8/13[C100]土曜日/東ヘ-07bwebカタログ

異邦人

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

——今まで、大抵のことには冷静に対処してきた。
狼狽えるという行為は、私にとって一番忌むべき感情のひとつだ。
常に冷静、沈着に。
それが私を私たらしめる、言うなればポリシーのようなものだからだ。
時折暴れる、自分の奥底に沈む焼け石のように激しい感情。
それを押さえ込むには、日々のそうした鍛錬が不可欠だ。
私でない私は、酷く残虐だから。怒りと悲しみを伴っているから。
——だから私は心を常に冷やし続ける。
今の私が大切に思う、あの人を、国を、約束を守るために。

○船の上。

【シリウス】「ラララン、ラララン、ランランラーンー♪ ララララララー♪ はいっ」
【ソロイ】「……」
【シリウス】「ラララン、ラララララーー……。こらあ! 何をぼさっとしているのかな? さっき輪唱の手順は教えただろう。ついてこないとダメじゃないか」
【ソロイ】「……」
【シリウス】「んん? どうしたんだい、固まって。ブリキ人形ならネジを巻けば復活するんだけどな。どれどれ、どこにネジがついているのかな〜?」
【ソロイ】「……ついていません」
【シリウス】「わっ、なんだ。やっぱり人間だよね。そうだよね。朝はちゃんと話していたしね。じゃあ、もう一度♪ らららー……」
【ソロイ】「歌いません」
【シリウス】「えー、なんでー」
【ボビー】「ウタオウヨー、タノシイヨー」
【ソロイ】「……船乗りならたくさんいるでしょう。そういう方にお頼みしたらいかがですか」
【シリウス】「船乗りたちは今、お仕事中だよ。邪魔なんてしたらいけない。暇なのは私と君だけだ。部下たちは他の船だしー。君が言い出したんだよ? 私とふたりで乗るって」
【ボビー】「ソーダ、ソーダ! ダカラ、シリウストアソベー!」
【シリウス】「そうだよねー、ボビー。遊び相手になる覚悟がないなら、船を分ければよかったんだよねー」
【ボビー】「ネー!」
【ソロイ】「……一週間ずっとお相手したつもりでしたが」
【シリウス】「チェス、リバーシ、カード、ルーレット……。まあ、確かに昨日まではネタが続いたけどね。飽きた」
【ソロイ】「……申し訳ありません」
【シリウス】「そーだよ、申し訳なく思いたまえ、はっはっは!」
【ソロイ】「……」

熱が腹の底からこみ上がり、爆発しそうになる。
大陸とアロランディアを繋ぐ唯一の港へ片道五日、二日を待ち合わせに費やした。
そこまでは予定調和、予想の範囲だ。
船旅はトラブルが起こるのが当たり前で、嵐に会わなかっただけでも儲けものと思わなくてはなるまい。
が、これが嵐でなくてなんなのか。
——天災には遭わなかったが、人災には遭った。
そういう表現になるのだろうか。
(……だが、斬ったら色々後始末に困るしな)
だからどうにか、熱を冷やす。
抑えた深呼吸。それを何度も繰り返す。
——そして、より無口になる。
もとより、言葉などなくて構わぬと思う性質ではあるが。

【シリウス】「まったく、アロランディアも気が利かない。私を出迎えるのに、君のようなムサイ男をよこすなんて」
【ソロイ】「……申し訳ありません。現在神殿には男しかおりませんので、どちらにせよシリウス様のご期待には添えなかったと思いますが」
【シリウス】「え、ウソ」
【ソロイ】「……本当ですが、それが何か?」
【シリウス】「えええ〜、聞いてない。聞いてないよ! 星の娘というかわいい女の子がいるんじゃなかったのかい?」
【ソロイ】「……あいにく、まだ捜索中でございまして。シリウス様の赴任中は現れないかもしれませんね」
【シリウス】「なんだい、それは。つまらないなあ。それじゃ、私は観光以外に楽しみがないじゃないか」
【ボビー】「ツマンナーイ」
【ソロイ】「……申し訳ありません」

そう答えつつ、そういうことにはならなかろう、と胸のうちで呟く。
星の娘探索はどのみち、近日に打ち切ることになる。
それらしき者が出てこない場合は、それらしき者を用意するだけ。
——口止めに手間はかかるが、致し方ない。
もしも用意できなければ、この大陸のスパイはアロランディアをどんな手を使ってでも変えてしまうだろう。
それだけの権力を担っている。
大陸の六つの国から成り立つ『賢人会』は表向き中立を表明する国際議会だが、実際は六国以外に圧力をかけるための『言葉の武力』の集まりである。
シリウス=ウォーレン=ダリスはダリス王国の末弟として生まれ、今は王位継承権を返上しているものの、才気溢れ、芸術を解する美貌の王子として大陸では広く知られている。言うなれば、人気者だ。
それをわざわざ大使として任命するからには、彼らは今回の査察に賭けている。
この駒をたとえ失っても、アロランディアを手に入れる。
——そういう決意の現れだろう。
だからこそ、普段は離れないプルートの側を離れ、ピッタリと張り付く心づもりでここまで来たのだが……。
(……これほど、おかしな人だったとは)
仕事柄、様々な人間に会うが、これほど空気を読まない者も珍しい。
名前と評判だけで人を推し量ってはいけない。
——改めて胸に刻みつけるしかあるまい。

【シリウス】「ま、いいや。そうなったら、そうなったで。いつも忙しくあちこち飛び回されているからね。観光でもしてゆっくり骨休めでもするさ」
【ソロイ】「そういうことでしたら、いくらでも。元々、アロランディアは観光地ですから」
【シリウス】「先代あたりからそうなんだっけ。先見の明があった方のようだ。今の星読み殿はどうだか知らないけど」
【ソロイ】「……聡明な方ですよ」

事実、そうである。
プルートは賢い子どもだ。
——アロランディアは王制でも議会制でもない、信仰によって作られる国だ。
故に他国の王にはない資質が求められる。
聡明さ。それは予見する力とも言い換えられる。
プルートに未来を読む力がないことは、すでにソロイを含めた数人の高官が知る事実だ。
だが思う。先代も未来を読む力はすでに弱かった。
血の薄まりはもはや限界にきていたのだろう。
——未来を読むことはできなくても、未来を予想することはできる。
プルートは予言ができない代わりに、その聡明さで父カロンと同じかそれ以上の、『希代の星読み』としての地位を築いたのだった。
その努力を称えずに、何を称えよと言うのだろう。

○風の音と人のざわめき。

【船員】「陸が見えてきたぞー!」
【船員2】「予定より早くつきそうだ。上陸準備ー!」
【船員たち】「へーーーい!」
【シリウス】「おやおや、もう着いてしまうようだよ」
【ソロイ】「ああ、風が追い風になりましたね。……確かにこれならすぐに着くでしょう。我々も荷物を片づけましょう」
【シリウス】「はいはい。まったく、付き人がいないから、そんなことも私がしないといけない」
【ソロイ】「私がしてもよろしいなら、致しますが」
【シリウス】「やだよ。見られたくないものもあるし」
【ソロイ】「……そうでしょうね」

ここまであけっぴろげに「陰謀があります」と言う者も、また珍しい。

【シリウス】「でも、楽しみだよ。美しい国だと聞いているから」
【ソロイ】「……ええ、それについてはご期待を裏切らないかと」
【シリウス】「……好きなんだねえ」
【ソロイ】「え?」
【シリウス】「いや、君みたいな面白みのない男でも、故郷のことを話すときはそうでもないのだな、と思ったのさ」
【ソロイ】「……そうでしたか?」
【シリウス】「おや、自覚がないのかい」
【ソロイ】「……はあ……」
【シリウス】「あはは、そいつは傑作だ! 今の顔、意識的にできたのなら、もう少しモテるよ。普段の君じゃ、とてもじゃないが貴婦人は怖がって近づかない」
【ソロイ】「……その方が私としてはありがたいのですけどね」
【シリウス】「あははは!」
【ソロイ】「……なんでしょう」
【シリウス】「くくく、いや、楽しみだなって思ったんだよ。この五日間で、随分うんざりしていたんだけど……。本当に楽しめそうだ。アロランディア」
【ソロイ】「……はあ」
【シリウス】「……人間相手じゃないと、どんなゲームも楽しめないからね」
【ソロイ】「……ゲームですか」
【シリウス】「そ。さっきまで君は、私にとっては人形以下。ひとり旅と変わらない。そういうものを壊すのに、躊躇いなど感じるかな? ただの作業だろう」
【ソロイ】「……」
【シリウス】「でも、そこに感情があるなら話は別さ。……見極めさせてもらうよ。ソロイ=ブラーエ殿。アロランディアは果たしてこれからも、神の国でいるべきなのか」
【ソロイ】「……ご自由に」
【シリウス】「もちろん」

○シリウス消える。

【ソロイ】「……ふう」

日の光に透けると銀にも見えるシリウスの髪が、扉の中に消えていく。
調子はずれな、のんきな鼻歌と共に。
——不思議な男だ。
船員たちが忙しく周りを通りすがる。
自分も荷造りを始めないといけない。
目を細めると少しだけ、港の輪郭がはっきりとした。
(……守らなければ)
自分は大陸に何度か足を運んだことがある。
その文化レベルの差は、ある意味衝撃だった。
もちろん高度になればなる程、失われるものはある。
けれど、それでも。
約束があるから。
記憶を失い、今の私になった時。助けてくれた恩人は言った。
守ってやってくれ、と。
——胸に染みたその言葉。守る者をあの人はくれた。
守るために生きたい。
私の中の熱が望むものを。
——誰かのために生きてみたいと。
(……そうすれば、愛されるかもしれないからか?)

【ソロイ】「……?」

思いがけない問いかけが胸をよぎる。
誰の言葉だろう、今のは。
——ちくりと痛む。……いつもとは違う、熱の手触り。

【ソロイ】「……痛」

けれど、すぐに消える。まるで何もなかったように。

【ソロイ】「……?」

——だったら忘れよう。
すぐに忘れてしまおう。
私は、私の仕事を果たすためだけにここにいるのだから。

【シリウス(オフ)】「ソロイ殿〜!」
【ソロイ】「……はい?」
【シリウス(オフ)】「ソロイ殿、こっちこっち!」
【ソロイ】「……シリウス様」

ドアの隙間からシリウスが手招きしている。どうもちょっと涙目だ。

【シリウス(オフ)】「トランクが閉まらないんだよ〜。ちょっと来て、乗ってくれないかい? 行きはちゃんと入っていたのにな〜」
【ソロイ】「……わかりました。すぐに行きます」
【シリウス(オフ)】「早くね、早く〜」

小さく開いた隙間はバタリと閉じられる。
——だいたい状況の予想はついた。
どうせ服の畳み方が悪くて、トランクに入らないだけなのだろう。
旅慣れない王子様のしそうなことだ。

○風の音。

【ソロイ】「……」

もう一度、帰る故郷を遠く眺める。
白い雲が立ち上がるその下、きらきらとそれは煌めいている。
それは素直に、美しいと思うのだ。きっと誰でも。
アロランディアは神の島と言われる。
かつて女神が降り立ち、祝福を与えた島。
運命が始まる場所。
(……少なくとも、私はそうだった)
そしてこれからも、自分の運命はあの島で回したい。
ようやくたどり着いた気もする、私の居場所だから。

【シリウス】「ラララ、ラララーーー♪」
【ソロイ】「……」
【シリウス】「ラララ、ラララーーー♪」
【ソロイ】「……シリウス様、トランクはいかがなさったので?」
【シリウス】「だって君、すぐ来ないんだもん。面倒くさいから、いらないものは海に捨てちゃった」
【ソロイ】「は?」
【シリウス】「証拠隠滅ー、あははっ! 残念だったね、すぐ来れば見られたかもしれないのに」
【ソロイ】「……」

一体何を捨てたと言うのだろう。
そもそも、何か謀などやっている暇はなかったはずだが。

【シリウス】「ま、とにかく終わったし〜。君の荷物を私が手伝ってあげようと思ってね。メランコリックになっている暇はないよ。ほら、もう上陸は近いんだから」
【ソロイ】「え。い、いえ。私の荷物はさほどありませんので」
【シリウス】「遠慮しなーい。私がやってあげようと言うのだから、言うことを聞きなさい」
【ボビー】「キキナサーイ!」
【ソロイ】「いえ、ですから……やって頂く量は」
【シリウス】「何言ってるんだ、量など関係ないね! 持ち物チェックだよ、抜きうちの〜! ソロイ君、君はえっちなものは持ってないかな〜?」
【ボビー】「カナカナーー!?」
【ソロイ】「……あるわけが」
【シリウス】「あるかないかは私が決める! そーれ、レッツゴー!」
【ソロイ】「あっ……シリウス様!」

○シリウス駆け去る。

【ソロイ】「お待ち下さい! 何もありませんが、いくつか危険なものが……!」

○ソロイも消える。波の音の後、フェードアウト。暗転。

——今まで大抵のことは冷静に対処してきた。
狼狽えるという行為は、私にとって一番忌むべき感情のひとつだ。
常に冷静、沈着に。
が。
——もういい加減。
——そうでなくても構わないのではないか?
腰の剣に手が伸びる。そして躊躇する。
(くっ……今日はなんという日だ)
そもそも今日までも、平和な毎日ではなかったけれど。
——これから始まる苦難に比べたら、ずいぶんマシな方だったのではないか。
それでも息を整えて、足早に歩くだけ。
我が身の不運と思うだけなら良いのだが。
——「でも、そこに感情があるなら話は別さ」

【ソロイ】「……」

言葉を反芻して、心を動かす自分に驚く。

【ソロイ】「……感情など、いらないのに」

今日は呪われた一日。なんて酷い一日だろう。……暗黒の日。
いつか思い出すことがなければいいのだが。
——今日のこの日を、嬉しくなど。
私に心があることなど。

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