8/13[C100]土曜日/東ヘ-07bwebカタログ

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猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

本島から来た騎士様は、私の右手の星を見て言った。「貴女だ」……と。
大きな、日に焼けたその人の指は酷くささくれていて、私の指にも白く跡を残す。
ハンドクリームはいかがですか、と思わず言ってしまう程。
一瞬キョトンとその騎士様は私を見据えると、少し困ったようにして「結構です」と答え、淀みない仕草でひざまずいた。
「……これでアロランディアは救われる」——と呟いて。

○民家内部。

【マリン】「あう〜、入らなーい! よいしょっ! よいしょ!」

今年で私は十五歳になった。
教会では最年長。親のいない私を、神父様は大切に育ててくれた。
ここは私の家、大切な家族のいる場所だけど——私はもうひとりで立てる年。
だから、私の前のお兄さんやお姉さんがしてきたように、部屋を綺麗に掃除して、借りていたものを元に戻して、黒板から自分の名前を消さなくちゃいけない。
明日、私は船に乗る。騎士様に連れられて。
それは神父様に勧められたからっていうのもあるけど、私自身がそうしようと思ったからだ。
私はもうすぐ大人になる。
だから、ひとりで生きていく決意をしなくちゃならない。
本当はもう少し、時間があると思っていたんだけど。

【マリン】「まあ、うん。都会はちょっと怖いけど、いいことだってあるかもしれないし」

たぶん、すぐに帰ってくることになると思うし。
右手の星をじっと眺めると、自然と笑みがこぼれてくる。
(ブルーさん、おかしいですよね。これが神様の印なんだって)
海に落ちて彷徨ったあの日、出会ったあの人の顔。声。
はかない約束。言葉だけなの。
でも、それは強い祈り。
私もあの人も寂しくて、明日を生きる勇気が欲しくて、お互いもう少し頑張れるようにって、祈り合ったんだ。
それは、もしかしたら弱い生き物が傷をなめ合う行為なのかもしれない。
でも、私は優しくしたかった。
私が悲しかったから、誰かに優しくしたかった。大好きなものを誇りたかった。
それが、あの人の何に『触れた』のかはわからない。
でも、最後に少しだけ笑った。……気がしただけかもしれないけど。
私は私のために世界を信じて、愛すると……つないだ手からあなたの中に、私の何が流れ込んだんだろう。
私のなかで一番美しいものが伝わっていたらいいのに。
あの日からずっと、それを確かめたくて海を眺めている。

○ノック。

【マリン】「はーい?」
【こどもA】「マリンー」
【こどもB】「大ねーちゃん」
【こどもC】「入っていい?」
【マリン】「うん、いいよ? どうしたの、かしこまっちゃって」

○ドアが開く音。
○一枚絵 マリンと教会の子どもたち。

【こどもA】「……あ、お洋服たたんでる」
【マリン】「うん、明日の朝早く出発だって、騎士様が言うから。早く片づけないと、この部屋を後で使う人が困るし。お掃除しないとね」
【こどもB】「……そうだよね……マリンは本島に行っちゃうんだよね」
【マリン】「うん。まあ、すぐに帰ってくると思うけど。ガラじゃないもん」
【こどもC】「……あの騎士様、なんか大きくて、顔も怖いからヤだなあ」
【こどもA】「うん、マリン、いじめられそう」
【こどもB】「だよね。ボクもそう思う」
【マリン】「うっ、そ、そんなことないと思うけど。い、一応騎士様だし……た、確かに顔は私もちょっと怖いなって思ってるけど……」
【こどもA】「だったらさ! 行くのやめればいいじゃん!」
【こどもB】「そうよ、やめちゃえ!」
【こどもC】「マリンは勉強できないしね!」
【マリン】「うっ、ほ、ホントの事を言わないで下さい……。き、傷ついちゃう……」
【こどもA】「マリンは弱虫だからな! 虫もダメだし! だから、本島なんて行ったらずっと泣いて暮らすハメになっちゃうぞ!」
【こどもB】「夜中にトイレに行きたくなっても、一緒に行く人もいないんだから!」
【こどもC】「都会になんて行くのは不良になることだって、仕立屋のレティさんが言ってたぞ! マリンは不良になりたいのか〜?」
【マリン】「うう、そ、そんなつもりは……」
【こどもA】「だったら行くなよ!」
【こどもB】「そうよ! あの騎士様にお断りしようよ! わ、わたしも一緒に行ってあげるから!」
【こどもC】「お、俺も! 騎士様が諦めてくれればいいんだろ!?」
【マリン】「……そ、それは……違うと思う。神父様も説明したと思うけど、騎士様は星読み様のお使いで……」
【こどもA】「星読み様なんて知らない!」
【こどもB】「会ったこともないもん!」
【マリン】「そ、それは私もそうですが〜……うう」
【こどもC】「なんだよ……。俺たちが一緒に行ってやるっていうのに、マリンはヤなのか?」
【マリン】「いえ、そのそういうことではなくて。気持ちはすごく嬉しいんですけど。えへへ。三人とも、私のこと心配して言ってくれてるんですよね?」
【こどもA】「……う……」
【こどもB】「……にゅう」
【こどもC】「……べつに。マリンがいなくなると、おいしいご飯が食べられなくなるから……」
【マリン】「……うん、それだけでも十分ですよ。でもね、みんなの作るご飯だってちゃんとおいしいし、しばらくしたら私より上手になるかもしれない」
【こどもA】「そんなことない!」
【こどもB】「そうよ!」
【こどもC】「……」
【マリン】「私だって最初は下手っぴでしたよ? でも、お料理好きだったから、人よりちょっとだけ……。ほんと、ちょびっとですけど、上手になったのかなって思うんです」
【マリン】「だから、すぐに慣れるし、大丈夫になりますよ。……みんなも、それはわかってますよね? 私だけじゃないお兄さんも、お姉さんも見送ってきたもの」
【こどもA】「……マリン……」
【マリン】「寂しいけれど、そうなるのは自然なことだと思います。だから……」
【こどもA】「でも、ボクは嫌なんだ!」
【こどもB】「わたしもイヤ!」
【こどもC】「……イヤだ」
【マリン】「……みんな……」
【こどもA】「……イヤだよ〜」
【こどもB】「ふえ〜ん!」
【こどもC】「ぐすっ……」
【マリン】「あわ……」
【こどもたち】「うわーーーん!」(大きな文字で?)
【マリン】「きゃーー! 泣かないでーー! あーん!
【こどもたち】「わーーー!!」
【マリン】「はうう〜……そ、そんなに泣かれたら……。私も泣きたくなっちゃうじゃないですか〜……」
【こどもたち】「わーーーん!」

○ドアの開く音。

【神父】「どうしました、騒がしいですね」
【マリン】「あっ、神父様……そ、それが……」
【こどもたち】「わーーー〜ん!」
【神父】「おやおや、お別れをしに行くと言っていたのに……。しょうのない子たちですね」
【こどもA】「マリンなんか知らない!」
【こどもB】「大ねーちゃんなんかだい嫌い!」
【こどもC】「……どこにでも行っちゃえ!」

○子どもたちいなくなる音。部屋の中。

【マリン】「あ……」
【神父】「……放っておきなさい。すぐに戻ってきますよ。……と、そうでもないですか。あなたの時がそうだった」
【マリン】「は、はい?」
【神父】「あなたもいつか、ひとりで泣きながら外へ向かっていったでしょう」
【マリン】「あ……あ、あはは……。神父様も覚えていらっしゃるんですね。は、恥ずかしいな……」
【神父】「忘れませんよ。みんなで必死に探しました。あの時、本当に私は後悔しました。……仕方ないなんて、言うべきじゃなかったと……」
【マリン】「……神父様……」
【神父】「父親失格ですね」
【マリン】「……そんなことありません! 私は、その、神父様のところで大きくなれて……すごくよかった。幸せだと……思ってます」
【神父】「……そうですか」
【マリン】「はい、とっても!」
【神父】「……探しに行きましょうか」
【マリン】「はい!」

○プロローグの背景C

【マリン】「みんなー、出てきてくださーい!」
【神父】「夜ですから、危ないです。早く帰りましょう〜!」
【マリン】「帰りましょう〜!」

月の美しい夜。潮騒の音。
物心ついてからずっと、私の側には海があって、神父様がいて、『きょうだい』がいた。ちっともひとりなんかじゃなかった。
(今ならそう思えるんです)
子どもの頃はわからなかった気持ち。
私がいなくなっても何も変わらないと、『青い人』は言った。
そう言われた時、私は不安で悲しくて、でも絶対そんなことはないと祈る気持ちで言い返した。
事実、そうだった。
血が繋がっていなくても、私の家族はここにある。
その形はふくらんだり、縮んだりするけれど、存在の重さは変わらない。
私の帰る場所はここ。
でも、いつまでもそれをアテにしてはいけないの。
——作らなくちゃいけない。私は私の居場所を探し、そして。

○がさごそとしげみの音。

【マリン】「みーつけた♪」
【こどもたち】「あ〜……」

○暗転。

【マリン】「忘れてました? 私、かくれんぼの鬼は強いんですよ♪」

あの日の私を思い出す。辿る。
夜の道、不安で走って、涙した。
あの気持ちをきっとこの子たちも抱えている。
でも、きっといつかわかるはずだから。
私でもわかったんだから。
(離れても、心はずっとつながっているって)
だって、ここが私の故郷。
マイ・ホームなんだから。

○洞窟の中のブルー。スクリーンショット。

だから……あなたもきっと、守っているんですね。
あなたの家を。

○波音と共に暗転。

【マリン】「さあ、帰りましょう。……手をつないで」

そして、世界とわたしはつながるの。
あなたとわたしの絆の星。
今もちいさく、あたたかく、光る。

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