「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

星のランプ

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○補足 三年後の神殿は女の子も就職できるようになりました。
○神殿廊下。

【プルート】「それじゃ、今日はここまでにしましょう。お疲れ様」
【神官1】「お、お疲れ様でした!」
【神官2】「ご指導ありがとうございました!」
【神官3】「あ、ありがとうございました……!」
【プルート】「あ、あはは。そんなにかしこまらないで下さい。三人とも覚えがよくて、助かりましたから」
【神官1】「そ、そうでしょうか……。もう、メモを取るのが精一杯で……」
【神官2】「ですよねえ……。しかも、そ、そのプルート様にご指導して頂けるとは思いませんでしたし」
【神官3】「は、はい。あの、星読み様は他のお仕事がお忙しいのでは?」
【プルート】「……ああ、星読み様というのはやめて下さい。もう皆さんも知っているでしょう? 私にその力はありません」
【神官1】「……あ」
【神官2】「……うう……」
【神官3】「そ、そうなんですけど……」
【プルート】「……今の私は神殿に仕える一介の人間です。あなた方となんら変わりない。遠慮などしないで下さい。それじゃ」
【神官1】「あっ……」
【神官2】「お、お疲れ様でしたー」
【神官3】「また、明日もお願いしますーー!」

○暗転。すぐ切り替えて神殿外、夕方。

【プルート】「ふう……やれやれ。やっぱりまだ、私を星読みとして扱いたい人がいるんだな」

自分に未来を予知する力がないと、告白したのは二年前。
それまでふくらみ続けた矛盾に次ぐ矛盾が、一気に爆発した。
私とソロイ、そして亡き父が作り上げた『星の娘』計画は、いわば私の裏切りですべてを瓦解させるに至った。
民は混乱し、一時は暴徒が神殿に押し寄せたこともある。
神殿を解体し、アルタス家の私財をすべて放出し、私が正式に星読みを降り、新しい政治の制度を打ち立てるまで、ずいぶんこの国は荒れた。
あの嵐が押し寄せる日々よりも、その後の方がずっとアロランディアには過酷だった。
けれど、『彼女』は負けなかった。
私が弱音を吐いたり、くじけそうになったりした時……いつも『彼女』は黙々と、いつも通りに生きていた。
私よりずっと過酷な立場に置かれているにも関わらず。
——だったら私も負けてはいられないではないか。
今は一神官としての身分しかなくても、自分が今までしてきたことがなくなるわけではない。様々な人脈を辿り、親書を書き、神殿の改革をし、長老たちに頭を垂れる。
一番の禁忌を破った今、何も怖い物などないのだから。
そのひとつが神殿に女性を任官させることで、先ほどの三人はその第一陣である。
今まで神殿は星読みが男の場合は全て男だけ、女の場合は女だけ、という排他的な登用を行っていた。
だが、いつまでもそんな前時代的なことは続けていられない。
星読みをやめてから旅した外国の、王族の立場では足を踏み入れない様々な人々の生活をかいま見て、思う。
(ああ、やっぱり私のしていたことは間違いで、間違いではなかった)
この島を守りたいと思った気持ち。それに嘘偽りはなかったけれど。
——ここを守りたいと思うなら、きっと父の言うことを聞くべきではなかった。
たとえそれが愛によるものであったとしても。

○墓場、夕方。ユニシス、三年後の姿。

【ユニシス】「あれ、プルート様?」
【プルート】「……ユニシス。来ていたのですか。言ってくれればよかったのに」
【ユニシス】「あはは、すみません。ちょっと本と薬を仕入れに来ただけだったから」
【プルート】「そうでしたか。生活はどうですか? 何か不足はありませんか?」
【ユニシス】「ぜんぜん。住める家があるだけで、助かってますよ。俺、本当は追放されてるはずなのに、すみません」
【プルート】「今は解除されています。結果そうなら問題ないでしょう? 多少、期間にズルがあっても。これくらいは星読みを十年続けたご褒美として、行使してもよい権力でしょう」
【ユニシス】「あはは、プルート様って意外と話がわかるよね。今は驚かないけど、昔はちょっとびっくりしたよ」
【プルート】「……そうですか?」
【ユニシス】「そうですよ」
【プルート】「……そうですね。そうかもしれません」

手にほうきを持って姿勢良く立つのは金色の髪の少年。
魔法院に所属はしていないが、優秀な魔導師だ。
ある理由で今はアロランディアに居を構えず、船で二日ほど離れた小島にラボを構えて研究を続けている。
そこは私が提供したものだ。
——ヨハンがいなくなったから。
姿を消した理由は様々予想できるが、彼を失った後の魔法院は相当の混乱があった。
しかし、それも一年を待たずに収束する。
ヨハンの書き置きが見つかったからだ。
そこには自分がいなくなった後の事が子細にアドバイスされていた。
それを発見したのはユニシスである。
いつまでも部屋を放っておけないと、片づけた。
それができるのは長い間彼の側にいて、共に夢を見た、彼だけだから。
けれど、それをユニシスは自分で実行しようとはせず、他の魔導師に預けてしまった。
譲らずにいれば、きっと名声は彼の物になったのに。

【ユニシス】「しかし、久しぶりに墓地に来たら、えらい荒れていてびっくりしたよ。どうしちゃったんです、これ?」
【プルート】「ああ、今まではアルタスの家で雇っていた使用人が掃除していましたから。今はみんな、暇を出しましたからね。やる者は私とソロイしかいないのですよ」
【ユニシス】「えーー、そうなの!?」
【プルート】「最初はみんな、好意でやっていてくれたのですが……。良くないでしょう、そういうのも。だから、お断りして」
【ユニシス】「ええーーー、全然いいよ! だって、プルート様を応援したくてやってるんでしょ? 断る方が失礼ですよ、それって」
【プルート】「はは……耳が痛い。彼女たちにもそう言われました」
【ユニシス】「でしょでしょ? プルート様って、なんでそうひとりで何でもやろうとするのかな? 良くないよ、そういうの!」
【プルート】「……まあ……それは私のこだわりということで、勘弁して下さい。よいしょっと……このバケツ、借りていいですか?」
【ユニシス】「あ、ここに来たのって、掃除?」
【プルート】「ええ、今日は早めに仕事も終わったので。すみませんね。ユニシス。やらせてしまって」
【ユニシス】「それは全然いいですけど。俺、汚れているのが我慢できない性質なだけだから。手伝いますよ」
【プルート】「い、いえ。あなただって忙しいでしょう。待ち合わせなどがあるのでは?」
【ユニシス】「別に一日二日、遅らせたって構わないんだ。それに、プルート様。もう日が暮れるよ。ひとりでこの面積は終わらないって。現実的に」
【プルート】「……う……でも」

確かに宵闇は足下まで迫ってきていた。
ふたりの黒い影も長く墓の上に横たわり、オレンジの光を紫に変え始めていた。

【ユニシス】「もー、じゃあ交換条件! 後でメシおごって! それならいいでしょ?」
【プルート】「……そんなのでいいんですか?」
【ユニシス】「掃除くらいで金なんて要求できないですよ。じゃ、そういうことで。はい、ほうき。水くみは俺がやるからね」
【プルート】「えっ?」
【ユニシス】「だって、プルート様の腕、細せーんだもん。俺の方が背も高くなったし、体力あるから、能率がいいよ。んじゃね」
【プルート】「うっ」

○ユニシス消える。

至極もっともな理由で役割交換をさせられる。
——確かにユニシスはこの三年でずいぶん背が伸びた。
アンヘル族は男女どちらにでもなれるという不思議な人たちだが、一度決めると怒濤のような成長を見せるらしい。
思わず自分の腕をまじまじ見つめる。
(……前より牛乳も飲んでいるし、好き嫌いもなくしてるつもりなんだけどなあ……)
背は多少伸びたけれど、この筋肉のつかなさ加減はどうなんだろう。
ソロイくらい、とは望まないけれど馬鹿にされない程度の体格は欲しい。
何より、好きな人よりは高くありたいではないか。
——男としては。

【プルート】「……はあ。もっと頑張ろう……」

とりあえずは、この枯れ葉を綺麗に掃き清める事から。

○暗転。



【ユニシス】「……プルート様ー、こっち終わったよ〜」
【プルート】「あ、はい。こちらももう少しです」
【ユニシス】「じゃあ、バケツもそろそろ片づけていいよね」
【プルート】「はい、このゴミを捨てればお終いですから」

○墓場。夜。

【ユニシス】「うあー、やっぱりとっぷり暮れた! ほら、俺の言った通りじゃん」
【プルート】「あはは……ですね」
【ユニシス】「腹減った〜、メシ行きましょうよ、メシ〜。約束したし」
【プルート】「は、はい。そうですね。でも、ちょっとだけ待ってくれます?」
【ユニシス】「へ? まだ何かやるの? 相当綺麗にしたと思うんだけど」
【プルート】「すぐ済みますから」

○一枚絵 星のランプを掲げるプルート。

【ユニシス】「……何、それ」
【プルート】「私が作ったんです。街の職人に習って。中の火は一応魔法で作って、半永久的に燃えるようになってるんですよ。明るくなると自動的に消えて、暗くなると着くんです」
【ユニシス】「へえ……おもしろい物作るね。炎を作るのは初歩の初歩だけど、それを継続的に実行させるのって、結構面倒くさくない? 芯は何使ってるの?」
【プルート】「ああ、それはアロランディアの山で採れる鉱石があって」
【ユニシス】「あ、あれか。ちぇっ、いいよなあ。一般の魔導師にも早く解放してよ、あの鉱脈」
【プルート】「うーん、ユニシスさんだけだったらいいんですけどね。もう少しお時間を下さい」
【ユニシス】「ふうん……けど、プルート様らしい魔法だね」
【プルート】「そうですか?」
【ユニシス】「墓場って、夜になるとなんか怖いもんな。特に子どもは。でもこういう明かりがついてると、そうでもなくなるじゃん」
【プルート】「あ、そうですよね。やっぱり。……自分の先祖や家族が眠っているのに、怖がるのってなんだか悲しいじゃないですか。だから、こういうのを飾ったら綺麗かなあって……」
【ユニシス】「うん、綺麗綺麗。人によったら人魂に見えるかもだけど」
【プルート】「うっ、そ、それは考えてませんでした……」
【ユニシス】「あはは、大丈夫だって。確かめれば違うってすぐわかるし。これ、全部の墓につけるの?」
【プルート】「一応、そのつもりです。なかなか、遠い道のりですが」
【ユニシス】「……ふーん、一個作るのにどれくらいかかるの?」
【プルート】「そうですねえ……一週間くらいは」
【ユニシス】「俺も作ってみていい?」
【プルート】「えっ?」
【ユニシス】「組成式教えてよ。だめ? 結構面白そう、プルート様の魔法。魔導師の血が騒ぐってやつ?」
【プルート】「それは構いませんけど」
【ユニシス】「やった! ありがと。へへ、俺も仕事の合間にやるから、ちょっと遅くなるけどね」
【プルート】「……いえ、ありがたいです」
【ユニシス】「でも……邪魔ならしないよ?」
【プルート】「え?」
【ユニシス】「ひとりでやり遂げたい事も、あるもんな。男は」
【プルート】「……ユニシス」
【ユニシス】「プルート様のそういうところ、悪いところだと思うけど、良いところでもあるもんね」
【ユニシス】「同じ年だけど、俺よりずっとプルート様は大人だから、色々なことができるから……。きっと頼らないでも、やっちゃえって思うんだろうけど」
【プルート】「私が、あなたより大人ですか?」
【ユニシス】「うん、そう思ってるけど?」
【プルート】「で、でもあなたの方がもう体も大きいし、背だって高いし」
【ユニシス】「え? なんでそーなんの? 俺は心の話をしているんだけど」
【プルート】「……」
【ユニシス】「でもさ、たまには人に頼った方がいいと思うよ。プルート様は掃除なんかより、もっとやらなくちゃいけないことがあるだろう?」
【ユニシス】「そう……なんでしょうけど」

星読みでない自分。騙し続けていた人々。
頼るなど、もう許されない事なのではないか。
それが私の、償いではと。

【ユニシス】「……みんなだって償いがしたいんだよ?」
【プルート】「え?」
【ユニシス】「ひとりにすべてを押しつけて、平和と未来を当たり前に受け取ってた。……街の人たち、今はそう思ってる。三年、プルート様を見ていたら」
【プルート】「……」
【ユニシス】「プルート様が全部やっちゃったらさ、そいつらはいつまでもプルート様に負い目を感じるんだ」
【プルート】「……ユニシス」
【ユニシス】「許されるかも知れない希望を与えてやってよ。もう星読みじゃない。わかってる。だけど、それでも希望なんだよ、みんなにとって」
【ユニシス】「プルート様は、今でもそうなんだ」
【プルート】「……」

淡く光るランプの周り、小さな羽虫が寄ってくる。
ガラスに遮られたそれは、その身を焼きはしないから。
暖かさだけを広げるようにと、祈り作った。
私にとって、光はあの人。私が光そのものでいるのは、おしまいだと思っていた。
資格はない。
でも……。

【プルート】「……私もまだ、光れるでしょうか? 肩書きがなくても」
【ユニシス】「当たり前じゃん」
【プルート】「……ありがとう、ユニシス」

親指を立てて、認めてくれた。金色の髪をした少年。
それはランプの光に照らされて、白くぼける。
彼も光だ。
——いや、すべての人が。
たったひとつの明かりに群がるなんて、ナンセンス。
こんなにも、身近にある、美しい光。

【プルート】「今日は、命日なんです。父の」
【ユニシス】「……そっか」

○暗転。

死んだ人には何も聞けない。
私のしたことは、あなたの意には添わない事だった?
まだアロランディアは存在するけれど、アルタス家は滅びて行くだろう。
許されない事だったかもしれない。
もしも生きていたら、あなたは私を殴るだろうか。
それとも。

【ユニシス】「きっと、許してくれるよ」
【プルート】「……ええ、そうですね」

この光があなたの元へ届くといい。
血脈の始まりのその人までも。
——そして照らされる世界の姿を見て欲しい。夜の闇に紛れずに。
きっと、そこには美しい果てが見えるから。

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