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水面の星

猫ト指輪ト蒼色絵本[目次]へ戻る

○暗転。

月明かりの下、恋について語ったことは何度もある。
遠くに聞こえる音楽と、空っぽのワインの瓶、白樺の影、白いドレス、仮面。
舞踏会を劇場と唄った詩人は素晴らしい。まさしく本質をついている。
馬鹿の振りも利口の振りも気分次第。月の下では美醜もおぼろ。
仮面をつけたままなら尚更だ。偽り、隠すのは当たり前。
——それはとても楽しいところ。けれど、日常になれば飽いてもくる。
そんな時、私はよく中庭奥の噴水にひとり、ふらりと行った。
誰の目にも触れないように。
弾ける水に手を伸ばす。
火照った指先をそれは冷やし、心にも潤いを流し込む。
——そこに星空が映れば映るほど。
月光の王子と呼ばれた私だが、天にある光り輝くものの中で、一番好きなのは星だった。
何故かといえば、月はたったひとつしかないからだ。
——まるでそれは孤独の象徴。
日ごとに欠ける姿もまるで、不正不実の証しのようで。
(星はひとりでないからいいな)
月は夜空にたったひとり。
だから、時々捕まえようと水の中に手を入れた。
たゆたう水にほのかに映る。ひとつくらいは、この手の中に。
——もちろん手に入れられるはずはないのだけど。
酔っぱらいの不可解な行動だ。
けれど浸した右手に映る、その光は心にしみた。奥の奥に。
——痛みを覚える程に握りしめ。
(どうして思い出すんだろうね。今さら)
静かに椅子に身を沈め、ため息と共に言葉を飲み込む。
それはきっと、彼女たちがあんなことを言うから。

○大通り、夜。

【マリン】「シリウス様〜!」
【アクア】「シリウス〜!」
【葵】「シリウス殿〜! まてまて! 止まれ!」
【シリウス】「はい?」

ぱたぱた、とたとた、カポンカポンと、それぞれ個性的な音を立てて、三人の少女は私めがけて走ってくる。
右手に星を得た、神秘を背負う巫女候補。
ダリスでその情報を得たときは、どんな清楚な美少女が出てくるだろうと期待に胸を膨らませたこともあったのだけど。
(いや、カワイイって言えばカワイイし、美少女なことは美少女だけどね)
外見はともかくって話だ。三人とも平均以上。けれど、中身は規格外ってこと。
これまで結構な数の女性と会ってきたつもりだけれど、これは私が世間知らずだったということなんだろうか。
貴族にありがちな、自己肥大。……認めたくないなあ、それ。
なんにしても、彼女たちは私にとって今もっとも関わりたくない『人』たちなんである。
——いや、関わらなくちゃならないんだけどさ。オシゴトですし。

【シリウス】「やあ、みなさん。今日のお勉強はおしまいですか?」
【マリン】「はあはあ……はい。おしまいです!」
【アクア】「今日は魔法のお勉強だったの」
【葵】「うむ、先ほどヨハン殿と別れたところだ。シリウス殿はどこへ出かけていたのだ? 大通りで見かけるとは珍しいな」
【シリウス】「ああ、私は騎士院に少し用事があったんですよ。目当てのふたりはいませんでしたけどね。仕事を押しつけそこねた。残念です」

ちょっとした嘘。本当は騎士院の中での『情報提供者』と会うために来た。
どこの国でも、自分の利益のために国を売る者はいる。
ま、個人的には嫌いなので、事が終わったら捨てさせて頂くけども。

【マリン】「ああ、アークさんとリュートさんですか? あはっ、それはそうでしょうね。さっきまで私たちと一緒にいましたから」
【シリウス】「え? でも、さっきヨハン殿と……って」
【アクア】「……授業の途中に会ったのよ。あんなヘンピなところまで見回りなんて……騎士も大変ね」
【シリウス】「ああ、なるほどね」
【葵】「今なら丁度戻っていると思うぞ? 寄っていくか?」
【シリウス】「いえ、大丈夫です。何も彼らでないといけない仕事ではないので。軽く嫌がらせをして楽しもうと思ってただけなので、彼らにとってはラッキーでしたね。ふふ」
【シリウス】「しかし、女の子三人でこんな時間に放り出すなんて、彼らは紳士としてなってないなあ」
【シリウス】「アクア殿は一緒に帰らなかったのかい? ふたりも自分の力を過信してはいけないよ。夜はどんな街でも何があるか解らない」
【マリン】「あ……」
【アクア】「……」
【葵】「うーむ、それなんだが……」
【シリウス】「……?」

三人が一様に顔を曇らせ、見合わせる。
何だろう、この奇妙な沈黙は。……ヤな予感。

【マリン】「いつもだったら、きっと送ってくれると思うんですよね」
【アクア】「そうね……リュートがうるさく言うとおもうし」
【葵】「一体何が気に障ったのかわからん。私たちは普通に疑問を口にしただけなのになあ」
【マリン】「そうですよねえ。どうして男の人って胸の大きさにこだわるのか、聞いただけなのになあ」
【シリウス】「げほっ……!」
【マリン】「きゃっ!」
【アクア】「あら、シリウス……大丈夫? ……よしよし」

思わず次の言葉を飲み込み損ない、派手に吹き出す。
——あまりに予想をはずれた一言。なんてことを言い出すんだこの子は。
天然にも程がある。

【シリウス】「マリン殿! 一体君は何を突然言い出すんですか! 恥を知りなさい、恥を!」
【マリン】「ひゃあっ! アークさんと同じ反応〜!?」
【葵】「いや、まて。シリウス殿。疑問に思うことは何でも聞いてくれ、と言ったのは向こうなのだ。私たちは何の落ち度もないぞ?」
【アクア】「最初の疑問はどうしてお花は綺麗なのか……ってコトだったんだけどね……」

どこをどう発展させれば、その話題がそこに行き着く?
是非、一部始終を聞いてみたいものだ。
いや、その場には絶対いたくはないけれど。

【マリン】「でもっ、不思議じゃないですか! 私はもっと痩せたいのに、先生やリュートさんはもっと太ってもいいなんて言うし! 男の人の目と女の人の目って、作りが違うんですか?」
【アクア】「……小さい女の子が好きな人って、二種類いるけど……。お互い仲が悪いのはどうして……? とか……」
【葵】「そもそもなぜ、男と女は別々なのだ? 別にひとつでも不備はなかろうと思うが、どうだろう?」
【シリウス】「はあ……。ものすごくアホな質問から、哲学的な質問まで盛りだくさんですね……」

私を取り囲む三本の花。
いつもなら楽しいはずのそれらが、今は檻の鉄棒に見える。
まずった、嫌な予感は的中している。
もっとも、この三人に関わることで、イヤな予感がしない場合はないのだけど。

【マリン】「はうっ。アホって私!? がーん、がーん……」
【シリウス】「それ以外形容しにくい。と、とにかくご質問は難しくかつ、くだらないのでお答えできかねます。それでは、また会う日まで! さらばーー!」

これは本格的な戦いになる前に、即時撤退するのが賢い。
夜道に女の子を残すのは危険だけど、今の己の危機に比べれば幾分マシだ。
馬車だってまだ動いているし、三人のうちひとりはそこらの剣士顔負けである。
今日この時くらいは紳士としての責任を放棄しても良いだろう。
というか、させて下さいお願いだから。
ねえ神様。

○画面揺れた後、人物表示一回切って。

【シリウス】「どわっ!」

○また表示。

【マリン】「さわやかに笑って逃亡は許しません! 本日二度目だし!」
【アクア】「……お日様出てないから、歯も白くひからないしね……」
【葵】「アークたちもヨハン殿もそうやって逃げた! 今度は逃がさんぞ!」

——が、あえなく撃沈。
四方八方を六本の手が絡め取る。しかも無遠慮、待ったなし。

【シリウス】「いたたたた、手、手! そっちの方向は折れます! アクア殿!」
【アクア】「あら、しつれい……。でも、はなしたら逃げるから……」

素人はだから怖い。
どうしてこんな固め技だけを知っている?
魔法院の責任者に問いただしたい気分。

【シリウス】「いたた、ま、真面目に折れますから! せめてもう少し穏便な方法で脅して頂けませんか!?」
【マリン】「うーん、それじゃあ、人質取りましょうか」
【葵】「よしきた。ていっ!」
【シリウス】「あーー! ボビー!」
【アクア】「はい、それじゃ離すわ……。ふふ、こやつのいのちがおしかったら、わかってるわね……」

——うわあ、なんてえげつない。
こんなの、本当にどこで勉強して来るのだろう。
離された手首のあたりをさすりながら憮然と向かう。

【シリウス】「……わかりました、わかりました。何でも答えればいいんでしょ。なんでも答えれば!」
【マリン】「そーゆーことでーす! わーい」
【アクア】「わーい」
【葵】「ついでに、私たちも送ってくれ。広場までで良いから。馬車があるでな」

予感は確信。なるほど、アークたちは複数だったのが幸運だった。
三対一では女の子に口で勝てるはずがない。
——けれど、幸運もまたひとつ。いや、ある意味、不運かもしれないけど。
人形、腰にぶら下げているアレ。
普段からずっと持ち歩いているわけではない。
今日はたまたま『入れていなかった』日だった。

(ヘタしたら暴発しているところだよ、はあ)

それとも、今のこのことも予定調和のうちなのか。
神様に選ばれた少女。
右手の星が彼女らを守る。
アロランディアを守る神秘の盾。
——ここに来る前は神様に何か問いかけたりなんてしなかったのに。

【シリウス】「やれやれ、それでは向かいましょうか。早足でね」
【マリン】「えー? のんびりでだっていいですよ。間に合いますよ」
【アクア】「逃げようったってそうはいかないわよ……」
【葵】「そうじゃ、そうじゃ。きっちり、疑問には答えてもらわぬと。おぬしらは先生なのだから、生徒の疑問から逃亡するなど、あってはならぬことだぞ?」

はあ、そうですか。
いや、もちろん一般的教養についての疑問ならいくらでも受けるけど。
権利を振りかざす行為ですよ、葵殿。
——と、言い返してもどうせムダなのはわかってるので、飲み込んでおく。ごくん。

【シリウス】「……に、しても本当に答えにくい質問ばかりなのでねえ。はあ。彼らが逃げるのもわかる」
【マリン】「そうなんでしょうか?」
【シリウス】「……じゃあ、どう答えれば君は満足なのかな? どっちが好みって言っても、きっと怒るくせに」
【マリン】「そんなコトないですよ〜! 怒らないですよ! ただ、胸の大きさで女の子の魅力は計ってはいけないと……もが!」
【シリウス】「そういうことを大声で言わないように。はしたないですよ」
【アクア】「でも、大きい方がいいのよね、きっと。……やっぱり、わたしは玄人さん受けなのかし……もが」
【シリウス】「はいはい、そっちの口も閉じる。胸の話から離れなさい! 彼らよりそれにこだわっているのは君たちじゃないですか、もう!」
【マリン】「……うー、そうですけど」
【アクア】「……むー。でも、気になるんだもの」
【シリウス】「ひとそれぞれ。そういう答えしか出ませんよ。他に何を言えって言うんです。男を困らせるのもいい加減になさい」

実際、昼日中の青空の下、こんな話題をしつこく聞かれたら逃げたくなるのも当たり前だろう。
ヨハン殿についてはざまあみろだが、巻き込まれた騎士ふたりには同情する。
あのアークが逃げたくらいなのだから、よほど突っ込んだことを『天然に』聞いたのだろう。
やれやれ……可哀想に。

【葵】「む、それは確かに。しかし、ふたりにとっては切実であろう。シリウス殿だったら、解決策など思いつくのではないか? こう、劇的に膨らむ魔法の薬とか、王家に伝わる秘伝の書とか……」
【シリウス】「そんなもんありません!」
【マリン】「ええーー、シリウス様になんとかしてもらえばって、アークさんは言ってましたよ?」
【シリウス】「げほっ……」

同情撤回。後で山ほど面倒な仕事を押しつけてやる。

【シリウス】「あいにく、そんな薬も魔法もありません。たとえあったとしても、使わせませんから。絶対」
【マリン】「えーーー、どうしてですか?」
【アクア】「けち……」
【葵】「む、その口ぶり……何か隠している気配だな? 正直に言わぬと……」
【シリウス】「正直に言ってますよ。ないものはないです。あれば、ダリスはそちらで産業を立てています。世の半分は女性なんですから、莫大な利益を生む、見逃すはずがありません」
【マリン】「う〜……そ、そうですよね」
【アクア】「ちっ……」
【葵】「そ、そうか……まことに残念……くっ」
【シリウス】「それに、そんなものに頼ったって格差というものは埋まりません。好みは千差万別なんですから」
【マリン】「うう〜……そうかもしれないですけど〜!」
【アクア】「けど〜……」
【葵】「では、シリウス殿はどっちだ? 大きいのと、小さいのと」
【シリウス】「……」
【マリン】「あっ、嘘つき! シリウス様だってそーなんじゃないですか!」
【アクア】「……こーやくいはん〜!」
【葵】「自分がそーでないのに、自信満々に言うたな!?」
【シリウス】「だ、だから好みの問題だって言ったでしょう!? はあ、もうそういうお話は密室でやりなさい。むやみに人に聞かないこと。マナーですよ、最低限の!」
【マリン】「え? そうなんですか?」
【アクア】「なんで?」
【葵】「疑問に思うことは聞け、と言われたから聞いたのだが?」

——言わなきゃわからないのかなあ。
——そういう方面の教師もつけた方がいいんじゃないのか。
——帰ったらプルート殿に忠告……いや、ソロイ殿に……いや、どっちも無関心だからこーなるのか。
——この国の行く末が怖くなってきた。

【シリウス】「それは勉強に対してでしょ。……先生と生徒として以外の質問は、仕事のうちではないんですから」
【マリン】「じゃあ誰に聞けばいいんでしょう? プルート様や、ソロイさん?」
【アクア】「帰ったらじゃあ、ユニシスに……」
【葵】「うう、私はそれではお手上げではないか。むう」
【シリウス】「どれもこれも違います。そういうことはね、恋人に聞くことなんですよ」
【マリン】「はい?」
【アクア】「こいびと? どうして?」
【葵】「……なぜじゃ?」
【シリウス】「……」

うわあ。……マジですか。
——そこから説明? 面倒みきれない。

【シリウス】「嫌でもそのうちわかりますから、今はわからなくていいモノです」
【マリン】「えーー、そんなのずるいです」
【葵】「質問に答えると約束したではないか」
【アクア】「うそつきだ〜!」
【シリウス】「嘘つきじゃありません。今教えても君たちにはきっと無駄だから、教えないだけです。要するに、まだ早い。それだけの話です」
【マリン】「う〜、早くないですよ。こいびとになるまでに、必要なんじゃないかと思うんですけど。……せんたくいたをなんとかしたいし……」
【アクア】「わたしも〜!」
【葵】「いや、しかしな。恋人など作る気のない者もいる故。たとえば私とか。そういう者はどうすれば良いのだ? 一生疑問のままか?」
【マリン】「そうですよねえ。恋人同士なんて、私、想像もできません。そこまでいくには、まず胸が大きくないとだめなんじゃないかと思うんですけど」
【アクア】「そうよねえ……」
【シリウス】「ほんっと、その話から離れないですね、君たちは!」
【マリン】「あう〜……だってだって」

——よほど気にしているらしい。
いや、私も過去に似たようなことを言った覚えがあるから、ちょっと後ろめたいが。
——これからは気をつけよう。
三人ともしゅんとして、見るからにがっかり顔だ。
心なしか、足音も元気がなくなっている
とぼとぼとぼ。とぼとぼとぼ……。
(あーー……もう、どうしてこの国では私はいつも、貧乏くじをひくんだ?)

【シリウス】「あばたもエクボと言うでしょう! 好きになれば、そんなことどうだってよくなるものですよ。……今はわからなくても、その時になったら全部わかる」
【シリウス】「好みだとか、条件だとか、障害だとか……そういうものもどうだってよくなる。恋愛はそういうものです。男女が別れているのは、試練でしょう」
【シリウス】「違いを乗り越える強さがなければ、新しい世界を担っていく資格は与えない。だから言葉も少しずつ変えられている。肌や目の色、髪の色もね」
【シリウス】「異なる素材が交わることによって得られるエネルギーが膨大だというのは、魔法を少しでもかじったのなら、わかるんじゃないですか?」
【シリウス】「……だから、とっておきなさい。その時まで。そういう疑問は『発火剤』みたいなものですから。使う相手を間違えると、火傷することになりますよ」

一息に言い切る。二度と言わない。
——こんな青臭い、夢見がちな恋愛論、そもそも私が言うべきことじゃない。
手慣れた貴婦人から見たら、なんてスマートじゃない、ドロナワな会話と呆れるだろう。自分だってわかっている。
まったく、この三人にはいつもペースを乱されっぱなしだ。
自分の調子に持っていけない。何もかも。

【マリン】「……なるほど……今聞くことじゃないんですか」
【アクア】「……ふむ……結構キケンなものだったのね……しまったわ」
【葵】「となると、私たちはヨハン殿たちにずいぶんケガをさせたことになるのだろうか?」
【シリウス】「そうですね、全治一週間ってところですか。しばらく避けられると思いますけど、自業自得と思って反省なさい」
【マリン】「はい〜……しょぼんです」
【アクア】「しょぼん〜ぼん〜!」
【葵】「ううむ……帰ったら謝っておくか……いや、知らぬ振りがよいのかな」
【シリウス】「それがいいでしょう。冷静にしているのが一番です」
【マリン】「はーい」
【アクア】「はーい」
【葵】「うむ、了解だ」
【シリウス】「はあ、よろしくお願いします。本当にね」

いいお返事、まことに結構。
——ちょっと反論でも来るかと思ってたんだけど。
そういう素直さ、それも意外で。
——思わず頭を撫でたくなる。
(それをすると戻れなくなるから、しないけど)
きっとまだ知らないんだろうな。
火照る心をもてあまし、眠れない夜を過ごしたことも。
嫉妬に震える手や指先を、手近な誰かで癒やしたことも。
——願いが叶い、月の下で手を繋ぐことも。
——きっと、ない。だからこんな残酷なことが聞けるんだ。

○広場。

【マリン】「それじゃあ、また明日!」
【アクア】「またあしたー」
【葵】「気をつけて帰れよ。まあ、シリウス殿がついておるから、大丈夫であろうが」
【シリウス】「ふたりもちゃんと寄り道せずに帰りなさいね。特にアクア殿。お菓子につられてはいけません」
【アクア】「そのへんの子どもと一緒にしないでちょうだい。お菓子でなんてつられないわよ。……オムライスならべつだけど」
【葵】「これこれ、それもダメだぞ。まったく、危なっかしい」
【シリウス】「葵殿もね。ひとりでふらふら、夜盗退治なんてダメですよ。騎士院近くのみならともかく」
【葵】「な、なぜそれを知っている!?」
【シリウス】「……私の情報能力をナメたらいけません。では、お気を付けて」
【アクア】「はーい。じゃあね」
【葵】「ではな」

○馬車の音。

【シリウス】「さて……では我々も行きますか。次の馬車が来るより、歩いた方が早そうだけど……ま、待ちましょうか」
【マリン】「へ? どーしてですか? 歩いちゃいましょうよ。私、元気ですよ?」
【シリウス】「……君は元気でも私が疲れました」

近くのベンチに腰を落とす。
肩のあたりに何か乗っている気分。思わず首のスカーフを緩めた。
帰ったら一瓶くらいワインを開けようかな。
しかもとっておきの奴を。

【マリン】「……シリウス様? ……そんなに、疲れさせちゃいました?」
【シリウス】「はい、とっても」
【マリン】「はう……ごめんなさい。そんなにいけない質問だとは思わなくて。これからはみんなで気をつけます。しょぼん」

胸のあたりで手を組み合わせ、がっくりと少女はうなだれる。
舞踏会だったらOKの合図。
月明かりは美しく、周りは私たち以外誰もいない。
ゆるやかな静寂。
いつもなら、その手を取って。触れて。

【シリウス】「……ふたりだけの時なら、別に聞いてもらってもいいんだけど、ね」
【マリン】「はい?」
【シリウス】「たとえば、今とか」
【マリン】「……」
【シリウス】「……」
【マリン】「……でも、私とシリウス様って恋人じゃないし。ダメですよ」
【シリウス】「……」
【マリン】「はあ、でもそういう人ができたらステキですよねえ。もうちょっと痩せて、胸が大きくなって、かわいい服が着られたら、できるかなあ。シリウス様はどう思います?」
【シリウス】「……さーね、なんだっていいんじゃない」

——いーえ、期待なんてこれっぽっちもしてませんでしたよ。
ええ、そうですとも。
そうに決まってますったら。絶対。

【マリン】「あっ、なんかすごい投げやりです!? 感想くらい言ってくれたっていいじゃないですかー!」
【シリウス】「……はいはい、馬車が来ましたよ。さっさと帰りましょ」
【マリン】「ぶうーー」

○暗転。

のばした手。やっぱり星は捕まらない。
それはそうだ。
彼女たちを手に入れて、私は何をしようとしている?
神様、悪から彼女を守るなら、もう少ししっかりしてくれないと。
逃げ込む場所を私にするなんて、論外なことです。
(それとも見抜かれているのかな、もう)
水面に映った星ではもう、満たせない想い。
——それが手にはいるなら、すべてを捨てても。
(……いいえ、まだ)
——まだ、ひとりでいられる。
月の下、赤く澄んだ酒に星を映して飲み干した。
(まだ、恋じゃないですよ。神様)

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