「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

黒猫

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

プロローグ

○暗転。

僕は君と結ばれる。
だから、指輪を用意しなくちゃ。
大事な、消してはいけない約束には、輝く何かが必要だから。
今の僕にできること。
それを精一杯考えて、祈った。
空に。
小さな光に。
宇宙のかけら。
まばゆいもの。
——金でも銀でも宝石でもないけれど……。
君に一番似合う色を手に入れようと思って。
僕の想いが形になる。美しいと思ってくれるといいんだけど。
右手には星、左手には指輪。
手をつなごう。ずっとずっと手をつなごう。
君の両手に、光る星。
きっと、世界で一番輝くだろう。

○目覚ましの音。



【ブルー】「……う」
【ブルー】「あ……ゆめか。……ふああ」

○ブルーの家の中。

右足でベッドサイドの目覚ましを止める。
魔法院のユニシスが作ってくれた特製目覚まし。
あの魔導師とおそろいっていうのが、なんだか気に入らない気もしてるけど。
もうこれじゃないと起きられないから、やっぱり僕には必要なのかもしれない。
——ん? なんか、それってあの魔導師とレベルが一緒ってこと?
むう、ゆゆしきことかも。

【ブルー】「……朝ご飯、つくらないとね……」

のろのろとバスケットのなかのパンをふた切れ取り、フライパンに油をひく。
マリンが教えてくれて、唯一僕ができる料理。
卵焼きはすべての料理の基本だって彼女は言うから、頑張れば上手くなるのかな?
うーん、それはどうだろう。
なんてったって、僕とアクアは双子だし。
そういう才能には恵まれてないような気がするんだよね。

【ブルー】「うーん……やっぱりマリンが作ったのの方がおいしい」

塩こしょうをふって、そのまま一口。
お皿を出すのは面倒くさい。
魔法を使って家事をすれば楽なんだけど、それをすると怒られるから、ちょっと怖くてできない。
昔、僕は神様だった。……つい最近までも、わりとそうだったんだけど。
でも、『光』を作ったからもう昔ほどすごいことはできないし、起こせない。
雲も雨も呼べない。空も飛べない。
肉の体にはそろそろ慣れたけど、力があった頃はこんなにだるさや無力さは感じなかった。
——世界の声も、そのうち聞こえなくなるだろう。
できないことが多くなるのは、ちょっと辛い。
できた頃の記憶があるから。
でも、後悔はしていない。
——あの寂しい海で大きな力を抱えて死ぬよりは、僕はこの小さな家にいたいから。
——あの子と一緒にいたいから。

【ブルー】「……ごちそうさま。……今日はいつもより頑張ろう。天気もいいし、風も気持ちいい。……だから、今日こそ」

(僕は彼女にプロポーズする)
ずっと、ずっと彼女といる約束を。
人の形をして、手に入れる。

【ブルー】「……いい夢もみたし。うん、大丈夫だよ。……たぶん」

神様でいた頃は、こんなドキドキや不安なんて無縁だった。
だって、愛されて当然だと思っていたから。
でも、今は毎日不安だ。
みんなに愛される彼女を知ってるから。
あの眩しい笑顔はまだ誰のものでもないと、知っているから……。
どんな特別な思い出があっても、不安なことは不安なんだ。

【ブルー】「さてと、それじゃお仕事に行ってきまーー……」

○ドアにぶつかる音。

【ブルー】「わっ!?」

○暗転。

【ブルー】「……いったた……な、なに?」
【アクア】「……」
【葵】「……ブルー殿」

○暗転して復帰。

【ブルー】「……アクア、葵」

気まずそうにドアの前に佇むのは、僕の半分『アクア』と、異界から呼ばれた鍵、『葵』。
——たぶん『今』じゃない僕にとっては、『運命のひと』となるふたり。
『今』の僕にとってはマリンが一番大切だけど、どこかの僕にとっては運命の人。
——なにより、彼女たちはマリンの、好きな人の親友だ。
だから、僕にとっても大事な、大事な人たちで。
でも、その表情はいつもの彼女らより圧倒的に暗い。
というか、あり得ない。……こんな沈痛な表情をするふたりなんて。

【ブルー】「どうしたの、そんな悲しそうな顔をして。……何かあったのかい?」
【アクア】「……ブルー」
【葵】「……あった。とても、重大なことが」
【ブルー】「……なに? まさか、マリンになにか……」
【アクア】「……ある意味そうかもしれないわ」
【ブルー】「なんだって!?」
【葵】「……すまん。……先に謝るのは卑怯かもしれないが!」
【ブルー】「……葵、どうして君が僕に頭なんて下げるんだ」
【アクア】「……ごめんなさい」
【ブルー】「アクアまで」

どんな時でも、そう簡単に頭は下げない人なのに。
(嫌な)
ドクン、と心臓が高鳴る。
肉の体の反応。……まだ慣れないそれ。

○心臓の音。

——嫌な予感がする。とても、とても……嫌な……。

【ブルー】「何があったの。……ちゃんと教えて。わかるように」
【アクア】「……」
【葵】「……」
【ブルー】「……早く、取り返しがつかなくなる前に」
【葵】「その……ぬすまれた」
【ブルー】「え?」
【アクア】「あなたの結婚指輪が……ぬすまれたのよ……」
【ブルー】「え……」
【アクア】「……あなたの力が封じられた、指輪……。預かっていたのに……ごめんなさい……!」
【葵】「……すまん……!」
【ブルー】「……っ」

○暗転。

【アクア】「……きゃあっ!」
【葵】「ブルー殿! ブルー殿ーー! しっかりしてくれーーー!」
【ブルー】「……ううん」

うわあ……もう、星も見えない。
真っ暗闇。
——なんだこれ。
——心臓の音。
——止まってしまいたい。
運命って、操れないと……本当に理不尽、だ。

○ちょっと時間経って。



【アクア】「……ブルー……だいじょうぶ?」
【葵】「……もどってこーい……」
【ブルー】「……」

○復帰。

【アクア】「……よかった……生き返った」
【葵】「うう、すまぬ! ほんとーーにすまぬ!」

ぺこぺこ、ぺこぺこ。……猛スピードで上下運動が繰り返される。
加えてふたりのあり得ないくらいの顔色の悪さ。
大納得。それはそうだろう。
僕が力を封じ込め、今日のプロポーズに使うため、隠しておいた大事な指輪を……。
盗まれてしまったっていうんだから。

【ブルー】「あれは……僕が最後の力を使って作った指輪なのに……!」
【アクア】「……ごめんなさい。神殿に置いておいたのに……どうしてかしら」
【葵】「……騎士院の警備も甘かったかもしれぬ。……私の責任だ」

——この島で一番安全なところに置いておいた筈のものだった。
どんな人も入れない。
魔法で十重二十重に結界を織り、見張りをおいた、厳重な箱。
——盗まれる可能性なんて、まずなかったはずだ。
でも、現実は盗まれた。
あの指輪はもうない。

【アクア】「……あのね……宝石でいいならいくらでも用意するんだけど……」
【葵】「珍しい石なら、アークが詳しいぞ! き、聞いてみるか?」
【アクア】「先生もそういうのは専門よ。……きれいなの、たくさんもってる……」
【ブルー】「……」
【アクア】「あのあの……」
【葵】「そのその……」
【ブルー】「……」
【アクア】「うう……」
【葵】「うう〜……」
【ブルー】「……はあ」

——ふたりも最後は口ごもる。わかってるんだ、彼女たちだって。
あれは代替えのきくものじゃない。
世界でたったひとつのもの。
——取り返しのつかないものだって。
涙でまつげが潤んでいる。……悲しみの匂い。
僕はこの匂いが苦手だ。
——塩辛い水は僕にとって一番身近なものだけど、人の流す涙のそれは、違う匂いがある。……切ない何かが。

【ブルー】「……もういいよ。君たちのせいじゃないし」
【アクア】「……ブルー……」
【葵】「……だが、しかし……」
【ブルー】「……いいんだよ。気にしないで。……まあ、また作るからってわけにはいかないんだけど」
【アクア】「……そうよね……」
【葵】「だよなあ……。マリン殿……きっと……喜んだであろうに……」

ため息。
確かにあの指輪はとても綺麗だったからね。

【アクア】「……じゃあ、代わりのもの……買う? おかねは……わたしがだすし……」
【葵】「わ、私ももちろん出すぞ! その、マリン殿にも絶対内緒にする!」
【ブルー】「……ありがと」
【アクア】「そ、そうよ。口チャックでいくわ。……わたしだって……ふたりには幸せになってもらいたいし……」
【葵】「……あれがあれば……確かに最高だったのにのう……ううっ、すまない……」
【ブルー】「代わりはいらない。そういうものじゃないし。あれは」
【アクア】「え……だけど……」
【葵】「……指輪がなければ、プロポーズにはならんだろう?」
【ブルー】「今の僕は、確かに何の力もない。でも、あきらめないよ。あれはマリンのだ。……誰のでもない」
【ブルー】「だから見つかる。……運命はね、そうなるって決まってるから」
【アクア】「……ブルー……」
【ブルー】「だから手伝ってくれる?」

ふたりがこくん、と息を飲むのがわかった。
——そして、涙の匂いが消えていく。
——いつも通りに戻っていく。

【アクア】「……ノッた」
【葵】「もちろんじゃ!」
【ブルー】「よし。それじゃ……指輪探し、始めるよ」
【アクア】「……まかせて……」
【葵】「了解じゃ!」

○暗転。

そして僕らは固く手を握り合った。
——柔らかい、肉の感触。……それは、僕の好きな手触り。
(……ひとりじゃないから、大丈夫)
それはマリンが僕に教えてくれた、一番大切なことだから。
僕は諦めないで、走ることにする。
(待ってて、きっと見つけてみせるから)

——って。

○神殿。

【葵】「さて……ではまず現場検証じゃが……」
【アクア】「そうね。……手掛かりが残ってるかもしれないものね」
【ブルー】「うん、探してみよう」

○星読みの部屋。

神殿の奥の奥。
かつて星読みという名の『権力』がふるわれた、聖なる場所。
今はほぼ政務には使われないが、一部の人たちの憩いの場となっている。
もちろん、一部というのはマリン、アクア、葵を指す。
家に置いておいたらマリンが掃除の途中に見つけてしまう。
だから、僕はふたりに隠し場所を用意してもらったのだ。
彼女が掃除をしないところ、そして思いもつかない身近なところに、と。

【葵】「何もないのう……」
【アクア】「こっちも」
【ブルー】「何も残ってないね……」

指輪を隠していた場所はそのままだった。
水晶の一部を切り取って、目立たないように魔法をかけた。
それは今ひっそりと破られ、空っぽになっている。

【アクア】「ここはわたしたち以外、入れないはすなのに……」
【葵】「誰が盗めたというのだろう? ううむ……謎だ……」
【ブルー】「それでも、ここから指輪はなくなってしまった……。何者かがここから持ち出したのは、間違いないんだ」
【アクア】「そうね……。私たちの他に誰か持ち出せる人……」
【葵】「……入っても不思議ではない人」
【ブルー】「……そんな人いる?」
【アクア】「うーん」
【葵】「うーん」
【アクア】「うーーーん……いるけど……絶対違う人なのよね」
【葵】「うむ、そんなことをするお人ではない、あれは。たとえ、おぬしに嫉妬したとしても、な」
【ブルー】「……誰?」
【アクア】「……じゃあ、聞きに行ってみましょう? ……プルートのところ」
【ブルー】「あ」

プルートとソロイ

○暗転し、プルートの部屋。

【アクア】「……と、こういうワケなのよ。プルート」
【葵】「……す、すまんのう。隠し場所に使っていたことを伏せていた上に、このようなことになって……」
【ブルー】「……ごめんね、プルート。変なこと聞いて」
【プルート】「いえ、いいんです。私とソロイは一番疑われても仕方ないですから。だって、元はあの部屋は私が使っていましたしね。合い鍵を持っていてもおかしくない」
【ブルー】「……うん……今の僕はもう、人の心は読めないから……。言葉で聞くしかないんだ。悪いね」
【プルート】「構いませんよ。むしろ、こんなことになって私が申し訳ないです。ソロイ。そんなに今の神殿の警備は甘いのでしょうか?」
【ソロイ】「……いつ頃盗まれたかがわかりませんから、何とも言えませんが……。仮にも国の中枢ですからね。以前より人の出入りは頻繁とはいえ、賊が入る隙はなかったように思いますが」
【アクア】「そうよね……今は先生の結界だってあるんだし」
【ソロイ】「はい。入るためには魔法印が施されたカードがないと、警告されます。ですから……そうですね。カードなしで入れる物……幽霊の仕業、とか」
【葵】「はは、確かにそう思った方がずいぶん楽だのう」
【アクア】「そうだったら葵の出番なのにね。ずいぶん楽な話になるわ……はあ」
【プルート】「ふむ……誰も入れなかった。……不可能だった。でも、現に指輪はなくなった……。それは事実。……発想の転換が必要なようですね」
【ブルー】「発想の転換?」
【プルート】「そうです。あり得ない、できないはずでは何も解決しない。現実、それは起ったのですから。だから、できないはずの事は可能だったのです。私たちがわからないだけで」
【葵】「確かに……そうであろうが……」
【プルート】「ならば、考えても仕方ないことは考えないことです。時間を無駄にする。……今考えられることは手口ではなく……動機。指輪を『盗まなくてはならない』人物を特定する事なのではないですか?」
【ソロイ】「……なるほど……。犯人を捕まえれば、いずれ手口も露見するわけですからね」
【ブルー】「あ、なるほど……」

その発想は思いつかなかった。
手口がわからないならば、指輪を盗む動機を持つ人を動機から絞り込む。
なるほど、プルートの言う通り、動機から考えてみれば、どこに指輪が行ってしまったか分かるかもしれない。

【プルート】「そういうことです。いいですか、よく思い出して下さい。本当に指輪のありかはあなた方しか知りませんでしたか? 話さなかった、ということではない」
【プルート】「やろうと思えば知れる状況にあった者がいないか、ということです。たとえば、その話題をしている時に誰かが聞き耳を立てていなかったか……」
【葵】「……あ」
【アクア】「あ……」
【プルート】「あ?」
【ブルー】「……ふたりとも? 何か、心当たりが……」
【葵】「あーーーっ!」
【アクア】「しりうすーーー!」

シリウスと騎士院

○暗転し、神殿廊下。

【シリウス】「ららら、らららんらん、らららんらん〜♪ 今日も陽気なおひさまが〜」
【ボビー】「ララララーー♪」
【シリウス】「いやあ、ボビー! 素敵な青空だねえ! こんな日はきっといいことがありそうだ!」
【ボビー】「アリソウダーー!」
【シリウス】「さあ、君たちもご一緒に! ラララー♪」
【アーク】「歌うか!」
【リュート】「あはは、まあ今日は久しぶりに仕事がなくて、機嫌がいいんだし。つきあってあげれば?」
【アーク】「お前がつきあってやれよ。俺は仕事で来て……ん? なんだあれ」
【リュート】「……え? 何か……見覚えのあるような……」

○暗転し、どたばたと足音。

【アクア】「しりうすーーー!」
【葵】「貴様ーーー!」
【シリウス】「……へ?」
【葵】「成敗っ!」

○暗転し、殴る音。

【シリウス】「うわあーーー!?」

○復帰。

【リュート】「うわーーー!? シリウス様ーー!?」
【アーク】「うわっ、むちゃくちゃ気合いの入った一本だったな……」
【ブルー】「……痛そ……」
【葵】「これくらい当然じゃ! プルート殿に聞かれて、思い出したわ!」
【アクア】「うろちょろうろちょろ……いつも私たちのまわりにいて……。そうよ、あの部屋にも一度入ったわ……」
【葵】「うむ、猫のエサをくれと、クッキーをねだりに来ておった。今思えば、あの時の茶会が一番怪しい! えーい、吐けっ! 指輪をどこへやったーーー!?」

○画面揺れる。

【シリウス(オフ)】「うううーーーん?」
【アーク】「こらこら、待て葵。そんなに揺すったら、下手すりゃ死ぬ。また、こいつが何かやったのか?」
【リュート】「そ、そうだよ。シリウス様がたぶん全面的に悪いんだろうけど、とりあえず話し合いから……!」
【シリウス(オフ)】「こ、こらあ〜! どうしてそういう話しになるんだ〜! もう!」

○画面揺れる。

【ボビー】「ワタシハムジツーー!」
【アクア】「あ……入れ替わった……」
【シリウス】「とと、間違えた! と、とにかく! 一体なんだい、ぞろぞろと! しかも出会い頭に人を叩くなんて。レディのする事じゃないよ、葵殿!」
【葵】「説教するならその前に、盗んだものを出せ! まったく、子どもめ! そんなに人の幸せが羨ましいか!?」
【アクア】「そうよ……いい加減になさい。目移りするのも……」

○つねる音。

【シリウス】「あいた、あいたた! 痛いですよ、アクア殿〜! 理不尽ですよ、一体私が何をしたって言うんです!?」
【葵】「なぬ〜、この期におよんで、まだしらばっくれるつもりか!?」
【ブルー】「……シリウス……大陸の王子か……」
【シリウス】「なな、なんです? あの、私とあなたは、初対面ですよね? どなたですか?」
【アーク】「ああ、そういえばあんた知らなかったっけ。えーと……単純に言うと、あれだ。マリンの初恋の人ってやつ」

○画面効果大げさにガーン。一回暗転してもいいかも。

【シリウス】「なんですってーーー!?」
【葵】「……今さら、驚くことか……?」
【アクア】「まあ、知らなかったみたいだし……え? でも、それだとおかしいわね……」
【ブルー】「……うん。知ってなかったら……指輪を盗む理由がないよ」
【シリウス】「はあ? 指輪? 指輪ってなんですか? まさか、けっこん……? 阻止です、断固阻止! 私の許しなしに、そんなことさせませんよーー!?」
【リュート】「シリウス様、落ち着いて! ああ、もうややこしくなってきたなあ! どういうことか、ちゃんと説明してくれる?」
【ブルー】「……うん……それがいいみたい……」
【シリウス】「わーわーーー! 断固! 断固、はんたーーい! 何が何だかわからないけど、反対ですーーー!」

○暗転からしばらく間。シリウスの部屋。

【ブルー】「……と、言うわけで、どうも誤解だったみたいです。ごめんなさい」
【葵】「すまん……ほんっとーにすまん!」
【アクア】「ごめんね……シリウス……。なでなでするから、許して?」
【シリウス】「いいい、いいです! 余計痛いですから! ……まあ、誤解が解けたのなら、よかったですよ……ふう」
【アーク】「まあ、普段の言動からすれば、決めつけられてもしょーがねーよな。人の幸せを願えない、心の狭い奴に見られてるってことだ。あっはは!」
【リュート】「もう……そんな人ごとみたいに。君だって本当だったら疑われても仕方ないんだよ。神殿に自由に入れるんだから」
【ブルー】「でも、アークはずっと騎士院にいたよね。……それは、僕が見てる」
【アーク】「そうそう。お前が一番の証人だ。一週間ずっと一緒に仕事してたもんな」
【シリウス】「私だってお仕事してましたよ。今週はずいぶん忙しく飛び回ってましたから。皆さんのところに行ったのだって、息抜きですよ」
【シリウス】「なのに、あんまり構ってくれないから、猫と遊んだりして……ぶつぶつ……」
【アクア】「はいはい……悪かったわ。よしよし」
【シリウス】「あいたた! だから撫でないでください! たんこぶが〜!」
【リュート】「でも、シリウス様は指輪の『ゆ』の字も知らなかったようですし……。これだけ家捜ししても出てこないんじゃ、本当に持ってないと思いますよ。部下の僕が言うのもなんですけど」
【アクア】「そうねえ……小姑モードで探したのにな……」
【葵】「なかったのう……」
【ブルー】「でも、シリウスじゃなかったら、誰だって言うんだろう?」
【アーク】「そうだなあ……。まず神殿に入れて、こいつらが油断する奴じゃなかったらダメだろ?」
【リュート】「それでいて、指輪が『ある』事がわかる人ですよね。隠し場所はずいぶん凝ってたんでしょう?」
【アクア】「それはもう……うんうん唸って考えたのよ……」
【葵】「大事なものだからな。絶対に失うわけにはいかなかった。それに、マリン殿もあれで結構勘がするどいのでな。意外な所にせねばならなかったし……」
【アーク】「うーん……じゃあ、リュート。今は魔法も使えるし、神殿にも入れるし」
【リュート】「えっ!? もう、そういうの冗談でもやめてよ! 僕がそんなことするわけないでしょ」
【ブルー】「……そうだね。リュートにあの指輪は必要ない。もちろん、アークも。……欲しいとも思わないと思うよ」
【ブルー】「お金の価値が高いわけじゃないし。たとえば僕と彼女の幸せが気に入らなかったとしても……その心の揺らぎを君はもう押さえられる人だろうから」
【アクア】「ブルー……」
【リュート】「……ありがとう、ブルーさん」
【アーク】「……なんだかな。神様の力はもうないって言うけど、やっぱ人外だよな。あんたって」
【ブルー】「あはは、昔見たことは忘れないから。ごめんね」
【アーク】「別にいーけどさ。だけど、指輪になけなしの力も入れちまったのはマズかったな。それさえあれば、あっという間に探せるんだろ?」
【ブルー】「そうだね……たぶん……。でも、今でも多少の残り香はあるんだよ。感じるんだ。アロランディアに確かにあれはある。でも、なんだか……黒い霧が覆ったみたいに、見えないんだ」
【アクア】「はあ……ブルーがそれじゃ……わたしが試してもだめね……ふう」
【葵】「くう……万策つきたのか……」
【ブルー】「みんな……」

アクアと葵はまた、目に見えてがっくりと肩を落とす。
僕もそれは同じ気持ちだ。
みんなに嫌な疑いの気持ちを向けてまで捜したのに、成果なしだなんて。
はあ……ホントにアークの言うとおり。
ちょっと残してあけばよかったかなあ……。
——指輪は本当に、どこに行ってしまったんだろう……?

【シリウス】「やれやれ……みなさんダメですねえ。答えの手前まで来ているのに、気づかないとは」
【葵】「シリウス殿? それはどういう意味じゃ!?」
【アクア】「シリウス……心当たりがあるような口ぶりね」
【シリウス】「ありますよ? 君たちだって本当はあるはずだ。特にアクア殿はね」
【アクア】「え……? ……あっ」
【アーク】「……どういう……あ!」
【葵】「アーク? アクア殿?」
【シリウス】「……ふふん、アクア殿とアークはわかったみたいですね」
【アーク】「……単にあんたが嫌いそうな奴に思い当たっただけだよ。しねーだろ、そんなこと。あの先生が」
【リュート】「……ヨハン先生!?」
【アクア】「先生がどうしてそんなことをするの……? 理由がないわ……」
【シリウス】「そうですか? 聞けばブルー殿の指輪は大変珍しい、魔法の指輪なのでしょう。彼が興味を持ったとしても、不思議ではない」
【シリウス】「少なくとも、私が盗み出すよりも、よほど明快な理由だと思いますが。彼にとって魔法は人生の大命題。誘惑に溺れても不思議ではないのでは?」
【アクア】「それは……そうかもしれないけど……」
【葵】「これ、シリウス殿。あんまりアクア殿をいじめるでない! 師匠を悪く言われて、気持ちよいはずなかろう!」
【シリウス】「ふーんふーん、でも私はたんこぶができてるんですけどねー。カワイソーだなー」
【葵】「あ、あう……す、すまんかった……」
【ブルー】「……行ってみようか」
【アクア】「ブルー」
【ブルー】「ごめん。でも、ダメで元々だから。……だめかな?」
【アクア】「……ううん。いいよ。違うって信じてるし……。……見つかったら見つかったで、それは正しいことだもの。行きましょ」
【葵】「うむ! やってみるか。邪魔をしたな。皆の衆」
【リュート】「いや、僕たちは別に。シリウス様を大人しくさせてくれて、助かったくらいだよ」
【アーク】「そうだな。あのままだったら、無理矢理合唱モードだった。ま、頑張りな。そういう回り道も、人間は必要だぜ。ブルー」
【ブルー】「……うん。そうみたいだね。ありがとう。……それじゃ」
【シリウス】「ふーん、ふーん! どーせ、私は疑われても仕方がないし、誰もかばってくれませんよーだ」
【リュート】「あはは……これはこれで……やっぱ扱いづらい……かも……」

魔法院

○暗転し、どたばたと足音。

【アクア】「せんせいーーー!」
【葵】「どこじゃ、ヨハン殿ーーーっ!?」
【ユニシス】「あれ? なんだ。アクアに葵。ブルーまで。血相変えて、どうかしたのか?」
【ブルー】「……ユニシス。ヨハンはどこにいる?」
【アクア】「……会わせて。今。必要なの」
【葵】「頼む!」
【ユニシス】「はあ? 別に俺に頼まなくたって、普通に行けばいいじゃん。まだ寝てると思うけど」
【アクア】「……え? もう昼過ぎよ?」
【ユニシス】「あはは、また先生、昼夜逆転してるから。もう一週間くらい、俺会ってないよ。まあ、作り置きのご飯はなくなってるから、元気だろうけどね」
【ブルー】「……ごめん、入らせてもらう」
【アクア】「……先生!」
【ユニシス】「わわ!? な、なんだあ?」

○ドアを開ける音。ヨハンの部屋。

【ヨハン】「ふああ……そろそろ起きないと……あ?」
【ブルー】「……ヨハン」
【アクア】「……先生」
【葵】「……ヨハン殿!」
【ヨハン】「……ど、どうしたんです。みなさん。そう血相変えて……? どなたか怪我でもしましたか?」
【ブルー】「君はまた、反逆したのか」
【ヨハン】「え?」
【ブルー】「……世界に」
【ヨハン】「ええええ? な、何を言ってるんですか? あの、ユニ? みなさん、どうしてこんなに怒ってるんですか?」
【ユニシス】「し、知りませんよ! 俺だって。いきなり押しかけてきて、先生の部屋に入って……。あ、おはようございます。言い忘れてた」
【ヨハン】「あ、おはようございます。……私もです。あはは」
【葵】「これっ! そこでなごむでない! 私たちは真剣じゃーーー! ヨハン殿! おぬし……盗んだか」
【ヨハン】「は?」
【ブルー】「指輪。……気配がする」
【ヨハン】「指輪? 私がつけている、コレの事ですか?」
【ブルー】「違う。神の力を宿した、世界の指輪だ。魔導師が手に入れれば、僕と同じ力を手に入れるに等しい」
【ヨハン】「……」
【ブルー】「本当に君なのか。ヨハン。……また君は……」
【アクア】「……ここまで近いと……感じるわ……。ブルーの力はここにある。……どこに隠したの? 言って」
【葵】「ヨハン殿、あれはただの魔法の指輪ではないのだ。もっと大事な役目のある指輪だ。返してやってくれまいか。あれは、おぬしのものではない。別の……」
【ヨハン】「みなさん……私は……」
【猫】「にゃあ〜」

○一枚絵 窓の桟に指輪をくわえた猫。尻尾に魚も捕まえている。

【アクア】「あ……?」
【葵】「あっ!?」
【ヨハン】「……あの〜……さっぱり話が見えなくて……?」
【ブルー】「……あ」
【ユニシス】「あーーー! あれ、夕飯の魚ーー!? こら、返せーーーっ!」
【猫】「にゃーん!

○一枚絵終わって、猫が逃げる。

【ブルー】「あっ! 逃げた……!」
【アクア】「指輪……あの猫が持ってたわ……!」
【葵】「おいかけねば!」
【ヨハン】「あ、あの〜……」
【アクア】「ごめんね、先生。後でいっぱい、あやまるから……!」
【葵】「すまん、ヨハン殿! 帰ってきたら、いくらでもこき使ってくれ!」
【ヨハン】「え、ええ?」
【ブルー】「……ごめんね、ヨハン。君はやっぱり、『魔導師』だ。導くもので、よかったよ。ごめんね」

○三人出て行く足音。

【ヨハン】「ええ? ……なんだったんですかー……?」
【ユニシス】「おいーー、追いかけるなら魚も取り返してくれよーー!? おいってばー!」

猫との対決

○暗転。ずっと走ってる感じに。BGMとして使う?

——森の中を走る。

【アクア】「……は、はやい……!」
【ブルー】「……空が飛べたら……早いのに……!」
【葵】「体の大きさでどちらにせよ、不利だ……! しかし……最初から犯人はわかりきっていたのう……!」

確かに。葵の言うとおり、犯人は最初からわかっていた。
魔法パスがなくても神殿に自由に出入りできる者。
星読みの部屋に入れた者。
——魔法の指輪を求める者。
(……まさか、ここで出会うなんて)

○画面揺れる。森の中。

【アクア】「きゃあ……!」
【ブルー】「アクア!?」
【葵】「木の根に足を取られたか。立てるか」
【アクア】「ん……がんば……いたた……」
【ブルー】「いけない。……治癒魔法で骨折は治せないし。……アクア、葵。君たちは戻れ」
【アクア】「え……でも……」
【ブルー】「いいんだ、もう犯人はわかったんだし……。……相手はただの猫だ。……後は簡単だよ」
【葵】「いや、猫はすばしっこいぞ。そう簡単には……」
【ブルー】「大丈夫。それに、あれは僕と彼女の指輪だもの。……最後は僕だけで取り戻したいんだ。……だめかな?」
【アクア】「……ブルー……」
【葵】「……そうか。それなら、仕方あるまいな。わかった、私はアクア殿を連れて戻ろう」
【ブルー】「ありがとう」
【葵】「いや。……お前は良い男じゃな。うむ、誇らしい。いずれ、遙か未来におぬしに会える私がな」
【ブルー】「……」
【葵】「では、参る。行くぞ、アクア殿」
【アクア】「うん……情けないお姉ちゃんで……ごめんね……」
【ブルー】「大丈夫だよ、アクア。僕はこれでも……強いから」
【アクア】「うん……あとで……ね……」

○ふたりの足音去っていく。

【ブルー】「……」
【ブルー】「……さて」
【ブルー】「……早く、話しかけてくれないかな。まだ、僕に声が聞こえているうちに。
【猫】「……にゃあ〜」

○一枚絵 猫の姿(背景別)。

【ブルー】「……今は猫なのか。『金色の少女』に弓を引いた、最初の男。……はじめの罪人」
【猫】「……にゃあん」
【ブルー】「……なに? ついてこいって?」
【猫】「……にゃあん」
【ブルー】「……」

○暗転。

黒猫は軽快な足取りで僕を森の奥へ、奥へと誘う。
あたりは鬱蒼として、冷たい湿り気が僕の足下を濡らす。
(……こうしていると、昔みたいだ)
人がいなかった頃の景色。
世界は僕と彼女だけ。
静かな世界。……閉じた世界。
でも、僕たちは選んだ。扉を、窓を開けること。
僕ら以外の世界を認め、傷つき戸惑いながらも未来へ進んでみようと決めた。
だから、僕は『力』を捨てた。
——それが僕を『生まれ変わらせる』と思うから。

【猫】「にゃあー……」

○森の中。

【ブルー】「……開けた草場……ここで一体何をする気? 僕は、その指輪を返してもらいたいだけなんだ」
【猫】「……」
【ブルー】「……どうして君は混乱を常に呼ぼうとする? ……君の咎(とが)は彼女に弓引いたことじゃない。いらない災厄や、不安を、他の誰かにも移そうとしたことなんだよ……」
【猫】「……にゃあ」
【ブルー】「え……?」
【猫】「……にゃあ」
【ブルー】「……わかってる? ……だから、罰を受けてる?」
【猫】「……にゃあ……」

猫の言葉が遠くなる。
——力がなくなっているから。
神の記憶はあっても、すでに同じことはできやしない。
——でも、どうにか耳を澄ませて聞き取ろうとする。
金色に光る猫の目。邪悪の象徴。
でも。
(……何かを伝えようとしているから)
——僕は耳を傾ける。……目をこらす。

【ブルー】「……あ」

黒猫の後ろの、うずくまるカタマリ。白いカタマリ。
——それも、猫。

【猫】「にゃあ……。(……吾輩には、どうやら指輪は使えぬようだ」
【ブルー】「……なに?」
【猫】「にゃあああ……。(……助けてやってくれまいか。……恋人なのだ」
【ブルー】「……」
【猫】「……にゃあああああ……」

(……だから指輪を盗んだのだ。また罪を犯した。だから吾輩はまた、最初から贖罪を一から積み上げる事になろう)

【猫】「……にゃあ……。(でも、それでもいい」
【猫】「……にゃああ……。(それでもいいから……」
【ブルー】「君……」
【猫】「……にゃあ。(あんたを待ってた。神様」
【ブルー】「僕を?」
【猫】「にゃあ。(あんたなら、できるだろう。女神ふたりは吾輩をきっと嫌うから、願いを叶えてくれはすまい)」
【猫】「にゃあ。(でも、あんたなら……わかってくれそうな気がしたから……」
【ブルー】「……それは僕の中にも、君と似たものがあるってこと?」
【猫】「にゃあ。(……そう思うのは、汚らわしいか?」
【ブルー】「……ううん、そんなことはないよ。……当たってる。……美しいものだけで、僕は作られていない。アクアはそうかもしれないけど。
たぶん、善と悪が本当にきっかり別れているなら……。アクアは善で、僕は悪の神だったよね」
【猫】「……」
【ブルー】「……でも、もう僕は神様じゃないから。良いことも悪いことも、ズルはできないんだ。身の丈にあった、この手と足でできることしか……」
【猫】「にゃあ。(だが、指輪がある」
【ブルー】「……それは……」
【猫】「……にゃあ。(まだ、あんたは神様に戻れるんだぞ」
【ブルー】「……っ」

猫の言葉に僕は揺らぐ。
神様に戻れるのに。……そうだ、これは最後のチャンス。
捨てたと思ったものが手元に戻ってきた。
——指輪は他にも代用できるもの。かけがえのないものだ。
(……だったら、取り戻してしまおうか)

○心臓の音。

僕の中で、肉の音がする。
(何言ってるんだ。一度決めたことを覆すのか)
——心臓の音。
(……このまま見つからなかったと帰って、新しい指輪を買えばいい。それできっと、彼女も喜ぶ)
——すべてが見通せた頃とは違う、揺れ。
(……すぐにバレるよ)
未来が見えない。だから、こんなに胸が苦しい。
(でも、バレないかもしれない)

○暗転。小さいマリンの笑った顔。立ち背景は海底洞窟。

——「……どんな苦難に出会っても、上を向いて、星を見つめて、涙をこらえられる人でいられるなら。……そうしたら……」

○復帰。

【ブルー】「できないよ。……その命は生き返らない。……消えてしまったものは戻らないんだ」
【猫】「……」
【ブルー】「かつて神でいた時も。僕は失われたものを、蘇らせたことはない。……それは、自然の摂理に反する、罪だから」
【猫】「……にゃあ……。(……無力でありたい、という願いは理解不能だ」

僕は近づく。猫は一足。
——僕は近づく。……もう逃げない。
指輪はほんのり光って、横たわった小さなそれを暖めていた。
奇跡を待ってた。
それには確かに神の力が宿っている。
不可能を可能にする力は宿ってる。
——猫は祈っている。
(僕にまだ神様でいて欲しいと)

【猫】「にゃあ〜。(本当にそれでいいのか)」
【ブルー】「ごめんね」
【猫】「にゃあ〜……。(いいと言うのか……)」
【ブルー】「……君は確かに、悪の始まりだ。僕にこんな揺らぎを感じさせるなんて。でも……」
【猫】「……。(……)」
【ブルー】「……君の気持ち、僕はわかるよ。……わかるよ……」
【猫】「……にゃあ……。(な……)」

ずるずると後退する黒猫の目の前で、静かに指輪に手を伸ばした。
——コトリ、と小さく音を立て、それは僕の手の中で淡く光る。
途端に世界のざわめきは大きくなり、戸惑い、切なさ、哀切の響きが体の隅々に染みこんでくる。
「行ってしまうのか」って。

【ブルー】「……ああ、僕は行く。でも、寂しがらないで。きっと、いつか君たちの声を聞ける人が、たくさん世界にいるようになるから。長い時間はかかるけどね」
【ブルー】「僕も消え、アクアも消え、この指輪も消えて土に帰る。魂も拡散していく。……遠い未来に。また出会えるよ。違う形をしていても……」
【猫】「にゃあ……。(きれいごとだ)」
【ブルー】「……そうだね」
【猫】「にゅあ……。(その未来の誰かは、きっと吾輩を知らぬだろう)」
【ブルー】「……そうだね。……もちろんだ」
【猫】「……にゃあ……。(それに、人間が良いことしかしない、なんて幻想だぞ。海の神)」
【ブルー】「……知ってるよ。でもね、君と僕もそうでしょう。……悪だけど、善でもある」
【猫】「……。(……)」
【ブルー】「……生き返らせてはあげられないけど……。お墓は作ってあげられるよ。猫の手では、ちょっと厳しいでしょ。……よいしょ」
【猫】「……。(……)」

○土を掘る音。

【ブルー】「……よいしょ……」
【猫】「……にゃあ。(吾輩も、掘る)」
【ブルー】「……うん」
【猫】「……にゃあ……。(……お別れだ……)」
【ブルー】「……うん」

○暗転。

そして、僕と猫は日暮れまで、小さな、小さな墓標に祈った。

○森の中。夕焼け。

【猫】「……にゃあ。(ではな)」
【ブルー】「……どこへ行くの?」
【猫】「にゃあああ……。(別れも済んだことだし……後はどこか適当な場所で眠るだけだ。どのみち、吾輩はアロランディアからは出られぬのでな)」
【ブルー】「……そうなんだ」
【猫】「にゃあ……。(ま、出ようと思えば出られるのかもしれんが……。そうしてまた怒りを買ったら適わん)」
【ブルー】「……もう、君を戒める人はいないよ?」
【猫】「……にゃあ。(そうだな)」
【ブルー】「それでも、残るの?」
【猫】「……にゃあ。(吾輩がいるよ)」
【ブルー】「……」
【猫】「にゃあ。(吾輩が戒める。……ではな、さらば。『神様』)」
【ブルー】「……」

○立ち絵差分。ブルー猫を抱く。

【猫】「にゃっ!?(な?)」
【ブルー】「……そうだね。君が君自身を許すまで、きっと終わりはないんだね。そして、その日はきっと来ない」
【猫】「……にゃ!(離せ、バカモノ!)」
【ブルー】「でも、だからって幸せになったらいけないなんてことはない。寂しかったら、誰かと一緒にいた方がいいんだよ。きっと。僕もそう思ってたけど、もうやめた」
【猫】「……にゃあ。(……はなせ)」
【ブルー】「……おいでよ。……人間だって、そう悪いものじゃない」
【猫】「……」
【ブルー】「……君の大切なひとを傷つけた、『僕たち』を許せなくてもいい。でも、一緒にいよう」
【猫】「……」
【ブルー】「……すぐに出て行ってもいいよ。ミルクをちょっと飲んで、毛布で寝たらね。……そしてまた帰って来たくなったら、帰ってくればいい」
【ブルー】「……僕と君は似てるから。……きっと、仲良くなれるよ」
【猫】「……にゃあ。(……あんた……)」
【ブルー】「……帰ろう」
【猫】「……に。(……一日だけだぞ)」
【ブルー】「うん」
【猫】「……にゃう。(……泣いて、お腹がすいてるだけなのだ)」
【ブルー】「うん」

○暗転と潮騒。

そして、僕は指輪と猫を連れて、家に帰る。
早く、早くと家に帰る。お日様が西空に沈む前に、と。
手の中の、ぐんにゃり、けだるい温かさ。
ツメが少しだけ肩に食い込む。
それが僕に勇気をくれる。

(言える)

○足音。

(きっと言える)

○潮騒と足音重なる。

(……だって、ひとりじゃない)
(友達が一緒だから)

○ドアが開かれる音。

【ブルー】「ただいま……。

○ブルーの家、内部。

【マリン】「お帰りなさいっ! ごはんできてますよ〜。あら?」
【猫】「にゃ〜……」
【ブルー】「……あの……」
【マリン】「わーー、かわいい! 猫さんですね! 拾ってきたんですか?」
【ブルー】「う、うん……そういうことになるのかな。……それであの……」
【マリン】「……飼うんですか?」
【ブルー】「……い、いや。それはまだちょっとわかんないんだけど……。……お腹減ってるみたいだから、一食くらい……」
【マリン】「……私はいいですよ?」
【ブルー】「え?」
【マリン】「強そうでかっこいいですね! この猫さん! 一緒に住んだら、きっと楽しそうです」
【ブルー】「マリン……」
【マリン】「はい? どうかしました?」
【ブルー】「これを受けとってくれる?」
【マリン】「え? あ、指輪ですか?」
【ブルー】「……金でも銀でも宝石でもないけれど……。……君に一番似合う色を手に入れようと思って、作ったんだ」
【ブルー】「マリン、結婚しよう。君とずっと手をつないでいたい。一緒に生きていこう」
【マリン】「ブルーさん……。……私、ずっともうそうしてるつもりだったんですけど。……ブルーさんは違ってたんですか?」
【ブルー】「え?」
【マリン】「あはっ、ご飯、できてますよ。猫さんには、ミルクがいいですよね」
【ブルー】「マリン……」
【マリン】「……一緒に頑張って生きていきましょうね。ふたりと一匹でスタートです!」
【ブルー】「……ありがとう」
【猫】「にゃあ〜」

腕の中で猫が冷やかす。
うるさいな、もうただの人間だから、しょうがないんだよ。
この心臓の音は。

【ブルー】「さあ、帰ろう。今日から君も、ここが家だよ」

○扉が閉じられる音。暗転。

新しい生活を始めよう。
幸せを分かち合おう。
どんな困難や悲しみがあっても、ふたりだったら怖くない。
三人だったらもっと怖くない。みんなだったら、もっと。
増やしていこう、大切なもの。大好きなもの。
傷つくことに怯えないで。
——ひとりですべてを背負うなんて、悲しくて辛い。
誰かのために何かをして、誰かが僕にくれたもには、心からありがとうと言おう。
それだけできっと、世界は広がる。つながる。愛せる。

【猫】「にゃあ……。(きれいごとだよ」

猫が囁く。最初の悪が。
でも、きっといつか君にもわかるよ。

(だって君も僕も愛する心を持っているから)

○一枚絵 マリン、ウェディング姿で左手を伸ばす。

【マリン】「ブルーさん。わたし……とってもしあわせです……。きっと、みんなで幸せになりましょうね。猫さんも一緒に!」
【猫】「にゃあ〜ん……!」

○拍手遠くなり、フェードアウト。

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