「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

初恋

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○暗転し、波の音。

潮騒。
鳥の声。
人々の歌う日常。
見渡す限りの青。海。空。
星読みの部屋から見渡すと感じる。
ああ、ここはまるで、世界の果てのようだと。
世界に『果て』というものが、本当にあるのかどうかは、わからないけれど……。

○星読みの部屋。

【ソロイ】「プルート様、夕方の予定について若干の変更が……」
【プルート】「わっ!」
【ソロイ】「……?」
【プルート】「な、な、ノックもなしにいきなり入って来ないで下さい! び、びっくりするではないですか!」
【ソロイ】「は? ……ノックは致しましたが。何度も。お返事がないので、勝手に入りましたが。……読書中でいらっしゃいましたか? 何を?」
【プルート】「わっ! こ、これはっ……!」

○本を閉じる。

【プルート】「べ、勉強のための本です。ヨハンに借りて。ご、夕方の予定が変わりましたか? き、聞きましょう」
【ソロイ】「……はあ。何か、お隠しで?」
【プルート】「何も! 隠していません!」
【ソロイ】「……」
【プルート】「……う」
【ソロイ】「……ま、良いでしょう。……ほどほどになさって下されば。では、こちら。謁見者の変更リストですので」
【プルート】「わ、わかりました。見ておきます」
【ソロイ】「それと、私は謁見にご同席できません。例の探索について、新情報が入りましたので……」
【プルート】「例の……星の娘探索の事ですか?」
【ソロイ】「ええ。南方面の小さな島に、それらしい娘がいるらしいと。行商人が見たそうです。これからその商人に会って話を聞いてこようかと。……へたに言いふらされても困りますので、早い内に真偽を確かめて参ります」
【プルート】「そうか。……見つかるといいけど。……『偽物』すぎる者が多すぎるからね。そうでない人なら、お前の判断で決めて良い」
【ソロイ】「承知致しました。では」
【プルート】「……ああ」

○ソロイ消える。

【プルート】「ふう……」

星の娘。世界を救う、神様の生まれ変わり。
アルタス家の繁栄と、この島の守りを約束する、巫女。
先代の星読みが残してくれた手紙には『星のあざ』を持つ者を探せと記されていた。
力を持たない私が『星読み』として生きる方法が。
——謀に等しいその計画を、ソロイは粛々と実行する。
父との約束を果たすために。
幼い頃は、大人はみんな正しい事をするのだと思っていた。
けれど、私自身が大人になるにつれ、迷う。
私は正しい事に向かって、本当に歩んでいるのだろうか。
体はどんどん大きくなって、声も低くなっていくけれど……。
自分が今していることは、誰かを騙す事。大義のためではあるけれど。
毎日、たくさんの偽物と会ううちに思う。
金が目当ての者、地位が目当ての者、暗殺が目的の者、様々に彼ら彼女は人の醜さを見せつけてくれるけれど、私と彼らのどこが違うんだろうと。
(……どちらも一緒じゃないのか。もしかしたら)
閉じた本のカバーをめくる。ソロイにばれたら呆れられる本。
世話をしてくれる神官から借りた、恋愛小説。
そこには王子の姫の美しい物語がある。
わくわくしながら私はその物語を読み進めるけれど、時にはたと我に返り、寂しくなるのだ。
本の中の彼らはあまりに善意の人で、私とは違う。
——これほど美しくはいられない。
愛を貫くにはあらゆる犠牲が必要で、時にそれは国であったり、家族であったり、友人であったりする。
私にそれは失えない。
——そう思うのは、心に欠陥があるからなんだろうか。
恋愛より素晴らしいものはないと、登場人物は言うけれど。
私は大事だ。この国が、海が、空が、人が、街が。
大事なものがたくさんある。
たったひとつのもののために、他の大事なものを簡単に捨てる事など考えられない。
もちろん、読んでいる間はドキドキして、王子や姫の運命を応援したりはするのだけど。

【プルート】「……やっぱり私はおかしいのかなあ。はあ……」

ため息をつく。最近、そんなことをずっと考える。
でも、もしも星の娘がみつかったのなら、この神殿には女の子がやって来るのだ。
自分の領域に異物の入り込んでくるこの感覚。そして不安。
——どうにか嫌われずにいたい。
謀り、騙す事にはなるけれど……嫌悪されるのは悲しいから。
どんな人だろう。
ページをめくる。
善意の人でありませんように、と願う。
——そうだったのなら、私はきっと滅ぼされてしまうのだから。

【シリウス】「へえ、そのシリーズ読んでいるんですか。プルート殿もそういう俗っぽいもの、読むんですねえ。意外、意外」
【ボビー】「カーワーイイー!」
【プルート】「わっ!」

○プルート椅子から落ちる音。画面揺れる。

【シリウス】「わっ……大丈夫ですか。プルート殿」
【プルート】「なっ……し、シリウス様っ!? どうして、こ、ここに! 本日お会いする約束はっ……!」
【シリウス】「はい? 先ほどソロイ殿にお願いしておきましたけど。彼にも承りましたと言われたんですけどねえ」
【プルート】「え? あ……さっきの変更届……! あ、あいたた……」
【シリウス】「あはは、すみません。そんなに驚かせましたか。派手に尻餅つきましたねえ」
【ボビー】「イタソー!」
【プルート】「は、はあ……きょ、恐縮です」

痛む部分をローブに隠れながらさする。
この人相手にこんな失態はまずすぎた。
ソロイがいたら、睨まれていたことだろう。
(……どうしてこう、タイミング悪く来るんだろう、この人)
ニコニコと腹話術人形を揺らす、白磁の肌と金の髪を持つ王子。
シリウス=ウォーレン=ダリスは大陸のスパイである。
——神殿の誰もがそれをわかっているが、様々なこと情で追い出せない。
そういう状況を作ったのももちろん彼自身であろう。
痛い腹を探りに来ているのはわかっているのだから、極力関わらない方が身のためと思い、謁見には手順を要し、ソロイの同席も必ずさせて来た。
なのに、今日。しかも今。彼はここにいる。
(運なのか、わざとなのか。……後者かな。はあ……)

【プルート】「そ、その。本日はどんなご用件でしょう? 観光のことならば、近くの神官に申しつけて頂ければ、すぐに手配させるとお伝えしたと思いますが」
【シリウス】「やあ、それなんですがね。私もここへ来てもう一週間じゃないですか。あらかた、素敵スポットは見飽きてしまったのですよ〜」
【プルート】「は、はあ……そうですか」

だったらもう帰ってくれ、と言いたいのをぐっとおさえる。

【シリウス】「青い空! 広い海! もちろん、それは大変美しいものではありましたが。本来私は大使ですから、やはり人とお話し致しませんと」
【シリウス】「神殿のみならず、騎士院、魔法院の方々ともお話しさせて頂きたい。それをお許し頂けないかと、お願いに参ったわけですよ。プルート殿」
【プルート】「……なるほど」

努めて冷静に相づちを打つ。
(……そろそろ本格的に活動するから、覚悟しろとの宣戦布告か)
そもそも、そんな了解など自分に取る必要はない。
大陸の賢人会の取り決めで『代表』として査察に来ている『親善大使』のやることに、査察を受ける側が異を唱えれば、それだけで怪しまれる。
これは彼流の『フェアプレー』のつもりなのだろう。
(……なめられている、ともいうけど)
倍も年が違うのだから、しょうがないけれど。
——カチンと来るのもしょうがない。

【シリウス】「……ふふふ〜」
【プルート】「……なんですか?」
【シリウス】「今、カチンと来たでしょう」
【プルート】「なっ……な、何を言うのです。た、ただ頷いただけでしょう」
【シリウス】「そうですね、頷いただけですね。いや、快くご許可頂けて嬉しいですよ。プルート殿は心がお広い。さすがアロランディアを守る盾と、自負されるだけの事はある」
【プルート】「……」

胸がキリキリと痛む。
ソロイがいないのが、これほど辛いとは。

(……いや、いつまでも頼ってたらいけない。……これくらい、戦わなくちゃ)

ぐっと握り拳をして、頭ふたつ分高い男に向き直る。
負けてはいけない。
そういう戦いを私はずっと続けていくと、星読みになった時に決めたのだから。

【プルート】「……褒め言葉と受け取っておきましょう。ご用事がそれだけでしたら、これにて」
【シリウス】「えっ、もう? 全然、お話ししてないじゃないですか〜。予定時間まで、まだ結構ありますよ? もっとおしゃべりしましょうよ〜」
【プルート】「……用件が終わったのならいいじゃありませんか。シリウス殿もお暇な身ではないでしょう」
【シリウス】「くすっ……まあ、そうですね。でも、私が暇な方が皆さんにとっては良いことだと思ってたんですけど。……違いましたか」
【プルート】「……っ」

精一杯のイヤミ。……カラぶるが。
(くそ……やっぱりこの人、苦手だ)
すべてを見透かされるような感覚。
この国にやってきて、たかが一週間。
——でもこの人の怖さを知るには、それで十分だった。
小説に出てくる王子のような外見をしているのに。

【シリウス】「プルート殿は本当にかわいいなあ。いや、実際意外でしたよ。アロランディアの新たなる巫王が、これ程年若い少年だとは」
【プルート】「……傀儡と正直に言って頂いて結構ですよ。実際、政務のほとんどはソロイがやっておりますし」
【シリウス】「いやいや、そんなつもりで言ったのでは」
【ボビー】「キニシテルー?」
【プルート】「……してませんけどっ」
【シリウス】「あはは、いやいや。でもその年にしては、本当に大人でいらっしゃる。これは掛け値なしにそう思ってますよ」
【プルート】「……それはどうも」

嬉しくない褒められ方。
——この神殿で私にこんな不遜な口をきくのは、空気を読まないのが信条のこの人だけだ。

【シリウス】「でも、こんな小説が好きだなんて、やっぱり子どもだなあ。あっはっは! 読むならもっとすごいのを読めばいいのにー」
【プルート】「なっ! そ、そそ、それは、落ちていたんですっ! と、届けようと思って、な、名前を確認しようと……」
【シリウス】「本に名前なんて書く人がどこにいますか。別に恥ずかしがらなくてもいいでしょう。少女小説ぐらい。あなたくらいの年の女の子なら、みんな読む」
【プルート】「〜〜〜!!」
【シリウス】「あ、これは失敬。プルート殿は男の子だった。あっはっは」
【プルート】「で、ですが! それが何なのかすぐわかるということは、シリウス様もお読みになったんですよね!?」
【シリウス】「ああ、そうですね。ダリスでおつきあいしていた貴婦人のひとりがえらく気に入っていて、ごっこ遊びにつきあわされましたから」
【プルート】「……へえ」

やっぱり女の人はああいうのが好きなのだ。
恋に命を捧げるような、そんな男。

【シリウス】「……でも、あれですよねえ。似ていると言われるってことは、私はこういう男に見られているということなんでしょうかね?」
【プルート】「え?」
【シリウス】「ああ、要するに。こんな恋に命を燃やす、純朴な男だと思われているのかなあ、と」
【プルート】「……」

首をすくめて大げさに手を広げる。
それはなんだか『うんざり』とも見て取れた。
——恋がうんざり? どういうことだろう。

【シリウス】「光栄なことですけどね。ふふ」
【プルート】「……あの、シリウス様は」
【シリウス】「はい?」
【プルート】「シリウス様は……女性に好かれていますよね。たくさん。どうしたらそうなれるんですか?」
【シリウス】「ぶっ」

——思いっきりツバが飛んだ。
その反応は予想外で、まともに食らう。……つめたい。

【プルート】「な、なな、何で吹き出すんですかっ!」
【シリウス】「い、いや失礼! ははあ、まさかそんな話題をプルート殿からふられるとは思っていなかったのでね」
【シリウス】「あはは、いや、意外意外。結構侮れないなあ、あはははは!」

そう早口で訂正すると、シリウスはまた手で口を覆った。
それでも指の隙間からくくく、と震える喉の音が聞こえる。
肩も震える。

【プルート】「……そんなにおかしかったですか?」

ローブでツバを拭きながら、憮然として問い直す。
だって意外だったのだ。
恋愛を武器に、様々な場所で(そう、このアロランディアですら)浮き名を流すこの人が、私と同じように恋愛に疑問符をつける事があるなんて。
自分に欠落があるんじゃないか、と私は不安だ。
完全な人間はいないだろうけど、他の人と違いすぎるのはやはり怖い。
私だけじゃないだろうか。こんなことを思うのは。
恋はできない、と思うのはおかしい事なんだろうか。
人間として間違っているのだろうか。
そんな疑念が離れない。
でも、もしもこの人が私と同じなら、解決策はある気がする。
私が知る今までのシリウスという人は、まさしく恋愛の申し子というふうだ。
その秘密を知れば、たとえ欠落があったとしても大丈夫な気がする。
——星の娘が見つかる前に、それを身につけることができたなら。

【シリウス】「いえいえ、おかしい事なんて。すみません、茶化すような真似を。むしろ安心致しましたよ」
【プルート】「安心?」
【シリウス】「プルート様も、ちゃんと男の子だったんですねえ」

華やいだ微笑みでそう言うと、手にした人形が頭を撫でた。
それはいつもとは少し違う。
丁寧な、優しい撫で方だった。

【シリウス】「どなたか、興味のある女の子でもできましたか?」
【プルート】「い、いえ。そんなことはないのですけど。た、ただ……あの、私は女性と接したことがあまりないので、もし星の娘がいらした時に、失礼をしたらいけないなって思って……」
【シリウス】「ああ、そういうことですか。そうでしょうね。耐性がないと、最初は何事も不安なものですよ。ソロイ殿もいけないな。純粋培養も度が過ぎると毒だ」
【プルート】「あの……答えは?」
【シリウス】「……ふむ。いや、非常に難しい質問なのでね。ちょっと考えてるんですよ。私のように、ですか」
【プルート】「はい」

何か難しい事を聞いただろうか?
自分にはそれすらもわからない。

【シリウス】「……端的に言ってしまうと、経験ですか。文字の書き取りと同じ、何度も繰り返せば上手になります」
【プルート】「……そうなんですか」
【シリウス】「だと思いますけどね。ソロイ殿には聞いてみました?」
【プルート】「そ、ソロイにこんなこと聞けるわけがありません!」
【シリウス】「あはは、そりゃそうだ。まあ、私に限っての事ではありますが、恋も繰り返せば誰でも上手になります。プルート殿も、もちろんね」
【プルート】「……たとえば、どれくらいの数を?」
【シリウス】「数? えー、数ですか。困ったな。答えなければいけませんか」
【プルート】「だいたいの数字で構いません。できたら、始め方と終わり方も。何歳でいくつ、などの目標値も教えて頂けたら幸いです」
【シリウス】「ちょ、え、待って下さい。そんな矢継ぎ早に答えにくい質問をされても」
【プルート】「す、すみません。でも、その、知りたくて」
【シリウス】「……参りましたね。ちょっとからかうだけのつもりが、反対に追いつめられるとは」
【プルート】「す、すみません」

確かに早急に過ぎたかもしれない。
でも、これはソロイは答えてはくれない事だ。
かといって他の見知らぬ他人に聞けることでもない。
——敵に聞くことでもない気もするけど。

【シリウス】「……私の手の内を明かせっていうのと、今の質問は同義だってこと、わかってます?」
【プルート】「……は、はい……ですよね。すみません」
【シリウス】「……はあ。本当にソロイ殿はよくない。本当によくないですね。こんなことを不用意に聞くくらい、そういうものから遠ざけるとは」
【プルート】「……すみません」

では、答えはないのだ。……心に暗雲がたれこめる。
恋愛小説ではわからない事、もっと具体的な何かが聞けると思ったのに。
そしてそれがあれば、色々な準備ができると思ったのに。
たとえば、そう。
(本当の恋をしない方法が)

【シリウス】「……ないんですよ」
【プルート】「え?」
【シリウス】「偉そうに言いましたけれど、あなたが聞きたいような恋はしたことがないので、答えられません。せいぜい、真似ごと止まりですか」
【プルート】「……」
【シリウス】「ま、それを恋愛と思ってくれる方が多くて助かっている……というのが本当のところですよ。ふふ」
【プルート】「シリウス殿……」

それは……誰も本気で好きになったことがない、という意味だろうか。
この才色兼備の、流麗な外見の……見渡せば恋の相手ばかりのような気のする、この人が。

【プルート】「でも、本物を知らないと真似もできないのでは?」
【シリウス】「本物はありましたよ。いつも身近にね」
【プルート】「そんなことができるんですか……? たとえば、私にも」
【シリウス】「さあ、わかりません。できるとは思いますよ。やる気になればね。でも、私はあまりオススメしないな」
【プルート】「何故?」
【シリウス】「そうじゃない方が、たぶん幸せになれるからですよ」

シリウスはまたにっこりと微笑む。
その姿は優美だ。
小説の中の王子が抜け出たように。
——でも、どこか寂しくて。警告を与えてくれたようで。

○音楽にぎやかに。

【シリウス】「それに! 私のような天才がひとりに愛を注いでしまったら世界の損失ではないですか!」
【プルート】「は」
【シリウス】「それにこの私の溢れる愛を、すべて受け止めきれる女性がいるとも思えませんし。公平に分配して行きませんとね!」
【プルート】「……は、はあ?」
【シリウス】「私は私のものであって、私のものではない! 美しい女性の共同財産でありたいのですよ☆ あっはっはー!」
【プルート】「……」

がくり、と首が下がった。
(……結局茶化されてるし)
シリウスはまだべらべらと恋愛に関する何かの事を喋り続けている。
けれど、もはやそれは聞く価値はないもので。
(……本音はおしまいってことか)
優しく頭を撫でられて、ほんの少しの間だけ。
彼はただの二十四歳で、私はただの十四歳。
そこに国境はなかった。
なくしてくれたのだ。一瞬だけ。
(それだけでも感謝しないといけないのかもね)

【シリウス】「こら、プルート殿! 聞いてますか〜! ここからが大事なところですよ!」
【プルート】「はあ……そうみたいですね。でも、もうすぐ謁見時間が終わりますよ」
【シリウス】「えっ、もうそんな時間かい?」
【プルート】「そうですね。そろそろソロイも戻ってくるかもしれません」
【シリウス】「おやおや。それじゃ、早いところ退散した方がよさそうだ」
【ボビー】「アノヒト、ニガテー」
【プルート】「ふふ、その方がよろしいでしょう」
【シリウス】「ま、用件は達成したし、帰るとするか」
【プルート】「はい。ありがとうございました」
【シリウス】「いえいえ、こんなことでお役に立てるとは思いませんでしたよ。ふふ。では失礼」
【プルート】「はい、お疲れ様でした」
【シリウス】「……プルート殿」
【プルート】「はい?」
【シリウス】「でもね、私たちは王族だから」
【プルート】「……。
【シリウス】「そういうふうにできているんですよ。きっと。……それじゃ」

○ドアが閉まる。シリウス消える。

【プルート】「……」

そういう風にできている?
(それは、欠けているということが? それとも……)
恋をしない、ということが?
——幸せにはなれないということが?

【プルート】「……謎かけみたいだ。やれやれ」

椅子をガタンと揺らして、もたれかかる。
特別に足を長くした、子ども用の椅子。
そろそろ足も届き始めるから、買い換えないといけない。
変化はいつも突然に来るようで、本当は少しずつ変わっているのだ。
恋もそうだといいのに。少しは対策というものが立てられるかもしれないから。
(……『そういうふうにできている』、か)
王族の血脈、支配の地位にあるものは皆そうだと、そうあるべきだと言うのだろうか。
恋などできない体と心だと。
——してはいけないものなのだと。
そういう幸せは、求めるなと……。
小説の表紙をきれいにカバーに入れ直し、鍵付きの引き出しにしまった。
ふたりの恋はきっとハッピーエンドになるだろう。
他のどの恋愛小説もそうだったように。
幸せが彼らには約束されていて、だからこそ捨てられる。
——現実は物語じゃない。

○ドアの開く音。

【ソロイ】「プルート様。ただいま戻りました」
【プルート】「ああ、ソロイ。戻りましたか。丁度良いタイミングでしたね」
【ソロイ】「はい? ……ああ、シリウス様はもう帰られたのですね。早めに戻るように心がけたのですが、杞憂でしたか」
【プルート】「ええ、むしろ助かりましたよ。お前がいるとできない話でした」
【ソロイ】「……は?」
【プルート】「ふふ、心配はいらない。……星読みであることは、忘れたりはしませんから」
【ソロイ】「……それならばよいのですが」
【プルート】「……ソロイ」
【ソロイ】「なんでしょう」
【プルート】「……お前は恋をしたことがある?」
【ソロイ】「は?」
【プルート】「……あは、いいよ。答えなくて。今のでよーくわかったから。……星の娘は、見つかりそうかい?」
【ソロイ】「はい。今回はかなり有力な情報でした。本人と話をして、買い物の品を渡すときに手のひらも見たそうです」
【プルート】「そう……じゃあ来るんだね。そう遠くない未来に」

この世界の果てに。

【ソロイ】「……プルート様」
【プルート】「ん?」
【ソロイ】「したことはありませんが、あなたがそうせよとおっしゃるなら、そう致しますが」
【プルート】「はあ……もういいよ。……まったく、お前も私も、だめだね。……だから一緒にいられるのかな」

欠けた者同士だから。
だからこそ。
それを埋めてくれる人がいたら、どうなってしまうかわからない。
どうか来ないで。
そういう人は。
——私が、星読みでいるために。
祈る。
幸せは望まない。私の守りたいものが守れるなら。
恋を手放すかわりに、全てが叶うなら。
いくらでも供物として捧げよう。
(善意の人でありませんように)
——予感があるから。神の声は聞こえないのに。
そうじゃないと、きっと、好きになってしまうよって。
気づき始めている。
(……今のままで、いつまでいられるだろう)

○暗転。

いつか私は大人になってしまうのに。
胸がうずく。……どきどきする。
どうしたら、この芽を摘むことができるんだろう。
教えて欲しい、誰か。
——恋の準備をやめる方法。

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