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プロローグ – 猫ト指輪ト蒼色絵本

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○補足 猫のデザインに首輪(指輪つき)を含めること。
○暗転。

吾輩は猫である。
名前はまだない。
と、いうか。名前など呼ばれることがないし、必要ないので、つけないといった方が正しいか。
吾輩はこの島で生まれ、適当に食べて、寝て、たまに野原を駆け回って、気が向いた時に寝る。
自由な野良生活が気に入っているから。
通りすがる人は吾輩を『猫』と呼び、鳥もサカナも吾輩を『猫』と認識する。
生きるために、他にどんな不都合があろうか。

【猫】「ふああ~……にゃあん。(……ふああ、さて……そろそろ見回りに行くとするか)」

○街中。

この島の名前は『アロランディア』と言う。
いつの時代の人間がつけたのか知らないが、みんながそう呼ぶので、吾輩もそう呼んでいる。
塩辛い海に囲まれ、外国人の出入りも多い。
観光地気分で来る輩もいるので、港あたりに行くと食べ物には困らなくて嬉しい。
しかし、百年くらい前、ぱったりそういう輩がいなくなったことがあって、難儀をした。
一年くらいだったと思うが、その間、この島はずっと揺らいでいたように思う。
島を統治し、構成する三つの建物。
神殿。
騎士院。
魔法院。
――その中に住む、年若き人間たち。
彼ら彼女らの揺らぎが島全体を揺るがした。
――だが、吾輩のような年寄り猫から言わせれば、こんなことは何度もあった。
この島がアロランディアという名で呼ばれるずっと前から、何度もこんな揺らぎはあった。
命がふたつ以上あったなら、それは必ず起こることだから。
けれど、百年前のそれは少し様子が違った。
長い長い、吾輩の猫生の中で……その一年は少々忘れ難いものであった。
ひとりひとり、名前のついた、星のあざを持つ娘たち。
吾輩は彼女たちを見ていた。
ずっとずっと、見ていた。……悪意をもって。
吾輩は猫であるから。どんな場所にも体をくねらせ、どんな高い場所にも飛び上がれるから。
――そして嵐の一年が過ぎ去って、後。十数年。……善意をもって見守った。
――見るぶんには、人はおもしろい生き物だ。
飽きっぽい『猫』の吾輩を、ただの一度も退屈させはしないのだから。

【女の子猫】「にゃあ~。(あの~)」
【男の子猫】「にゃあ~ん。(あの~?)」
【猫】「……んにゃ? (なんだ、吾輩の昼寝を妨げる奴は?)」
【女の子猫】「にゃっ、にゃにゃ~! (あ、あの、ごめんなさい。お昼寝を邪魔する気はなかったんですけど……)」
【男の子猫】「にゃ~にゃ~。(あの、毛並みが黒くてトラ柄の猫さんには、挨拶しておけって言われたから……)」
【猫】「んにゃ? (挨拶? なんだ、お主ら新入りか)」
【女の子猫】「にゃん。(はい、一週間前、船に乗って来ました)」
【男の子猫】「にゃん!(よろしくお願いします!)」
【猫】「にゃ~……。(……別に挨拶などせんでもよいのだが。ま、気楽にやれ)」

ずっと一カ所に住んでいるし、年も吾輩は一番高い。
忘れるくらいに高いので、猫社会では勝手に祭り上げられたりもする。
――面倒くさくて、吾輩としては御免被りたいところではあるのだが。

【女の子猫】「にゃ~(あの~)」
【猫】「……にゃ?(なんじゃ、まだ何かあるのか)」
【女の子猫】「にゃ~~(あの、黒猫さんはお名前はないんですか?)」
【猫】「にゃん。(ないない)」
【女の子猫】「にゃ?(それって困りませんか?)」
【猫】「うにゃ。(困らない)」
【男の子猫】「うにゃあ。(ええ~、困りますよ。これからいつもトラ柄の黒猫さんって言うのも~)」
【猫】「うにゃ。(猫、でいい。吾輩はそれでちっとも困りはしないのでな)」おぬしらの名前もいわんでよいぞ。覚えるのが面倒なんでな)」
【女の子猫】「にゃー。(えーー)」
【男の子猫】「にゃにゃー。(えええーー!)」
【猫】「にゃあ。(ああ、うるさい。いらんといったらいらんのだ、もう)」
【女の子猫】「にゃにゃにゃにゃ……にゃん! (う~でもでも~やっぱり不便は不便ですし~。あ、だったら……ワタシたちがワタシたちだけの、黒猫さんの名前を考えていいですか?)」
【男の子猫】「……にゃん! (あ、それっていいかも! 素敵!)」
【猫】「……。(お前らな……)」

頭が痛くなる。
新入りならばもう少しその、わきまえるというか、大人しくするとか……。
見れば二匹の猫は揃いの柄で、兄妹のようであった。
白い体に茶色のブチ。目はキラキラと輝いて、尻尾はピーンと立っている。
自分のアイディアはとても素敵だという自信に満ちあふれ、毛並みも若々しさではち切れそうだ。

【猫】「……(やれやれ……)」
【女の子猫】「にゃう? (虎縞の黒猫さん?)」
【男の子猫】「にゃあにゃあ。(ど、どうしました? お腹でも痛いですか?)」
【猫】「……にゃう。(いや、なんでもないよ。吾輩はつくづく、お主らのような輩に弱いと思っただけだ)」
【女の子猫】「にゃん? (え?)」
【男の子猫】「うにゃ? (なんですか? それ)」
【猫】「……にゃんにゃん。(名前はいらんよ。吾輩には本当は名前がある)」
【女の子猫】「にゃ? (え?)」
【猫】「にゃん。(ただ、もうその名前では呼ばれまいと、遠い昔に決めたのだ)」
【猫】「……にゃん。(かといって、新しい名前をつけることはできない。それは吾輩の名前ではないとわかるから)」
【男の子猫】「にゃ……(虎縞の黒猫さん……)」
【猫】「……にゃんにゃん。(ま、年寄り故に色々ある。それだけのことだ)」
【猫】「にゃ。(ま、挨拶に来てくれたのだから、おぬしらに便宜は図ってやる故。安心せい)」
【猫】「にゃあ。(吾輩のことは猫、と呼べ。ではな)」

そう言って香箱を崩し、のそりとその場を離れようとする。
明らかに残念そうな金色の目が、少々毛並みによくなかったから。

【男の子猫】「にゃーーー! (かっこいーーー!)」
【猫】「うにゃっ? (わっ?)」
【男の子猫】「うにゃにゃにゃにゃーーー! (渋いです! かっこいいです!)」
【女の子猫】「にゃあ~ん……! (素敵……)」
【猫】「にゃ……っ。(な、なんだと!?)」
【女の子猫】「にゃんにゃん! (わかりました。その心意気!)」
【男の子猫】「にゃにゃん! (やっぱりご挨拶に来て良かったです!)」
【猫二匹】 「にゃんにゃんにゃん~! (これからは師匠と呼ばせて頂きます! 猫よりはカッコイイですよ!)」
【猫】「にゃあああああ~!? (はああああ?)」
【女の子猫】「にゃん! (師匠、どうしたら師匠のような猫になれますか!?)」
【男の子猫】「にゃん! (僕たち、ずっと師匠のようなお手本にできる猫を探していたんです!)」
【猫】「……にゃあ。(お前らな……吾輩が何を説明したか、さっぱりわかっておらんな?)」
【女の子猫】「にゃん? (はい?)」
【男の子猫】「にゃん? (わくわく?)」
【猫】「……。(もういい)」

久方ぶりに逆立った尻尾をだらんと下げる。
白いふたつの尻尾は立ったままだ。
――ああ、まったく。吾輩はただの猫。
そうでありたいというのに。

【女の子猫】「にゃ~ん。(お話しして下さい☆)」
【男の子猫】「にゃん! (師匠の若い頃の武勇伝を聞かせて下さい!)」
【猫】「に。(……ま、話してやってもいいが……吾輩の気が向いた時のみだな)」

空はすでに夕方へ向かっている。
日差しはまだ夏の匂い。いつの間にか吾輩たちのいる場所は日陰ではなくなり、オレンジの光が影を延ばす。

【猫】「にゃ。(また明日だな。今日はもう遅い)」
【女の子猫】「にゃ~? (師匠もどこかへ帰るんですか?)」
【猫】「にゃ。(……さあな)」
【男の子猫】「にゃうっ……。(し、渋い……)」
【猫】「……にゃん。(長い長い物語だ。飽きたらそこでおしまいでいいからな)」
【女の子猫】「にゃんっ! (はいっ)」
【男の子猫】「にゃんっ! (師匠、おやすみなさい!)」
【猫】「……にゃん。(お前たちもな)」

○暗転。

とてとてとて。とてとてとて。
吾輩は暮れなずむ裏通りを歩く。
海の匂い。古びた石壁。鍋が噴きこぼれる音。子どもの声。大人の世間話。
その中をとてとて、気配を消して歩く。
それでも子どもは追いかけてきたりもするが。

【子ども】「あ、猫だ!)」
【子ども2】「猫だ~! あそぼーよー!)」

――無視無視。やれやれ、子どもの相手は年寄りにはいささか骨が折れるからな。
気が向けば相手をしてやることもあるのだが。

○路地裏。

【猫】「……にゃあ……。(吾輩のようになりたい、か)」
【猫】「……そんなことを言われるとはなあ)」
【子ども】「え?)」
【子ども2】「今、何か言った? あの猫)」
【猫】「にゃ!(……あ、しまった!)」

○暗転。猫、駆け去る音。

【子ども】「……気のせいだよね?)」
【子ども2】「だよねえ……?)」

○川べり。

【猫】「……にゃあ~。(はあはあ……しまった……)」
【猫】「にゃんにゃん。(つい、人の言葉をしゃべってしまったぞ)」
【猫】「……にゃあ。(いくらなんでも、猫が喋るのは非常識だからな。気をつけねば)」

遠い遠い昔、そう、吾輩は名前を持っていた。
忘れる程に遠い昔。
もう誰も、吾輩の名前を知る者は世界にいない。
それでいい。それでいいはずなのに。

【猫】「にゃう~。(……何を話してやろうかな。あの子らに)」

○一枚絵 猫の寝床(丸くなるその下には蒼色の本)。

【猫】「にゃん……。(なあ、ご主人。嬉しい物語も悲しい物語も、話していいか?)」
【猫】「にゃあ……。(少し、寂しくなってきたよ)」

古びて黄ばんだ、蒼色の本の上、丸くなる。
もう何十年、この上で夜を過ごしただろう。
木のうろからは丸い月と、美しい星々。
明るい夜は、『物語』を描ける夜だ。

【猫】「……にゃあ。(……さて、今日も執筆するとしようかな)」

○暗転。猫、化ける音? 顔を出しちゃってもいいのかな……。

【猫】「……はやく、『持ち主』が現れぬかのう」

それをずっと待っている。あの港で。

【猫】「……吾輩に文才はないのだよ。なんてったって、猫であるから」

○暗転して空PAN(ブルーのやつ流用)月が見える。
○タイトルバック「猫ト指輪ト蒼色絵本」。キャラクター選択へ。

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