一 約束(サフィルス)
約束をしました。
その扉を開く前に。
確かめました。
赤く、柔らかな絨毯に、足を踏み入れるその時も。
裏切らない、と言い聞かせました。
弱い自分に。たとえすべてに失敗したとしても、心を売り渡すことだけはすまいと。
……何度も指で手のひらをなぞり、飲み込んで、私は行く。
青々とした美しい天にそびえる、奈落の城へと。
「五番、サフィルス=ホーソン。いるか」
「はい」
「さあ、入れ。王がお待ちになっている」
「はい……」
呼ばれて、私はその厳つい衛兵の後ろに隠れるようにして歩き始めた。
美しい彫刻が施された柱を何本か見やり、向かうは光零れる渡り廊下。足を踏み入れると、じり、とした光が目を灼いた。
(いい天気)
夏も程近い、昼下がり。すでに春も後かたづけが程よく終わり、草は姿も匂いも青々と、風に気ままに揺れている。それを私は美しいと思う。
……まだ、そんな心を持っている。
「おい、五番」
「は、はい」
「俺の案内はここまでだ。いいか、中に入って王に何か失礼でもしてみろ。……一瞬で焼き殺されるからな」
「承知しております。……けれど、まさか失礼などするはずが。私は、奈落王に絶対の忠誠を誓いに来たのですから」
「……ふん……この扉の前に立つ奴は、みんなそう言うんだ」
大きく鼻を鳴らし、男は恭しく大きな鉄扉に手をかけた。その隙間から溢れる、香の匂いと、冷気。
……気のせいじゃないと思う。
ぶるり、と背筋が冷えた。眼前の衛兵も、だ。
(そうですよね。失礼をすれば焼き殺されるのは、この人も同じだ)
奈落王。
『神に捨てられた地』と言われるこの世界を治める、不可視の王。奈落王はめったに人前に姿を見せない。
それは暗殺を懸念する部分もあろうし、そもそも民というものに興味がないという部分も多そうだ。
パストゥール王家、という形も便宜的なものというか、王には親族というものがない。奈落王、常にただひとつの血脈のみ。絶対的な支配は集約され、他のすべてはひれ伏すしかない、というシステム。
ある意味、『天上』と似通っている気もする。
――いや、それは当たり前なのかも知れない。
一子相伝の奈落王の系譜は、遡れば天から落ちた星につながるという。その星は奈落王に何を伝えたのだろう。
……馬鹿な自分には想像もつかないのだけれど。
(ただ、確かなのは――星の辿った道があるということ)
天からこの地にうち捨てられた、流れ星。それは必ず地上と天を結んだはずで、その秘密をきっと星の末裔は持っている。
(だから、私『たち』はここに来たんだ)
「……よく来た。さあ、近くに来るがいい。サフィルス=ホーソン」
「ただいま、参ります。偉大なる奈落王」