中でもきっと楽しいのに)
それがもしも本当になったら、俺はまた望むんだろうか。
奇跡の力、ここから出して、と。
それとも、もしかして。
(自分で壊す日が?)

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