「悪役令嬢と極道P」新連載のお知らせBlog

日曜日

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

一年のうちで三十日間、神殿に勤める者は自由に休日を得ることができる。
週末や祝祭日などは神殿は常に何かの集まりでごった返し、市井の者たちと同様の時間に休むことができないからだ。
それはある意味、義務のようでもある。
なぜなら、人は休まなければ動き続けてはいられないからだ。
心身健やかに働くために、休みを得て整える。休むことも仕事のうちだと。
——だが、私にはその法則は当てはまらない。
生活の糧を得るために私は神殿に勤めているのではなく、自分の意志でここに存在し、好きで働いている。
それなのに。

○一枚絵 ソロイ退屈そうにハンモックに横たわる。

【ソロイ】「……暇だ」

久しぶりの自邸。隅々まで手入れをされた庭木が朝露に濡れてキラキラと光っている。
薄くけぶる朝の霧は頭の芯を涼やかに撫でさすり、今日すべきことを教えてくれる。
そう、まるで予言のように。
この小さな家は、私が銀円の位を頂いた時に先代から一緒に授かったものだ。
だからまだその力の残り香があるのかもしれない。
普段は神殿で寝泊まりすることの多い私だが、表には出しにくい仕事、人目を忍ぶ会合などは常にこの家で行っている。
自邸、といってもほとんど仕事でしか使っていないから、使い勝手はあまりよくない。
単に私がどこに何が在るのか把握していないだけなのだが。
使用人がある程度は揃えておいてくれたものの、いざ一日をここで過ごそうとすると不便極まりなかった。
なにせ、やることがない。
庭はすでに美しい。部屋も片づけられている。人の来る予定はない。
——だから、私は暇ということになる。
(こんなハメになるのも、すべてあの星の娘たちのおかげだな)
嘆息しながら思い出す。
プルートがキラキラと目を輝かせて、自分に「休め」と言った昨日の午後を。

○回想。プルートの部屋。

【プルート】「ソロイ、最近忙しすぎるようですね。疲れていませんか?」
【ソロイ】「……は? いつも通りですが……何かご心配させるようなことをしましたでしょうか?」
【プルート】「いえ、そういうわけじゃないんですけど。マリンさんが気にしていたから」
【ソロイ】「……マリン殿が? ……心配性な方ですね」
【プルート】「彼女だけじゃなく、アクアさんと葵さんからも」
【ソロイ】「……はあ?」
【プルート】「あのですね、ソロイ。正直に言って下さい」
【ソロイ】「……はい?」
【プルート】「お前は何も言わないけれど、無理をしているんじゃないですか? 確かに今、この国が抱える問題は大きいけれど、一日二日の休息も妨げる程ではないと思うんです」
【プルート】「私に遠慮しているのなら、そういうことはやめなさい。いえ、やめて欲しいのです。……命令というか、お願いではあるんですけど……」
【ソロイ】「やれやれ……三人方もどうでもよいことをプルート様に吹き込んで……。……お言葉を返すようですが、今まであなたに私がお仕えしていた期間と、今年の一年。どこか私は変わりましたか?」
【プルート】「え? あ……それは……あんまり変わったようには……」
【ソロイ】「……そうでしょうね。変えておりませんから。プルート様、私は自分で望んで仕事をしているのです。休みたいとも思いませんので、休日を取らないだけなのです」
【プルート】「……ですが、疲れるでしょう」
【ソロイ】「睡眠時間はきちんと頂いております」
【プルート】「でも、息は詰まるでしょう」
【ソロイ】「……詰まりません。……プルート様、一体何をどうして、そう必死に私を休ませたがるのです。まさか、三人と何かよからぬことを……」
【プルート】「い、いえっ! そ、そんな企みはありません。ありませんったら。本当ですよ。でも、思えばずっと……お前がこの世界に来たときから『仕事』を強要してきたから、こうなったのかなあ……と」
【ソロイ】「……」
【プルート】「私もお前が穏やかな休日を過ごすのは、有意義だと思ったものですから。……三人も私も、ただお前を思ってのことです。いらないなら、それでもいいんですけど……」
【ソロイ】「……ふう」
【プルート】「……ソロイ?」
【ソロイ】「わかりました。休めばよろしいのでしょう」
【プルート】「えっ?」
【ソロイ】「一日、明日だけ。休暇を頂きます。それでよろしいか?」
【プルート】「え……ええ! ゆっくり休んで下さいね。もう、それはゆっくりと、いっぱい羽を伸ばして!」
【ソロイ】「……はあ……」

○回想終わり。

【ソロイ】「……プルート様がああなると、止めても無駄だしな……」

才気溢れる賢い子ども。
その印象は出会った時から変わらない。
むしろ年を追うにつれ、プルートは自分が望む理想の主の形をなしていく。
——時に悲愴に見えるほどに。
休息が必要なのはむしろ主の方ではないか。
——その一言を飲み込んだのには理由がある。
理想を語ると止まらない性格もそうだが、もっと根元的な、口に出してはいけない理由があるから。
(私が側にいて、息が詰まるのは貴方ではないのか)
——大陸から流れ込む知識の水は、どう抗おうとも確実に、街の端、人の端から染みこんでくる。人の口に戸は立てられないとは、よく言ったものだ。
魔法を筆頭に、急速に世界には新しい文化が生まれている。
それは人が暮らしやすくするための知恵の結晶だ。けして悪ではない。
使い方を誤れば自らを傷つける、諸刃の剣であることは確かだが。
——溢れた水が床を濡らすのが不可避の出来事であるように、一度世界に渦巻き始めた運命を、ただひとり、一国が逃れようとするのは愚かだと……。
きっとあの聡い子どもは気づいている。
けれど、知らない振りをしている。……だから苦しんでいる。
でも、私はそれに手を差し伸べられない。
——気づかない振りをしているから。
だから、今日の暇はある意味、罰だと思って過ごすつもりで申し出た。
退屈は人を殺せると、私は心のどこかで知っているから。

○がさごそと茂みの音。オフ会話です。

【マリン】「しーっ! 静かに!」
【アクア】「あたた……しりもちついちゃった……」
【葵】「皆、隠密というものに慣れておらんのじゃ。仕方なかろう」
【マリン】「ご、ごめんなさい。この服、やっぱり動きづらくて……」
【プルート】「あはは、そうでしょうね!」
【アクア】「し〜〜! めっ」
【プルート】「とっ、ととっ! しー、でした。しー」
【葵】「静かに、気づかれぬように行くのだぞ。寝首をかけるのは今しかないのだからな」
【プルート】「でも、ソロイって眠りが浅いんですよ。近寄ったらばれるんじゃ……」
【マリン】「いえっ、いかなソロイさんといえども、自宅では油断するはずです!」
【葵】「うむ、神殿ではああだが、流石に家ともなればくつろいで、隙ができるはず。その時こそ……作戦実行の時だ。よいな、アクア殿?」
【アクア】「まかして、ばっちり……ふふ。どんならくがきをしてやろうかしら……ねこ……いぬ……にく……ふふ……」
【プルート】「あ、あはは……ちゃんと洗ったら落ちる奴で書いて下さいね……」
【マリン】「はい、それに関しては後が怖いですから!」
【アクア】「ちょっとした復讐よ、復讐……」
【葵】「うむ、流石にこういういたずらを神殿内でやるのは、憚られるからな。プルート殿、ご協力感謝する」
【プルート】「い、いえ……まあ、私はソロイに休みを本当にあげたかっただけなんで……。渡りに船っていうか、おもしろそうだっていうのもあったっていうか……」

○茂みの音。

【マリン】「きゃっ!」
【葵】「マリン殿! 声をあげるな!」
【マリン】「はうう、だ、だって後ろに何か……」
【アクア】「……あ、けむし」

○オフ終了。一枚絵も終わり。背景森とかでも。
○マリン、勢いよく立ち上がって。

【マリン】「きゃーーー!」
【アクア】「あ……」
【葵】「あ〜……」
【プルート】「……ああああ」
【マリン】「いやあーー! 取って取って、取ってくださーーい!」
【葵】「わかった、わかった! マリン殿! おちつけ!」
【マリン】「いやああ〜!」
【プルート】「……内緒もここまでですね……」
【アクア】「そのようね……ソロイ……あのね〜……って」

○一枚絵 ソロイ目をつむった差分。冷や汗。

【葵】「ほれ、取れた! これで大人しくせい」
【マリン】「はうう……あ、ありがっ……ぐすっ……ううっ。あの、ごめんなさい。私のせいで、作戦が……っ」
【アクア】「……つん」
【葵】「ソロイ? 寝てるんですか?」
【マリン】「……へ? 私、こんなに大きな声を出したのに、寝てるんですか?」
【葵】「これほど近づいても微動だにせんな。……らしくない」
【アクア】「……死んでる?」
【プルート】「え、縁起でもないことを! 顔色はいいですから、大丈夫ですよ! ソロイ、ソローイ。私ですよー」
【ソロイ】「……」
【マリン】「応えませんね……」
【アクア】「……えい」

○どすっとパンチ。

【葵】「こ、これ! アクア殿! みぞおちに拳などくれるな!」
【アクア】「……まあ……これでも起きないなんて。筋金入り……」
【葵】「そういえば、ソロイの寝顔を見るなんて、本当に久しぶりのことです。……目的は一応達したということになるんでしょうか?」
【マリン】「そうですねえ」
【葵】「そうじゃのう。……なんというか、拍子抜けだが」
【プルート】「ですよね。せっかく苦労してソロイを休ませて、家にも忍び込んだのに。……帰ります?」
【アクア】「なにを言ってるの、プルート……。もっと大事なことを忘れているじゃないの……」
【葵】「は、はい?」
【アクア】「しゃきーん……口紅とくれよんせっとー」
【プルート】「わっ! 本当にやる気だったんですか!」
【アクア】「わたしはいつだってマジよ、ふふ。さーて……どこまで耐えられるかしら?」
【マリン】「へ?」
【葵】「耐える?」
【プルート】「……アクアさん? どういう意味です」
【アクア】「ふふ……さあ、どういう意味かしら……ね?」

○暗転。

閉じた目の端に、不吉な気配が迫る。
朝霧はすでにどこかへ消え去り、木漏れ日がきつく肌を刺す。
夏の日差しはそれだけで凶器で、できれば身じろぎして抵抗したいところだ。

(……だが、今さら起きてどうなる?)

四人の気配に気づいた時に、一瞬私は思案してこの状態を選択した。
下手くそな匍匐前進で迫ってくる彼ら彼女らが、晴れて私のところにたどり着くまで、このままでいようと。
私の耳は人の三倍よく聞こえる。プルート様もそれは知るまい。
言う必要もないことであるし。
だから、馬鹿らしい企みを最大の効果で潰してやろうと待ったのだ。
計画が成功したと思う刹那に、きっと私は起き出してやろうと。
だが。
(マリン殿……なんとタイミングの悪い……)
こめかみが怒りでピクピクと震える。
思えば、それも予想の条件に入れておくべきであった。
あの少女は肝心な時に失敗し、してはならないところでドジる少女なのだと。
神殿にずっといて、それを知らないわけではないのに。
(……決断せねば)
アクアという少女を子どもと思ってはいけない。彼女はやると言ったらやる。
そこに躊躇は全くない。
また、子どものやることだから……という無邪気さも、こと彼女に限っては加味する必要はない。
なぜなら、彼女は見かけ以上に大人で、邪悪だからだ。
(……どうせ止める者などいないだろうし)
三人の中で唯一マトモそうに見える葵にしても、寄らば大樹の陰……ならぬ、おもしろそうな物にはまかれてもいいぞ、いうような……ある意味、楽観主義的なところのある少女で。
他のふたりの候補に注意をするなど、期待する方がそもそも間違っている。
だから。

【アクア】「なーに書こうかなっと……さーんかくやーねーに〜♪」

クレヨンが迫ってくる気配がする。

【プルート】「アクアさん、や、やっぱりラクガキは勘弁してあげた方が……」
【アクア】「あら……男が一度決めたことを撤回するのはよくないわ……」
【プルート】「い、いえ! でもですね! せっかく今日は休みなんですし! そ、そうだ。やめてくれたら、何でも言うこと聞きますよ。ねっ?」
【アクア】「え? なんでも……?」
【マリン】「わっ、プルート様! そんなことアクアさんに言うなんて……!」
【葵】「命知らずな……」
【プルート】「えっ……い、いえ……限度はもちろんありますけどね?」
【アクア】「それ、なんでもって言わない……じゃあ、まずはヒゲから……」
【葵】「わわわわ! すみません! わかりました! なんでもします!」
【マリン】「うわあ、脅迫だ……」
【葵】「人質みたいなものだのう」
【アクア】「それじゃあね……ちゅーして?」
【プルート】「えっ!」
【アクア】「ちゅー」
【マリン】「きゃあ、アクアさん! 大胆です!」
【葵】「ちょ、ちょっ待て! お前たち、こ、公衆の面前ではしたない! そ、そういうことはだな、しかるべき儀式に乗っ取って杯を交わした後にするもので……」

○画面揺れる。

【ソロイ】「……アクア殿?」
【アクア】「……あ」
【マリン】「起きた……」
【葵】「……ソ、ソロイ殿?」
【ソロイ】「……そういうことは、神殿の許可を得てからにして頂きませんと困ります。なにより、候補選定が終わる前になど……」
【アクア】「……なーんだ、やっぱり起きてた……ちっ」
【葵】「へっ?」
【マリン】「えーー! ソロイさん寝たふりですか?」
【ソロイ】「え……いや、その……タイミングを逸したもので……。故意にそうしたわけでは……」
【アクア】「へーほーふーん」
【ソロイ】「……」

(たかが寝たふりをしただけで、どうしてこんなに責められねばならないのだ?)
あまりに理不尽な視線に、多少たじろぐ。
確かに多少なりとも騙したのかもしれないが、だったら警備を外して忍び込んできた罪はどうなるのだ。

【マリン】「なんだあ〜、それじゃあ最初からわかってたんですよね……。言ってくれればよかったのに」
【葵】「つまらん。お前は本っ当ーーにつまらん!」
【プルート】「心配する必要もなかったですか……」
【ソロイ】「はあ……申し訳ありません」

(……どうしてそんなにがっかりするのか。……私は悪いことをしたか?)
思い当たらなさすぎる。しかしため息は四人の口からそれぞれ漏れた。

【アクア】「ま……いいわ。ソロイがおもしろくならないのはいつものことだし。休日といえども、それは変わらないってだけよね」
【マリン】「つまんないです〜」
【葵】「シリウス殿でも連れてくればよかったかの」
【プルート】「そ、それはやめて下さい! ……別の問題が発生しますので」
【マリン】「あはっ、それじゃあソロイさん。お台所借りますね。そろそろお昼だし〜」
【ソロイ】「は?」
【葵】「うむ、そうじゃな。勝手にあがるぞ」
【アクア】「ランチにはオムライス……これ、定番……ふふ」
【ソロイ】「え? マリン殿、アクア殿……葵殿! お待ち下さい。私は、許可などは……」
【プルート】「いいではありませんか、ソロイ。どうせお前は作れないのだし。私もお腹が空きました」
【ソロイ】「し、しかし。プルート様の食事は料理長が……。第一、どうして私の家で食べる必要が?」
【プルート】「あなたの普段が、みんな知りたいのですよ。きっと」
【ソロイ】「……」
【プルート】「それに、私も久しぶりにここで過ごしてみたかった。だから、ちょっとしたイタズラに乗ってみたのですけどね。怒ります? ふふ」
【ソロイ】「……プルート様」
【プルート】「私の休日につきあってくれませんか。私もお前も、最近少し働きすぎだと言われましたよ。三人共に。それとも嫌ですか? 休日にまで、私と一緒は」
【ソロイ】「……そんなことは」
【プルート】「……」
【ソロイ】「……喜んで」
【プルート】「……ありがとう。ねえ。ソロイ」
【ソロイ】「はい?」
【プルート】「彼女たちはいい人ですよね」
【ソロイ】「……そう、ですね。

プルートはそうして微笑む。ほんの少し寂しそうに。
普段なら、こんなことは星読みとしてらしくないと、きっと怒った。
それが私たちの今までの日常だ。
けれど、彼女たちが神殿の、生活の、心の中に入り込んできてから。
(私もあなたも、少し変わったのだろうか)

○オフ会話。

【アクア】「あ……しっぱい」

○何か爆発。

【マリン】「きゃーー、アクアさーん! 卵を魔法でゆでないでくださーーい!」
【葵】「うわわ、マリン殿! 鍋が、鍋が!」
【マリン】「きゃーー! 葵さーん! 火加減は初めちょろちょろってあれほどーー! きゃーー!」

○爆発音でオフ終了。

【ソロイ】「……あの粗忽なところがなければ、私も素直にそう思えるかもしれないのですが」
【プルート】「あはは、そうですね」
【ソロイ】「……ですが、まあ。今日は休日ですから」
【葵】「うん」
【ソロイ】「……良しと致しましょう」

ハンモックにもう一度座った。
重さの反動で、それは激しく揺れる。
——心も揺れた。
(……ああ、よかった)
何が、だろう?
そんな問いもすぐに消えて、私は光の中に身を置いた。
目を閉じても、闇でない。
——側には、いつも誰かがいてくれるのだから。

目次